マリオネットと少年
アレル闘技場での二回戦を数日後に控えたある日、ムチャとトロンはネタの練習をするために闘技場の側にある公園にやって来ていた。
しかし、二人はネタの練習をするどころか、ボーッとつっ立って公園の一角を見つめている。
ムチャとトロンから二十メートル程離れた公園の角では、一人の小柄な少年が、自分の体よりも大きなマリオネットを操り、それを子供達に見せている。
「あんなでかいマリオネット初めて見た」
しばらく少年とマリオネットを見ていたムチャがようやく口を開いた。
「うん」
トロンは少年とマリオネットから目を離さず頷く。
「もうちょっと近くで見よう」
「うん」
少年とマリオネットに興味を示した二人は少しだけ少年に近付く。
少年が人形と糸で繋がっている指を動かすと、人形はまるで生きているかのように踊った。
「まるで生きてるみたいだな」
「うん」
少年の操るマリオネットは、ピエロのメイクを施したコミカルなデザインをしているが、その目はどことなく鋭く、凶悪そうな顔をしている。その凶悪そうな顔をしたマリオネットがカクカクと珍妙な動きをするので、そのギャップの面白さと、少年の人形操りの技量も相まってムチャとトロンの目を引き付けた。
気がつくと二人は少しだけ近付くつもりが、いつの間にか子供達の隣に座って一緒にマリオネットを見ていた。
ふと、マリオネットの鋭い目が二人の方を見た気がした。
「なぁ」
「何?」
「今あの人形こっち見たよな?」
「気のせいだよ」
「……そうだよな」
しばらくすると、街の中心から正午を告げる鐘が聞こえ、マリオネットを見ていた子供達はどこかへ去って行った。
小柄な少年がマリオネットを操る手を止め、マリオネットは公園の芝生の上にガクリと座り込む。
「おい、これ以上見ていくのなら投げ銭くらい出せよな」
ふいに聞こえたその声は、ドスの効いた低い声であった。
二人は少年の顔を見た。少年の年頃はムチャ達と同い年か少し年上くらいであろう。実に温和そうな顔をしている。その見た目と声のギャップに二人は驚いた。
少年が口を開いた。
「ギャロ、そんな事言ったらダメだよ」
その声は先程聞こえた声とは真逆の、おどおどした細い声であった。ギャロとは人形の名前らしい。
「今の腹話術か? 上手いな」
ムチャは財布から硬貨を取り出し、投げ銭入れに入れた。
「上手いだろ? だから財布ごと突っ込めよ」
今度の声は先程聞こえたドスの効いた声だ。少年は口を開いていない。少年はただ困ったような顔をしている。
「すげー、全然わからない。もう一回やってくれよ」
ムチャは立ち上がり少年に近付くと、少年の口元をジーッと見つめた。
「芸人のネタを暴こうとするなんて野暮な奴だな」
やはり少年の口は動いていない。そしてムチャは気付いた。声の主は少年ではないと。声は目の前にいる少年からではなく、少年の少し下方から聞こえた。
ムチャが下を見ると、そこには座り込んだマリオネットがある。そしてマリオネットの双眸が、ムチャを睨むように見ていた。マリオネットの口がカタカタと動いた。
「けけけけけけけ」
「うわぁ!」
ムチャは思わず後ずさる。声はマリオネットから聞こえてきたのだ。
「ギャロ! お客さんを脅かさないで」
「うるせぇなぁポロロ、ちょいとばかしからかっただけじゃねぇか」
マリオネットにポロロと呼ばれた少年は指を動かしていないのに、マリオネットの口はカタカタと動き、言葉を発する。
「わかった!変身魔法でマリオネットになった魔法使いだろ!」
「ちげーよ」
「霊使いが幽体離脱でマリオネットの中に」
「ちげーよ」
「マリオネットに魔法で仮の命を」
「違うって。全部惜しいけど」
「じゃあ、なんなんだよ! すげー気になる!」
「飯のタネをわざわざ話すこたぁねーわな。行こうぜポロロ」
少年は相変わらず少し困ったような顔をしている。
「ギャロ、ギャロがからかったのが悪いんだから、ちゃんと教えてあげなよ」
「しゃあねぇなー、じゃあ、面白い話してやるから追加の投げ銭用意しとけよ」
二人はコクリと頷き、人形の前に体育座りをした。
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