トロンのおつかい
トロンは宿を出ると、真っ直ぐに商店街へと足を向ける。アレルの街は商業が盛んで、珍しい食料や良質な武具、様々な書物などが流通している。きっと風邪のムチャでも食べられる美味しいものがあるはずだ。
宿から商店街へと向かう途中、今日の前座を終えたらしいプレグに出くわした。ニパは前座が終わった後、一人でどこかへ行ったらしい。
「あら? そういえばムチャは? 喧嘩でもした?」
トロンは基本ムチャとセットで行動しているため、一人で行動しているのは珍しいのだ。トロンはカクカクシカジカとムチャが風邪をひいた事を説明した。
「あらそう、それならたまには女同士でお茶でもしましょうよ。風邪なんて寝てれば治るわよ」
プレグはムチャにとって酷な提案をしたが、トロンはそれを断り商店街へと急いだ。
商店街へと着いたトロンは、辺りをキョロキョロと見渡す。アレルの街に来てから数週間、商店街には何度か来ていたが、一人で訪れるのは初めてだ。大きな通りにある商店街は、いつもに増して人で賑わっている。人だけでなく、所々獣人や鬼族、人間の肩に乗る小人の姿もあった。基本的にこの世界では人間と異種族の間には様々な壁があり、大抵の地域では交流が少ないが、ミノさんとクフーク村の人々のように人間と異種族が仲良く暮らしている地域も多々ある。アレルの街もその一つだ。
トロンはとりあえず食料を扱っていそうな商店や露店を見て回る事にした。
「やっぱり果物かなぁ」
トロンが果物が並べてある露店を見ていると、露店の店主らしき人物がトロンに声をかける。
「お嬢ちゃんお使いかい?」
「うん」
トロンは頷き、店先に並んでいる果実の山を眺めた。
「これなんてどうだい?」
店主はトロンに黄色い果実を手渡す。
「これは?」
トロンはそれを手に取りしげしげと眺めた。
「それはスパークレモン。全身に電撃が走るくらい酸っぱいよ。眠い時に食べたら一発でシャキッとするよ」
トロンは少し考え、スパークレモンを返した。
「じゃあ、これはどうだい?」
店主は箱に山積みにされている赤い果実を指差す。
「マグマトマト。食べたら全身から汗が噴き出して、さっぱりするよ」
トロンはまた少し考えて、首を横に振った。
「じゃあ、これはどうかな?」
店主の手には一本の細長い果実が握られている。
「これはソンナバナナ。食べたらソンナバナナって思わず言ってしまうくらい甘〜いよ」
ムチャだったら間違いなく激しく突っ込む所だが、生憎今日は部屋で寝ている。
トロンは悩んだ末、ソンナバナナを一束買って、紙袋に入れて貰った。
さて帰ろう、と、トロンが宿へ戻ろうとすると、人混みの中に何やら見覚えのある小さな背中を見つける。それはニパの背中であった。その背中からはどこかウキウキしたような感情が伺える。
トロンがなんとなくニパを追いかけると、ニパは商店街の中にある一軒の小さな本屋の中に入った。トロンはこっそりと本屋の中を覗き込んだ。中ではニパがカウンターに座る少年と何やら楽しそうに話をしている。トロンはそれをしばらく見つめ、何かを悟ったようにうんうんと頷くと、ニパに声をかけずにその場を去ろうとした。が。
くいっくいっ
何者かにローブの裾を引かれ、トロンは振り返る。
すると、そこには全く見ず知らずの幼子がトロンの裾を掴み、無垢な瞳でトロンを見上げていた。
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