良い夢を9

「おーい、ケセラー」

 ケセラは急に名前を呼ばれて少しドキドキしながらムチャの様子を伺う。ムチャは辺りをキョロキョロしながらケセラを呼び続けている。

(なんでそこで私を呼ぶのよ……)


 そして「見習いサキュバスケセラー」とムチャが言うと。

「エリートサキュバス見習いです!」

 と、ケセラはついつい声に出して言ってしまった。

「なんだ、そんな所にいたのか」

 ムチャは声のした方を見た。

「はい、なんでしょうか……」

 ケセラは観念して本棚の陰からおずおずと顔を出す。ムチャはケセラに向かってちょいちょいと手招きした。それに従いケセラは全身をムチャの前に晒す。ケセラは何となくムチャに怒られるのではないかと内心ビクビクしていた。一応自分が意地の悪い事をしていたという自覚はあるらしい。

 ケセラはムチャと夢トロンの近くまで来ると、ムチャが何か言うより先に聞いた。

「あの……私の夢、楽しくなかったですか?」

 ケセラが見せる事ができる夢は、バリエーションこそ少ないものの、これまで夢を見せた相手は例外無くムフフな事を堪能していたのに、なぜムチャが理性を保っているのか不思議でしょうがなかったのだ。

 ムチャは少し考えて口を開いた。

「うーん……楽しかったよ」

 そして夢トロンの頭をペタペタと撫でて言葉を続ける。

「学校の中を歩き回れたのも楽しかったし、プレグとニパに追いかけられたのも怖かったけどちょっとおもしろかった。それに俺も男だから……女の子に言い寄られて悪い気はしないしな」

「じゃあどうしてもっとガーッていかないんですか! もっとあれこれしたいって思ったでしょう?」

 ケセラがそう言うと、ムチャはまた少し考えた。

「うーん……正直したかった」

 そう言ったムチャの顔はほんのり赤い。

「でも、なーんか違うって思ってさ」

「なーにーがー違うんですかぁ!? 半獣の子も、セクシーな人も、この子も、あなたの記憶から精巧に再現したんですよ! 性格は私が手を加えてますけど、ほら、スリーサイズだって!」

 ケセラは夢トロンに近付くと、胸を鷲掴みにしてむにゅむにゅと揉みしだいた。それを見たムチャはブフッと吹き出す。

「ち、違う違う! そういうんじゃねぇよ! ていうか止めろ!」

 ケセラが揉むのを止めると、ムチャは再び語り出す。

「そりゃしたいって思ったよ。色気なんて感じた事もないニパだって、ケセラのおかげで可愛く思ったし、プレグだって普段はうるさい奴だと思ってたけどすげー色っぽかった。トロンは……トロンはまぁ……」

 ムチャはモニョモニョと言葉を濁す。

「でも、もしここでそういう事しちゃったら、夢から覚めた時にこいつらの顔真っ直ぐに見れないだろ? 俺にとってこいつらは大事な仲間だから、そういうの嫌なんだよ」

 ケセラはそれを聞いてハッとした。しかしエリートサキュバス見習いとしてのプライドがムチャに対して反論させる。

「じ、じゃあ、現実世界であんな風に迫られたら応じちゃうんですか? ずっとあなたの様子を見ていましたけど、あなたはどうせ何もできないでしょう? だったら夢の中でくらいはっちゃければいいじゃないですか」

 ムチャは遠回しにヘタレと言われちょっと傷付いた。

「そんなのわからねぇだろ? 失礼な見習いサキュバスだな!」

「エリートサキュバス見習いです! 夢の中でさえ何もできないあなたが、いざという時にちゃんと行動できるとは思えませんけどね! あなたは絶対女の子を不幸にしますよ」

 ケセラの無礼な発言にムチャは食ってかかる。

「うるせぇな! 俺だってやる時はやるんだよ! 鼻にザリガニ挟むのだって怖くねぇんだぞ!」

 ムチャがそう言うと、ケセラはムチャに掌を差し出す。


 ポムッ


 ケセラの掌に大きな万力まんりきザリガニが現れた。

「………」

「………」

 ケセラはそれをズイッとムチャに差し出す。

 ムチャはゴクリと唾を飲み込むと、ザリガニを手に取った。そして恐る恐るザリガニのハサミを鼻へと運ぶ。


 バチン


「あだだだだだだ!!!!」

 ザリガニのハサミがムチャの鼻を挟み、万力のような力で締め付ける。ムチャは痛みのあまり頭をブンブンと振り回した。ケセラはそれを無表情で見守る。しばらくするとザリガニはムチャの鼻からハサミを離し、図書室のどこかへ消えて行った。ムチャは涙を流しながらケセラを見る。

「 見たか!」

「それって色恋の話とは全く関係無いですよね」

「じゃあやらせるなよ!!」

 ムチャは腫れた鼻を押さえながら激怒したが、これに関してはケセラの方が正論である。

「あーあ、練習なんかに付き合って後悔した。せっかく最初は学生気分が味わえて楽しかったのに、ケセラの暴言のせいで台無しだよ。エリートって付いててもやっぱり見習いは見習いだな」


 カチン


 ケセラの頭の中で、入ってはいけないスイッチが入ってしまった。

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