その頃ムチャは

「バカでも風邪ひくのね」

 プレグは水魔法で濡らし、加減した氷結魔法で冷やした手拭いを、ムチャの額にぴしゃりと置いた。先程トロンからムチャが風邪をひいたと聞いたプレグは、ムチャのお見舞いに部屋を訪れていたのだ。

「……ううん」

 いつもなら言い返す所だが、風邪で力が出ないムチャは弱々しく呻いた。

「あの子遅いわね」

 プレグがトロンとすれ違ってから、既に数時間が経過している。宿から商店街までは徒歩三十分もかからない。ただの買い物にしてはあまりにも遅かった。

「迎え……行く」

「行けるわけないでしょう。バカね」

 プレグはのそのそと起き上がろうとするムチャを、肩を押さえて寝かしつけた。

「あら、あんた汗びっしょりじゃない」

 プレグが触れたムチャのパジャマは、じっとりと汗で湿っている。

「ほら、上着脱ぎなさい。拭いてあげるから」

「……はひ?」

 ムチャのパジャマを脱がそうとするプレグの手を、ムチャの手が弱々しく制した。

「濡れたまんまだと気持ち悪いでしょ? それに汗で体温奪われたら、治るものも治らないわよ」

「……自分で、やる」

「無理しないの。次の試合までに風邪治さないといけないでしょ?」

 プレグはそう言うとムチャの手を下ろさせ、ムチャのパジャマのボタンを外し始める。風邪で朦朧としているムチャは、プレグにされるがままになっていた。プレグはかつて妹の看病をしていた事があるので、病人に対して無意識に世話を焼いてしまうのである。

 しかし、善意でムチャの体を拭こうとしているプレグと裏腹に、ムチャは朦朧とする意識の中で、かつてケセラに見せられたいやらしい夢を思い出していた。

「プレグ……先生……」

「はぁ?」

 突然先生と呼ばれ、ボタンを外すプレグの手が止まる。

「逃げなきゃ……やられる……」

 ムチャは最後のボタンに手をかけたプレグの手を振りほどき、立ち上がろうとする。しかし、熱のためにそれは叶わず、プレグに向かい倒れこんでしまう。

「ちょっと! あんた何やってんのよ!?」

 プレグに支えられながら、ムチャはもぞもぞと抵抗する。

「ハァ……ハァ……」

「ひゃあ!!」

 ムチャの熱い吐息がプレグの耳にかかり、プレグは思わず悲鳴を上げた。

「あんた、何考えてんのよ!」


 バチコーン


 プレグのビンタがムチャの顎を捉え、ラッキースケベは回避される。朦朧とする中で顎に衝撃を受け、脳を揺らされたムチャは大人しく眠りについた。

「マセガキめ……私のボディは一億ゴールドよ!」

 プレグは手際よくムチャを脱がし、体を拭いて服を着せると、ぷりぷり怒りながらムチャとトロンの部屋を出て行った。

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