ニパの休日

 ムチャとトロンがギャロの話を聞いていた頃、ニパは一人でアレルの街を散策していた。なぜ一人で街を散策しているのかと言うと。


「ニパ、今日は闘技場が休みだからどっかぶらぶらしていらっしゃい」

 朝食を食べていると、プレグが突然そんな事を言った。アレル闘技場は週に二日は休みとなっているのだ。闘技場が休みの日は、当然ニパやプレグも仕事が休みである。しかし、アレルに来る前から仕事が無い日でもプレグはニパにトレーニングをするように申しつける事がほとんどだったので、明確な休日を貰える事は珍しい。

「やったぁ! どこ行く? 買い物?」

「私は今日用事があるのよ。あんた一人で行ってらっしゃい」

「えー……用事ってデート?」

「そうよ」

 プレグは冗談とも本気とも取れる言い方をして、食堂を出て行った。

 取り残されたニパは、ムチャとトロンの部屋を訪れた。

「ムチャさーん、トロンさーん、遊ぼー」

 扉の前に立ち、ノックをしようとすると、中から二人の声が聞こえてくる。


「なぁ……トロン、いいだろ?」

「ダメ……ムチャ、ダメだよ」

「いいだろ、前からこうしてみたかったんだ……」

「わかった……でも、痛くしないでね……」

「大丈夫、優しくするから」

「うん……」

「いくぞ」

「……あっ!」

「痛くなかったか?」

「大丈夫、ちょっとだけ痛かったけど……」


 ニパは扉の前で硬直していた。

「そそそ、そういう事もあるよねねね、あの二人も男と女なんだししし」

 ニパは顔を真っ赤にして扉の前から離れ、階段を転がり落ち、宿を飛び出す。すると、ムチャとトロンの部屋の扉が開き、ムチャがひょこっと顔を出す。

「今誰かいなかったか?」

「さぁ」

 ムチャの手にはトロンの頭から抜かれた枝毛が一本握られていた。


 そんなこんなで宿を飛び出したニパは、駆け出した勢いで商店街までやって来て、ぶらぶら散策していたというわけだ。

 ニパは人形や玩具、そしてかわいい服などが並んでいる店をあちこち見て回り胸をときめかせていた。

「何か買おうかなぁ」

 などと考えていると、ニパは自分に向けられている視線を感じた。そちらを見ると、そこには一軒の小さな本屋があり、本屋のカウンターには店番らしき少年が座っている。ニパと同い年くらいの少年は、ニパに向けてひらひらと手を振った。ニパもひらひらと手を振り返し、本屋の中に入る。

「こんにちは」

 ニパは本屋に入り、カウンターに座る少年に声をかけた。

「君の事知ってるよ」

 ニパを見ていた少年は不意に言った。

「え?」

「君、闘技場で前座をしていた子だよね?」

 どうやら少年は闘技場でニパを見た事があるらしい。

「そうだよ! ご覧いただきありがとうございます」

 ニパは少年に向かって大仰に礼をした。

「あはは、君凄いよね、僕と同じ年くらいなのにあんな事ができるなんて」

「私はお父さんがウルフマンだから」

 ニパが事も無げに言うと、少年は驚いた。

「え!? じゃあ、君は獣人なの?」

「そうだよ、半分だけど」

「闘技場で見た時は確かに毛がモコモコしてたけど、あれは舞台衣装か何かだと思ってたよ」

 少年がそう言うと、ニパは袖を捲り上げ、腕だけを変身させた。腕に毛が生え、筋肉が隆起し、爪が伸びる。

「うわぁ、凄い!」

 それを見て少年は目を輝かせた。

「ちょっと触っていい?」

「いいよ」

 少年は恐る恐る、ニパの腕をさわさわと撫で始める。少年に腕を撫でられながら、ニパは少し恥ずかしいようなくすぐったいような感覚がした。

「君は何をしているの?」

 ニパは腕をさわさわと撫でる少年に聞いた。

「僕? 僕は店番だよ」

「へぇ、子供なのに偉いね」

 少年はニパの腕を撫でるのを止める。

「偉いもんか。やらされてるだけだし、お客さんなんてめったに来ないよ。来月にでも潰れやしないかひやひやもんさ」

 ニパが店内を見渡すと、並べられている本にはうっすらと埃が積もっている物も多い。こうしてニパと少年が話している間にも、店を覗き込む人すらいなかった。あまり繁盛はしていないようだ。一通り店内を見渡したニパは少年に言った。

「ねぇ、オススメの本教えて」

「そんなの聞いてどうするの?」

「買うの」

 ニパは以前プレグから買ってもらった可愛らしい財布を取り出した。

「本当に言ってるの?」

「うん。こう見えて私、本読むの好きなんだ」

 ニパがヌイルの町で暮らしていた時は、よくゴミ捨て場から本を拾ってきて子供達に読み聞かせをしたりしていたのだ。

「えーっと……それじゃあねぇ……」

 少年はカウンターから立ち上がり、本棚の間を行ったり来たりする。そしてあっという間に五冊の本をカウンターに積み上げる。

「ゴーレムの王、砂漠のペンギン、アンデットの涙、鐘の鳴る町で、それからミンティ・クリーノの詩集。どれも面白いよ!」

 ニパはそれぞれの本の表紙を眺めながらむむむと唸る。

「どれにしようかなぁ……全部は買えないし……」

 すると、少年はニパにこう言った。

「君、まだこの街に滞在するんだろ? だったらその本全部貸してあげるよ」

「本当に!?」

「うん、どうせ買いに来る人あんまりいないし、そこにある本にはまだ在庫があるからね」

「嬉しい! ありがとう!」

 ニパは少年の手を握り、ブンブンと振り回す。

「でも、汚しちゃダメだよ」

「うん、わかってる!」

 ニパのお尻からはいつの間にか尻尾が出ており、尻尾がズボンの中でバタバタと暴れた。


「私はニパ! 君は?」

「僕はシム、よろしくね」


 こうしてニパに、旅に出てから初めての友達ができた。

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