それからそれから

 それからトロンと女性は、路地裏を出て財布を取られた女性を探し、カチコチに氷漬けになった財布を手渡した。

 なぜ氷漬けなのかというと、財布が吐瀉物の中に落ちていて直接触りたくなかったトロンが、財布に氷結魔法をかけて氷漬けにして持ち運んだからである。礼を言って立ち去る女性を二人が見送っていると、背後からトロンを呼ぶ声が聞こえた。

「おーい、芸人さーん!」

 それはトロンが先程男の子を預けた青年であった。

 青年の背中では目を覚ました男の子が、トロンに向かい小さく手を振っている。

「あら! あなた!」

 トロンの隣に立っていた女性が声をあげる。そしてその「あなた」の言い方は、配偶者や旦那を指す方の「あなた」であった。

「あれ? お前こんな所で何を……」

 青年が女性を見て驚いた表情を見せる。そして、その背中にいる男の子が、更に驚く事を口にした。

「ママだ」

 その言葉に、トロンはあんぐりと口を開けた。

「コラン!? あんたなんでパパといるの?」

 女性が青年の背中から男の子を奪い、抱き抱える。

「ママー、どこ行ってたの?」

 コランと呼ばれた男の子は、母親らしい女性に抱かれ笑った。


 それからトロンは、コラン一家と近くのカフェに入り、パフェを奢って貰った。パフェを食べていると、トロンの停止していた思考がゆるゆると動き出す。

「今日は家族で買い物に来たのよ。そしたら買い物の途中で旦那は自分の買い物があるからって離れて、私が露店で買い物しているうちにこの子と逸れちゃったのよ」

 女性は恥ずかしげにぽりぽりと頭を掻く。

「そこで私がコラン君と会ったと」

「そして君がウチのを探している時にたまたま出会ったのが僕だったって事か」

 三人は仲良く首を傾げた。コランも真似をして首を傾げる。

「世の中狭いねぇ」

 青年はふぅとため息をついた。

「で、君と女房はなぜ一緒に?」

「それは、泥棒が……」

 トロンがさっき起こった出来事を説明しようとすると、女性がテーブルの縁にピンと人差し指を立てた。それを見たトロンは口を噤む。

「それはね、この子が泥棒から女の人の財布を取り戻した後、私が男の人にナンパされて困っている所を助けて貰ったのよ。私怖かったぁ」

 女性はにゃーんといった感じで、隣に座る青年にじゃれついた。それは先程の勇ましい女性とは思えない姿である。

「そうだったのか……コランを見つけて貰って女房まで助けて貰ったなら、パフェ一つじゃ礼が足りないな」

 トロンは猫を三匹くらい被っている女性をジトーっとした目で見つめたが、あえて「奥さんがチンピラにおっぱい揉ませて、その後卑猥な事言いながらボコボコにしてましたよ」などと告げる程空気が読めないわけではない。

「いえ、お構いなく」

 トロンはそれだけ言い、最後に残していたチェリーを食べようとしたが、コランがじっとチェリーを見つめていたので、名残惜しかったが譲渡した。


 別れ際に、トロンがコランと別れの握手をしていると、女性が思い出したように肩掛けカバンを漁り、トロンに土産をくれた。

「これ、ムイーサから来た露店商から買った珍しいものなんだけど、いくつか買ったからよかったら食べて」

 女性がトロンに手渡した瓶に貼ってあるラベルには「フルーツスライム」と書いてある。トロンの顔が珍しくパアッと明るくなった。


 宿へと戻るトロンの背中を見送りながら、コランはポツリと言った。

「そんなバナナ」

「あら、あんたいつの間にそんな言葉覚えたの?」

「そんなバナナ、甘いんだよー」

 二人がそんなやりとりをしていると、青年は背中に背負った長い包みの布をバサリと解く。するとそこには青年の身長と同じくらい、約百八十センチはある大きな杖が現れた。

「今日は色々あって疲れたし、ちゃちゃっと飛んで帰るか」

「やーん、私疲れちゃったー。あなたたのもしぃー」

「……そんなバナナ」

 仲良し三人家族は、仲良く杖に跨り、仲良く空へと舞い上がった。

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