トロン、立つ

「病院行く?」

 トロンが聞くと、ムチャはふるふると首を横に振った。風邪程度で病院に行く事もないと思ったのもあるが、ムチャは病院が嫌いなのだ。

 更に、ムチャは巨漢のソドルがぶっとい注射器を持ってニヤリと笑う姿をイメージして、背筋をブルリと震わせた。


 トロンは部屋を出ると、宿屋の女将に頼んでおかゆを作って貰った。それを部屋に運び、ムチャに食べさせる。いつものムチャならば、トロンにふーふーしてもらいながらおかゆを食べるなど恥ずかしがって拒否するところだろうが、風邪がこたえているらしく大人しくおかゆを平らげる。


 おかゆを食べさせ終わり、ムチャの額に用意した濡れタオルを乗せたトロンは、ムチャが横たわるベッドの横に腰掛けてムチャの顔をジーッと見ていた。ちなみに、トロンの治癒魔法は解毒や怪我を治す事はできるが、病気を治す事はできない。医療魔法はしっかりと勉強して、それなりの厳しい修行をせねば習得できない難しい魔法なのだ。

「ムチャ、何か食べたいものある?」

 トロンが聞くと、ムチャはボーッとする頭で考えた。

「フルーツ……スライム……」

「うーん、一週間くらいかなぁ」

 アレルの街からムイーサ地方まで数百キロ、更にムイーサに入ってからフルーツスライムの果樹園まで約百キロ。トロンが飛行魔法で飛ばしても、往復でそれくらいはかかる。

「じゃあ……何か美味いもの……」

「うん、わかった。すぐ何か買ってくるから待っててね」

 トロンは立ち上がると、財布と杖を手に取り部屋を出た。

 その背を見送りながらムチャはふと思った。

「そういえば、トロンが一人で買い物に行った事ってあったっけ?」

 さすがに買い物くらい大丈夫だろうと思いながら、ムチャは心中ほんのーり心配だった。

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