闘技者になっちゃいなよ
それは数日前の事。
宿屋の一階にある食堂に現れたマニラがギラリと目を光らせると、ムチャとトロンはぺこりと頭を下げた。
「この度は大変なご迷惑を……」
「よかったらこのチキンを召し上がってください」
トロンはプレグの皿からチキンを取るとマニラに差し出した。
「んもう、本当に困ったのよ。週に一度のタッグマッチはみんな楽しみにしてるんだから。危うく暴動が起きそうだったわ。あ、チキンはいらないわよ」
ムチャとトロンは頭を上げ、トロンはチキンにかぶりつく。
「あのー、あんた、俺達に何か用があって来たのか?」
「ムチャ、もしかして賠償金とか……」
「げっ!? マジかよ……」
ムチャが顔を青くさせると、マニラは手を横に振った。
「ちょっとちょっと、そんなんじゃないわよぉ」
「じゃあ、何のご用で?」
マニラの目が再びギラリと光る。この男、くねくねしているがやたら眼光が鋭い。そしてニコリと笑って言った。
「あなた達、闘技者にならない?」
「「え?」」
それを聞いて二人、いや、同じテーブルにいたプレグやニパの頭上にもクエスチョンマークが浮かぶ。
「あなた達、何したか知らないけど、あのソドルとゴドラを倒したんでしょう?」
「あー、まぁ、倒したというか……ていうか、あいつらが乱入してきたのが悪いんだよ!」
「まぁまぁ、そこで揉めるつもりは無いのよ。大事なのは屈強な闘技者を子供二人が倒したっていう事実!」
「「はぁ……」」
ムチャとトロンはイマイチ話が飲み込めていなかった。
「実はね、あの後あなた達の話がお客さん達の間でも話題になったのよ。あの芸人達は何者だって」
「それはあのとんでもなく面白い芸人達は何者だって意味では……」
「無いわよ」
それはとてもキレの良い「無いわよ」だった。
「それであたし思ったの、あなた達が闘技者になったら絶対盛り上がるって。こんなのはどう?キャッチフレーズは「最強の芸人コンビ」もしくは「ヤングデビルズ」あー、闘技場プロデューサーの血が騒ぐわ!」
マニラは勝手にヒートアップしている。
「ちょちょちょっと待ってくれよマニラ。俺達は冒険者とか傭兵とかじゃなくてただの芸人なんだ」
「じゃあ、キャッチフレーズはやっぱり「最強の芸人コンビ」ね」
「違う違う違う。悪いけど闘技者にはならないって言ってるの」
ムチャがそう言うと、マニラの目がギラギラリーンと光った。
「あらゴメンなさい。まだこっちの話をしてなかったものね」
マニラは親指と人差し指をくっつけて円を作る。
「とりあえず、一試合最低イチは出すわ」
「イチ? 一万ゴールド?」
マニラは首を横に振る。
「十万ゴールド?」
マニラはまた首を横に振る。
「まさか……百万ゴールド!?」
マニラは首を縦に振った。
「マジかよ!?」
ムチャとトロンは目を丸くする。
「とりあえず一試合目は勝っても負けても百万、勝ったらプラス賞金。あんた達が勝ち抜いて人気が出てきたら更に出すわよ」
二人の頭の中からは昼間のパンの事など吹き飛んでいた。
「そして、これは手付け金」
マニラは懐から札束を取り出すと、二人の前にドサッと置いた。
「百万あるわ。あなた達は試合に一回出るだけで、勝っても負けても二百万ゴールド手に入るのよ? どうかしら?」
二人の目はテーブルに置いてある札束に釘付けになっている。
「足りないかしら?」
「な、なんで俺達にそんなに目をかけるんだよ」
「それはね……」
マニラの目がこれまでで最高の輝きを放つ。
「プロデューサーの直感よ!」
その言葉に合理性は一切なかったが、なぜか無駄に説得力があった。
「闘技場ってのはエンターテイメントよ。強いだけじゃダメなの。特にうちの闘技場は残虐さを売りにしてるわけじゃ無いから尚更ね。その点あなた達は話題性ばっちり! 本業は芸人で、しかも子供なのに強い! 観客はあなた達に夢中になるわよ」
マニラの迫力に二人はたじろぐ。
「あんたらよかったわね、これで貧乏とはおさらばじゃない」
プレグはワイングラスを煽りながら言った。
「でもなぁ……俺達はやっぱり芸人でありたいんだよ」
「そんなの闘技者の片手間でいいじゃないの」
「わかってねぇなぁプレグは」
「あんたのその無駄なこだわりなんなのよ。トロンはどうなの?」
「私は……ムチャに任せる」
ムチャは札束を見つめながら、たーっぷり考えて言った。
「悪いなマニラ、やっぱりこの話は無しだ。誰かをやっつけて金を貰うってのは俺達の性に合わねぇよ」
それを聞いてマニラは実に残念そうな顔をする。
「何よ、夢の無い子達ねぇ。ビッグドリームが転がっているのに掴まないなんて……」
「いや、夢ならあるぞ」
「あら、どんな夢? それはお金で叶わないの?」
「あぁ、俺達の夢はいつかでっかいステージでお笑いをやって、沢山の客を笑わせる事さ」
それを聞いて札束をしまおうとしたマニラの手が止まる。
「……その夢、叶うかもしれないわよ」
「え?」
「こういうのはどう?」
消えかけていたマニラの目の光が再びギラギラと輝きだす。
「もし闘技場で……そうね、四回勝ち抜けば闘技場を一日貸し切る金額に足りるわ。あんた達が闘技者になって四回勝ち抜いたのなら、アレル闘技場をあなた達のお笑いライブ会場として一日貸してあげる。それに四回も試合すれば、物凄く話題になってライブも満員御礼間違い無しよ!」
「マジか!」
ムチャは椅子から立ち上がり、身を乗り出した。
「マジよ! しかも宣伝や会場設営やスタッフも全面協力してあげる! もちろんライブのチケット代は全額あなた達のものよ」
ムチャの目にもマニラの目の光が移っていた。
「トロン! やるぞ!」
「うん、いいよ」
トロンはチキンの骨を舐めながら頷く。
「決まりね! それじゃあ、これは手付け金として貰ってちょうだい。滞在費とか必要でしょう」
マニラは興奮した様子で再び札束をテーブルに叩きつける。
「いや……しかし……これはなぁ……」
ムチャが苦〜い顔をしていると、トロンが札束をサッと懐にしまった。
「必要経費。チケット代入ったら返そう」
ムチャは考えて、やがて大きく頷く。
こうして、二人は闘技者(仮)となったのだ。
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