トロン、飛ぶ
その頃トロンは、ソンナバナナを食べた後に眠ってしまった男の子を背負い、杖にまたがり商店街上空を飛んでいた。男の子が落ちないように、念のため魔法の縄で背中に縛り付けている。
飛んでいると、闘技場でムチャとトロンを見たことのある人々が、空宙のトロンに向かい声をかける。
おい、あれ闘技者のトロンじゃないか?
トロンちゃん子供いるの!?
下着見えた!
いや、下に何か履いてるぞ……
次の試合がんばれよー!
トロンはそんな人々に向かい。
「この子のお母さん知らない?」
と問いかけるが、皆首を傾げるだけであった。
「困ったなぁ……」
ぷかぷか浮きながらトロンがため息をついていると、下から一人の青年がトロンに声をかける。青年の年齢は二十代後半くらいであろうか。背が高く、背中に何やら長い物を背負っている。
「おーい」
トロンは青年の側に杖を下ろした。
「やぁ、君はあれだね、最強の芸人ペアの」
「最強の芸人」という肩書きは大げさで恥ずかしいが、トロンはコクリと頷いた。どうやら彼もトロンを知っているようだ。
「あれ? その子は……ちょっと顔を見せてくれないか?」
青年は男の子の姿に見覚えがあるらしい。トロンは魔法の縄を解き、青年に男の子の顔をよく見せようと抱き抱える。ようやく有力な情報が得られそうだ。
トロンが安堵の息を吐こうとしたその時である。
きゃー! ドロボー!
どこか近くから女性の悲鳴が聞こえた。
トロンはハッとして、青年に男の子を手渡す。
「ちょっとだけ預かってて」
「えっ?」
青年は戸惑いながらも男の子を抱いた。
そしてトロンは杖にまたがると、空中へと飛び上がる。
「ちょっと! 君!」
青年の声に構わず、トロンは悲鳴が聞こえた方に杖を飛ばす。すると、上空から見えたのは、女性物の財布を手にし、人混みを縫うように走り抜ける男と、それを追いかける女性の姿であった。すれ違う人々にぶつかり、女性はどんどん男から離されてゆく。
トロンは逃げる男に向かい杖を疾らせた。そして財布を取られたらしい女性を追い抜き側に「任せて!」と言った。
男は盗みに慣れているらしく、人混みがまるで無いかのようにスムーズに駆け抜けて行く。しかし、空を行くトロンには及ばない。トロンはあっという間に男に追いついた。
男はチラリとトロンを見ると、舌打ちをして路地に入る。トロンはそれを追い、絶妙なコーナリングで男に続き路地に入った。しかし、トロンのコーナリングテクニックがあれど、飛行魔法は路地での移動に向かない。次々と角を曲がる男に徐々に引き離されてゆく。
その時、トロンは背後から追走してくる人物がいる事に気付いた。杖を飛ばしながら振り返ると、何と壁を走りながらトロンを追ってくる女性がいるではないか。女性はトロンに向かいヒラヒラと手を振ると、壁走りでトロンを追い抜く。凄まじい速さである。トロンはそれを見て、ムチャの使う喜の感情術「乱走」を思い出した。しかし、彼女からは感情術の特徴であるオーラが出ていない。つまり彼女は純粋な身体能力で駆けているのだ。
トロンは驚きながらも、彼女と男の後を追った。
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