良い夢を7
『くっくっく』
カチコチに固まったムチャを本棚の陰から覗き見しながら、ラブ軍師ケセラはほくそ笑んだ。
(さっきの二人は言わば捨て駒、本命はこの女の子よ。あの二人を本人の意思に任せてあえて拒絶させ、追いかけられるホラーな展開に持って行き、吊り橋効果でドキドキさせれば大人しそうなあの子の魅力が何倍にもアップするわ。そしてあの二人と違いキャラクターをリアルに寄せる事によって、彼は現実のあの子と目の前にいるあの子をリンクさせてしまい、ドキドキは更にアップ。酔っていながら隣のベッドで眠る彼女に何もしていない事から二人の関係がプラトニックなのは明らか、そんな関係の彼女に急に攻勢に回られたら、油断している彼の理性なんて木っ端微塵よ! それに、思春期の男の子をときめかせるのはいつだって身近な女の子って相場は決まっているんだから! 私を本気にさせたら男の子なんてちょろちょろちょろりんよ)
ラブ軍師ケセラはバカっぽいが、そこは流石のエリートサキュバス見習い。彼女なりに色々考えているようだ。そしてラブ軍師はここで更に一石を投じる。
トロンはそれから何も言わずに、ただ硬直しているムチャを見つめていた。ムチャは夢の中だという事も忘れ、何と返せばいいのかわからず鯉のように口をパクパクさせる。ケセラの目論見通り、ムチャの思考回路はショート寸前だった。そこにある人物が現れる。
「トロン君、こんな所で何をしている?」
ムチャとトロンは声のした方を見た。
そこには二枚目顔のハンサムな男が立っている。
「ナップ!?」
「……ナップ先輩」
「先輩!?」
ムチャは急な展開に、ただでさえ混乱している頭を更に混乱させた。
「トロン君、その男にはもう関わるなと言っただろう、さぁ、帰るぞ」
「ナップ先輩、でも……」
ナップはトロンに歩み寄ると、腕を掴んで無理矢理引っ張った。
「嫌! ナップ先輩、痛い……」
ナップに腕を掴まれ、トロンは顔を歪める。
「止めろナップ! 嫌がってるじゃねぇか」
ナップは沼ネズミを見るような目でムチャを見るとこう言った。
「ふん、君には関係の無い事だ。彼女は僕の許嫁なんだからな」
「許嫁!?」
あまりの急展開に対する驚きのあまりムチャの目が飛び出る。
「だから私が彼女に何をしようとも君には関係の無い事だ」
ナップはトロンの腕を引っ張り、トロンを連れて行こうとする。
「ムチャ……」
トロンは縋るような目でムチャを見た。ムチャがそんなトロンを放っておける筈がない。冷静に考えればトロンがナップに大人しく連れ去られる筈はないのだが、先程のトロンの告白がムチャの思考を鈍らせていた。
「おい! 待てよナップ!」
ムチャはナップとトロンの間に割り込むと、その手を引き離しトロンを背中に庇った。
「何をする」
「許嫁だろうと何だろうと、トロンの嫌がる事をするんじゃねぇ!」
ムチャがそう言うと、ナップは鼻で笑った。
「フン、君はトロン君の何だと言うのだ」
「トロンは……トロンは俺の相方だ」
それを聞いてナップはやれやれと首を振る。
「よし、わかった。漫才ごっこなら好きにすると良い。だが、彼女が私の許嫁である事に変わりは無い。さぁ、トロン君、こっちに来たまえ」
ナップはトロンに向かって手を差し出した。トロンはイヤイヤと首を横に振る。ムチャはナップをキッと睨みつけた。
「だから、嫌がってるだろ!」
「わからない奴だな君は。こちらが譲歩してやっているというのに、ワガママばかり言わないでくれ。何度も言うが彼女は僕の許嫁なんだよ」
「許嫁許嫁って、トロンの意思はどうなるんだよ!?」
「トロン君の意思? 君がトロン君の何を知っていると言うんだ?」
ナップに言われて、ムチャは口籠る。
「何もわかっていない君が、僕らの関係に水を差さないでくれないか」
ナップはムチャを突き飛ばす。そしてムチャの背後にいたトロンの手を掴むと、引きずるように図書室の出口へと歩いて行く。その背に向けて、ムチャは叫んだ。
「トロンは……!!」
ナップが振り返る。
「トロンは俺が好きなんだぞ!!」
(フィーッシュ! フィッシュフィッシュフィーッシュ!)
ラブ漁師ケセラは見えないリールをキリキリキリキリと巻き上げる。
「ほう、トロン君そうなのかい?」
トロンは顔を赤くしてコクリと頷く。
「そうか、僕という許嫁がいながら……じゃあ、行こうか」
ナップは今のやり取りを全く無視して出口へと歩いて行く。
「何でだよ! お前今の聞いてたか!?」
「聞いていたよ。すまなかったね、私の許嫁が君に片思いをしてしまったらしくて。これから私がしっかり教育する事にするよ」
「だから待てって言ってるんだよ!」
「何なんだ君は……君には私を止める権利は無いだろう」
「権利……」
「そうさ、今の君はただのお節介だ。そうやって君が思わせ振りに引き止める事で、トロン君の叶わぬ片思いを長引かせて苦しめる事がなぜわからない。君がトロン君の将来を保証するわけでもないのに、私との仲を引き裂いてどうしようというのだ? 君は残酷な人間だよ」
「そんなんじゃねぇよ!」
「それとも、僕の代わりに君がトロン君と結ばれようというのかい?」
「……それは、わからねぇけど」
「君も男ならハッキリしたまえ」
ムチャはそう言われて黙り込んでしまった。
『あー、もうハッキリしない男ねぇ……どこまでお膳立てすればいいのよ。プラン2でいくか』
ケセラは徐々に苛立ち始めていた。そして夢ナップにプラン2の指令を送る。
「よしわかった。それならこういうのはどうだ」
ナップはトロンの手を離し、ムチャに提案を持ちかける。
「男同士、拳で決着を着けよう。勝った方がトロン君を好きにする。これでいいだろう?」
「……わかった」
ムチャは少し考えて、神妙な面持ちで頷いた。
「本当にそれでいいんだな?」
ナップは何も言わずファイティングポーズをとる。
「もう一度聞くけど、本当にそれでいいんだな?」
ナップはやはり何も言わず、ただニヤリと笑った。
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