ムチャVSトロン

 剣を構えたムチャは、トロンに向かい駆け出す。そして剣を振り上げて襲いかかった。

「わわわわ! トロン避けろ!」

「ムチャ、裏切ったの?」

 トロンはムチャの剣を躱しながら逃げ惑う。ムチャはそれを剣を振りながら追いかける。

「違うって! 体が勝手に動くんだよ!」

「よよよ……ムチャ、私とは遊びだったのね」

「ふざけてる場合か!」

 ムチャの剣はいつもと違いただ振り回すだけの雑な剣なので、肉体強化の術を掛けたトロンには躱すのは容易いが、味方であるムチャに反撃するわけにもいかず、防戦一方だ。

「なにが冷酷にはなれないだ。えげつない技使う癖に」

 ギャロは寝っ転がりながら二人の追いかけっこをのんびり見学していた。


「一体何が起こったのでしょうか!? ムチャ選手がトロン選手を襲っております!」


 実況も観客達も状況がわからずざわめいた。

 何が起こったのか? それは別に難しい事では無い。ポロロはギャロを操作するために繋いでいた糸を切り離し、ムチャに繋ぎなおしただけの事だ。これはポロロ自身の技では無く、元々ギャロに付属していた魔女の糸の持つ特性である。ギャロを人形にした偉大な魔女は、随分とサービスが良かったようだ。ちなみに先日、ポロロがムチャとトロンの背に向けて言った「やだなぁ」は、二人と戦う事が「やだなぁ」と言ったわけでは無く。この技を使って二人の仲を引き裂く事になったら「やだなぁ」と言っていたのだ。


「トロン〜! なんとかしてくれよ〜」

 ムチャは情けない声をあげながら、剣を振り回しトロンを追いかけ回す。

「うふふ、捕まえてごらん」

「だからふざけてる場合か!」

「と、言われても……」

 トロンはポロロのやった事をなんとなく理解していた。だからこそ対応策が浮かばない。糸に対する攻撃は効かないだろうし、ポロロに魔法を放ち、ムチャを盾にされても困る。ポロロに肉弾戦を仕掛けても、糸を自分に繋ぎ直されたら、ムチャは絶対に自分を攻撃できないので余計に厄介である。

 気がつくと、トロンはムチャにリングの端へと追い込まれていた。

「いやん」

「いやんじゃねぇよ、どうするんだ?」

 すると、リングの反対側からポロロが声をかける。

「あのー、ギブアップはしませんか? 十秒待ちますから相談していいですよ」

 ポロロは勝利を確信しているようだ。

 その時、トロンに一つの策が浮かんだ。

「ムチャ、一発ギャグ思いついた」

「へ?」

「大地よ」

 トロンが地面を杖で叩くと、リングの岩盤が隆起しトロンを包み込む。そして岩盤は形を成し、直立した棺というか、大きめな墓石のような長方形の箱となる。箱の正面には二つの穴が空いており、そこからはトロンの目が覗いていた。


「「はぇ?」」


 観客達、司会者、ムチャ、そしてポロロとギャロまでが間抜けな声をあげた。

「どう? トロン要塞」

「どうじゃねぇよ、ちょっと面白いけど、それでどうやって戦うんだよ」

「見てて」

 トロン要塞はそう言うと、時速三キロくらいの低速で、ズズズズズと動き始めた。ちなみに仕組みはどうなっているのかというと、トロンでは、いや、たとえ怪力のゴドラであろうと内側から石の棺を押して進むことはできないので、魔力により地面を少しずつ動かして移動している。

 そしてトロン要塞は、動けずに寝転がっているギャロへとゆっくりと向かう。先程までの素早い戦闘を見ていた観客達にとってはまるでカタツムリを見ているような気分であった。

「なんだよあれ……」

 ポロロはムチャを操り、トロン要塞に剣を振り下ろさせた。しかし、心神流の剣術を使いこなす普段のムチャならばともかく、刃の潰れた剣を持ち、ただ操られているだけのムチャでは、岩盤で囲まれたトロン要塞を砕くには時間がかかる。

「クソッ!」

 トロン要塞はギャロに隣接すると、ギャロをズルズルとリングの端へと押し始めた。どうやらこのままリングから突き落としてリングアウトさせるつもりらしい。

「おいおいおいおいおい! ポロロ、なんとかしろ!」

「わかってるよ!」

 ポロロはムチャから糸を切り離し、素早くギャロに繋ぎなおした。操り慣れたギャロの無敵の肉体ならば、フルスイングすればトロン要塞を砕く事ができるであろう。

「おっ?」

 しかし、ギャロへと操作を移したという事は、今度はムチャがフリーになる。

「この野郎! よくも好き勝手してくれたな!」

 ギャロがトロン要塞を砕こうと腕を振り上げた瞬間、ムチャがポロロに飛び掛かってきた。

「うわわわ!」

 ポロロは再びギャロから糸を切り離し、ムチャに繋ぎ直す。ギャロは再び崩れ落ち、剣を振り上げたムチャの動きが、ポロロの僅かに手前でピタリと止まった。

「くそ……またかよ……」

 ムチャは悔しそうに歯噛みしたが、その間にもトロン要塞はズルズルと崩れ落ちたギャロをリング端へと押し続ける。

「馬鹿野郎! 頭を使え! そいつをリングアウトさせてから俺に繋ぐんだよ!」

「そうか!」

 何でそんな簡単な事が浮かばなかったんだとポロロは自分の頬を叩きたかったが、そんな暇は無い。トロン要塞は最早ギャロをリング外に落とす寸前だ。ポロロはムチャを走らせ、リングから飛び降りさせた。

「おーっと!! ここでムチャ選手自らリングアウトだ!」

 ポロロは素早くムチャから糸を切り離し、ギャロへと糸を繋ごうとした。が……


 ドサッ


「おーっと! 更にギャロ選手! 無抵抗のままトロン選手にリング外へと突き落とされたー!」

「なんだって!?」

 一足遅く、トロン要塞によりギャロはリングの外へと押し出されてしまった。

 リングにはポロロと動く箱だけが残された。

 会場は静まり返っていた。誰一人、この試合の行く先を予想する事は出来なかったのだ。しかし、不思議と緊張感は皆無であった。

「ポロロ、俺に繋げ! 俺は人形だ、お前の武器だ! リング外から武器を持ち込めないなんてルールは無い!」

 ギャロは叫んだ。

「いえ、それは認められません。ギャロ選手はあくまで選手ですので。リングアウトした選手が再びリングへと上がった場合は、そのチームの反則負けとなります」

 司会者の冷静な声が闘技場に響く。

「ギャロ、君は僕の相棒だ。例えルールで認められていても、相棒を道具扱いなんてできないよ」

「じゃあ……そうだ! あの小僧に繋げ! そしてもう一度リングに上がらせればあいつらの反則負けだ!」

「いっ!?」

 リング外で胡座をかいていたムチャは慌ててポロロから距離を取る。司会者は隣に座る審判と何やらゴニョゴニョ話して言った。

「確かに……それはルール的にアリですが……」

 しかし、ポロロは首を横に振る。


「ギャロ、僕を信じてくれ」


 トロン要塞がズズズズズとポロロへと迫る。

 トロン対ポロロの一騎討ちが始まろうとしていた。

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