後衛対決

「さぁ、リングに残されたのは後衛二人。人形を失った傀儡師と、箱に引きこもった魔法使い。果たしてこの試合はいったいどこへ向かうのでしょうか」

 ゆっくりと迫ってくるトロン要塞を見ながら、ポロロはあくまで冷静であった。ポロロの持つ糸は、一対一でなら無敵の力を発揮する。ただし、相手が要塞ではなく人間ならば、だ。

(彼女が要塞を解けば、ローバーストリング(ギャロ命名)を彼女に繋いで僕の勝ちだ。しかし僕ではあの箱を壊す事はできない。だけど、彼女も大した攻撃はできないはずだ。魔法を放つ杖は箱の中にあるんだからな。もし攻撃を仕掛けてくるとしても……)

 突然、ポロロの足元の岩盤が隆起した。

(この程度だ!)

 ポロロは横っ飛びでそれを躱し、トロン要塞の背後に回る。トロン要塞はポロロを探し、ゆっくりと回転し始めた。

(今程度の攻撃なら僕にでも躱せる。しかし彼女が引きこもっている限り、僕には攻撃手段が無い。やっぱり少年を繋いで反則負けにしようかな……)

 ポロロはそう考えたが、ムチャはすでに闘技場の柱の影まで逃げていた。ローバーストリングの射程距離である二十メートルからも外れている。

(奥の手その二を使うか。でもあれを使うと怪我させちゃうだろうしなぁ……女の子を怪我させるのはちょっと)

 ポロロの奥の手その二、それはボンドストリング(ギャロ命名)という、魔法の糸の特性を用いた技だ。射程距離内であれば、ギャロとポロロの間にあるあらゆる物を物理的に貫通してギャロと繋がる事ができるという、別名「絆の糸」である。細い糸とはいえ、十本もの異物が体内を貫通するのだ。人間が喰らったらひとたまりも無い。もし心臓を貫通されれば死に至る。ポロロは悩んでいた。

(脚、脚ならば大した怪我はしないだろう。闘技場専属の医者や医療魔術師もいる事だし、すぐに治療すれば……)

 ポロロが思考していると、トロン要塞が完全にこちらを向いた。ポロロは大地魔法による攻撃を避けるために、再びトロン要塞の背後に回ろうと駆け出そうとした。

「ん?」

 その時、ポロロの目に奇妙な物が映った。こちらを向いたトロン要塞の中心に、にょっきりと杖の頭が生えていたのである。

「雷よ」

 トロン要塞が唱えると、杖の先端から雷が迸る。

「ぎゃあ!」

 それをポロロは紙一重で躱した。トロンは振り向くまでの合間に、自らを囲う岩盤を操作して杖を出す穴を開けたのだ。トロン要塞に大砲が付いた。

「ひええ!」

 ポロロは慌てて再びトロン要塞の背後に回る。もはやポロロにはボンドストリングを使うしか勝利への道は残されていない。

 ポロロが覚悟を決めた時、突然トロン要塞がガタガタと激しく揺れ始めた。

「お次はなんだ?」

 トロン要塞の揺れが収まると、要塞の壁がパカッと割れ、四方に開いた。

(何!?)

 ポロロは素早く手をかざし、ローバーストリングを発動させようとする。しかし、要塞の中には誰もいなかった。


「おーっと!? これはどういう事だ!? 箱の中にいたトロン選手はどこに消えた!? これにはマジシャンもびっくりだ!」


 開いた箱の下には、人間一人がすっぽり入りそうな穴が空いている。

(大地潜伏の魔法か!?)

 ポロロは手をかざしながら周りの地面をキョロキョロと見渡す。

(大地潜伏の魔法ならば、出てくるときに兆候があるはずだ。出てきた瞬間に繋いでリングアウトさせてやる)

 そしてポロロは素早くリングの角へと移動すると、そこへ陣取り前方へ手をかざした。

(これで後方の警戒はいらない。あとは根比べだ。要塞を捨てたのは悪手だったな!)

 しかし、待てども待てどもトロンが出てくる様子は無かった。次第に観客がざわめき出す。


 トロンちゃんはどうしたんだ?

 さぁ?

 本当に消えちゃったとか?

 んなわけねぇだろ

 じゃあ、地面に潜ってそのまま帰ったとか……

 まさかぁ。でもあの子ならありえなくも無いな


 期待のルーキー同士による名勝負になるかと思われた試合は、アレル闘技場始まって以来の凡戦へとなろうとしていた。ポロロは集中を切らさず前方の床を睨みつけている。

 その時である。


 ドンッ


「えっ?」

 リングの角っこに陣取っていたポロロは、前方から何者かに突き飛ばされ、リングから転がり落ちた。

「おーっと! ポロロ選手、足を滑らせてリングから転がり落ちました! 両者リングアウトにより、ポロロ&ギャロペアの敗北です! しかし、トロン選手はいったいどこに行ったのか!?」

 観客もポロロも唖然としていた。ポロロが尻餅をついてリング上を見つめていると、そこにスーッと足元からトロンが現れる。

 そう、トロン要塞が割れた時にトロンが使ったのは、大地潜伏の魔法ではなく透明化の魔法だったのだ。

「穴はフェイクだったのか……」

「うん」

 トロンはリングを下り、尻餅をついたポロロの手を引いて起こした。


「勝者! トロン&ムチャのペアです!」


 観客達は首を傾げながらも、珍勝負を繰り広げた四人の闘技者達へパチパチとまばらな拍手を送った。

「さすがトロンさんとムチャさんだね!」

「どこがさすがよ。もっと上手い戦い方あったでしょうに」

 プレグは観客席で豆菓子をポリポリさせながらため息をついた。

 しかし、この試合により、無敗のルーキーを倒したムチャとトロンペアの知名度はさらに上がったのであった。

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