控え室にて

 本日もアレル闘技場は満員御礼である。

 ムチャとトロンも前の二戦でそこそこ名が知れて、二人の試合目当ての観客もチラホラいるようだ。トロンにはすでにファンが付いているらしく、「トロンちゃん頑張れ」と書かれた布を掲げている客もいる。


 そして控え室では恒例となりつつある小芝居が行われていた。

「いや、手術なんて受けたくない」

「どうしてだい? 手術を受ければ君の病気は良くなるかもしれないんだよ」

「でも、失敗したら死ぬかもしれないのよ」

「成功率は高いってお医者さんも言っているじゃないか」

「わかってる。でも勇気が出ないの」

「そうか……僕にできる事はあるかな?」

「あなたに?」

「僕にできる事ならなんでもするよ」

「本当?」

「本当さ」

「じゃあ、一つだけお願い」

「言ってごらん」

「次の試合、絶対に勝って……そしたら私も手術を受けるわ」

「次の試合か……でも、次の試合の相手は凄く強いんだよ」

「それでも、お願い。私に勇気を頂戴」

「……わかった。僕が勝てば手術を受けてくれるんだね」

「うん」

「次の試合、絶対に勝つよ」


 キイッ


 控え室の扉がゆっくりと開いた。そして例の係員が入って来る。

「無駄に小芝居が上達してるじゃないか……」

 係員は僅かに涙ぐんでいる。

 ちなみに、病人を演じていたのはムチャで、勝つ約束をした方はトロンが演じていた。

「出番だ、行くぞ」

 係員が言うと、二人は頷き立ち上がった。

「あっ! 私……立てた。立てたわ」

「やったじゃないか!」

 ちなみに、立てた方がムチャで喜んだのがトロンだ。

「ふざけてないで行くぞ! 言っておくがな、今日の相手は半端じゃないぞ。死なないように祈っていろ」

「そういえばさっきマニラも次の相手は強いって言ってたな。そんなに強いのか?」

「強い。彼らは俺の知る限り無敗だ」

 係員はキリッとした顔で言った。

「知る限りって言われても、おっさんがどれだけ知ってるかわからねぇもん」

「だよね」

「馬鹿野郎! 俺はこの街で生まれて、十六からこの闘技場で働いてるんだ! しかも無遅刻無欠勤だぞ! おかげで闘技者については誰よりも詳しいんだ!」

 係員にも色々あるらしい。ムチャとトロンは地味に感心した。

「まぁ、ライブのためだ、勝たねばなるまい」

「おうとも」

 三人は控え室を後にした。

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