ケセラの警告

「なんだよ、警告って?」

 ムチャはケセラをベッドに座らせ、トロンと一緒に隣のベッドに腰掛けた。ケセラは何と言おうか悩んでいるようであったが、少ししてから話し始める。

「この辺一帯に、もうしばらくしたらヤバい事が起こります」

「ヤバい事って?」

「とにかくヤバい事です」

 ムチャとトロンは首を傾げた。

「ヤバい事じゃわからねーだろ。ちゃんと教えてくれよ」

 するとケセラはまた少し悩んだ。

「私の主……じゃなくて知り合いが言っていたんです。知り合いに虫酸が走るほどヤバい奴がいるって」

「えーと……そのヤバい奴ってのは知り合いの知り合いってわけだな」

「そうです」

 ケセラは小さく頷く。

「そのヤバい奴がこの辺に現れて、ヤバい事をするらしいんです」

「だからそのヤバい事ってなんだよ?」

 ケセラの話はイマイチ要領を得ていなかった。

「それは私も詳しくは知らないんです。でも、お二人にはそれに巻き込まれて欲しくなくて、本当は教えちゃいけないんですけど、修行の合間を縫ってこっそり教えに来たんです」

「それはありがたいけど……俺達は今ここを離れるわけにはいかないし、そんなヤバい事が起こるなら他の人も放っておけないしなぁ」

「うん……」

 ケセラは少し残念そうに俯いた。

「この地を離れられない事情は知りませんが、お二人ならなんとなくそう言うと思っていました。でも、覚悟はしておいて下さい。そしてヤバい奴が現れたら、絶対に近寄らずに逃げて下さいね! 約束して下さい!」

「わ、わかったわかった。だからそんなに興奮するなよ」

 先程のふざけた様子とは違い、ケセラの目は真剣に訴えかけている。

「とにかく、俺達を心配してくれて来てくれたんだな。ありがとなケセラ」

「いいえ、お二人は私の……友達……ですよね?」

「「うん」」

 二人は迷わず頷いた。二人の返事を聞いてケセラはにっこりと笑う。

「へへへ、ありがとうございます。友達には大変な目にあって欲しくありませんから」

「でもそのヤバい奴と知り合いでいるケセラの知り合いって何者だ?」

「それはですね、えっとー……まぁ、その人も色々ヤバい人なんですけど……その人はそのヤバい奴とは仲良くなくてー、えっとー」

 ケセラの目が空中をスイスイスイスイと平泳ぎする。

「まぁ、言い辛いなら言わなくていいよ。でも一つ聞かせてくれ」

「いいですよ。スリーサイズは上から……」

「違う」

「好みのタイプは……」

「違う」

「もっとヤバい事ですか? トロンさんが隣にいるのに大胆ですね」

「私、ちょっと散歩してこようか?」

「だから違うって。何で俺達の居場所がわかったんだよ?」

「あ、それはですね、よいしょ……」

 ケセラはベッドから立ち上がると、おもむろにムチャの上着を捲り上げた。

「わ! 何するんだよ!?」

「ここ見て下さい」

 ケセラはムチャの鎖骨の辺りを指差した。そこにはうっすらと赤い跡が付いている。それはどことなく女性の唇のような形をしていた。

「ん? いつの間にこんな痣が」

「この前ムチャさんが寝ているうちに付けたんです。これはサキュバスの刻印で、付けられた人の居場所とかがわかるんです」

「どうやって付けたんだ?」

「そりゃあ……こうやって」

 ケセラはトロンの両肩を掴むと、首元にブチューッっと口付けをした。それを見ていたムチャはカチンと硬直する。

「いやん」

 首元に吸い付かれたトロンはちょっとだけビクッと体を震わせた。そしてケセラはトロンの首元をしばらくチウチウと吸うと、チュポッと音を立てて唇を離す。トロンの首元には立派なキスマークができていた。

「お前ふっざけんなよ!」

 硬直が解けたムチャは、顔を赤くして叫んだ。

「これでトロンさんの居場所もわかるようになりました。あ、しばらくしたら薄くなるから安心して下さい。ムチャさんみたいにうっすらと跡は残りますが」

「ヨヨヨ……傷物にされちゃった」

「と、トロン、女同士だから大丈夫だ!」

「お二人も私に付けますか? その方がフェアですよね」

「付けねーよ!」

「じゃあ、私付けようかな」

「え!?」

「でも、私達がいちゃついてたらムチャさんの息子さんが起きちゃいますよ」

「起きねーよ!」

 こうして、三人のトリオ漫才は朝まで続いた。


 そして日が昇る前に、ケセラは窓から飛び去った。

「あの警告、忘れないで下さいね」

 と、言って。


「結局徹夜しちゃったね」

「だな。昼まで寝るかぁ」

 ムチャがベッドに入ろうとすると、トロンがムチャの背中に向けて言った。

「ねぇ、ムチャって息子がいるの?」

「……………イナイヨ」

 トロンはピュアッピュアであった。



 朝日に目を細めながら、ケセラは西に向かってバッサバッサと空を飛んでいた。すると、ケセラの懐からケセラを呼ぶ声がした。

「ケセラちゃーん」

 ケセラは慌てて懐を漁り、小さな手鏡を取り出す。鏡には人影が映っていた。

「はい! お呼びでしょうかプリムラ様!?」

 ケセラは緊張した面持ちで鏡の向こうにいるプリムラという人物に話しかけた。

「どこに行ってたの?」

「はいっ! 今日はサラサ地方まで羽を伸ばしておりました!」

「ふーん……まぁ、嘘じゃないわね」

 はっきりとは言わないが、プリムラは全てお見通しのようだ。

「あいつの事、あの二人に教えちゃったのね」

 ケセラの額を冷や汗が伝う。

「それは……あの……」

「私は過ちは許すけど、嘘は許さないわよ」

 プリムラの口調ははっきりとしている。それはケセラに有無を言わせない口調であった。

 それを聞いてケセラは観念した。そして隠し通せると思った自分の浅はかさを後悔する。

「申し訳ありません……プリムラ様。なんなりと処罰を受けます」

 しかし、鏡の向こうのプリムラはあっけらかんと言った。

「別にいいわよ」

「え?」

「嘘はつかなかったし、私あいつ大っっっ嫌いだもの。ブレイクシアを倒した二人があいつの毒牙にかかるなんて嫌だし、むしろお手柄よケセラちゃん」

「お、恐れ入ります……」

「まぁ、他の奴らが何かケチつけてきたら部下が勝手にやりましたーって言うけどね」

「それは覚悟しておきます!」

「あなたおバカさんだけど、そういうところ好きよ。でも、あんまりあの二人に肩入れすると後が辛いわよ。じゃ、気をつけて帰ってね」

 プリムラがそう言うと、鏡はただの鏡に戻った。

 ケセラは安堵のため息をつく。

「はぁ……話のわかる上司って素敵」


 ケセラは明るくなりかけている空を、バッサバッサと西に向かい飛び続けた。

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