良い夢を6
「トロン……」
その少女は紛れもなくトロンであった。トロンは本を手にしたままムチャをボーッと見つめている。
ドガァン!
その時、図書室の入り口から扉が破られる音が聞こえた。
「トロン、来い!」
ムチャはトロンに駆け寄り手を取ると、素早くテーブルの下に隠れる。
「ムチャ?」
「しーっ、静かに」
二人がテーブルの下で息を潜めていると、ニパとプレグの声が聞こえてきた。
「せんぱ〜い」
「ムチャく〜ん」
少しすると、テーブルの下から追跡者達の足が見えた。ムチャの心臓はドクドクと激しく脈を打つ。ムチャはトロンの手をギュッと握りしめる。今まで意識した事は無かったが、トロンの小さな手は柔らかく、温かく、握っていると僅かに緊張が和らいだ。しかし、追跡者達は徐々にテーブルの下の二人へと近づいてくる。すると、ニパの足が突然視界から消えた。
ドンッ
テーブルの上にニパがが飛び乗ったらしく、テーブルの上から大きな音がした。ムチャは悲鳴を抑えるために自らの口を塞ぐ。
ギシッ……ギシッ……
クンクンクンクン
テーブルの上でニパはムチャの匂いを嗅ぎまわっているらしい。その足音は確実にムチャの真上に近付いてくる。
(大丈夫だよ)
口を押さえているムチャに、トロンが耳元で囁いた。吐息が耳にかかり、ムチャの背筋にゾクッとしたものが走る。ムチャがトロンを見ると、トロンは何も言わずにコクンと頷いた。ニパの足音は、もうほぼ真上に来ている。
「クンクン……プレグ先生」
ニパはムチャ達の真上に到着すると、ちょいちょいと下を指差しプレグに合図した。プレグは頷き舌舐めずりをする。ニパはジャンプしてテーブルから下りる。そしてわざとらしく喋り出した。
「ムチャ先輩どこかなぁ」
「どこ行ったんだろうねぇ、私達が楽しい時間を過ごさせてあげるのに」
「もしかして、隠れてるのかなぁ」
「えー、どこにぃ?」
「それは……」
そして二人は同時にテーブルの下を覗き込む。
『ここだ!!』
『あれ?』
しかし、そこには誰もいなく、テーブルの反対側に間抜けな顔をしたお互いの顔が見えるだけであった。
「ちょっと! いないじゃないの!」
「あれぇ? 確かに匂いはしたんだけど……」
「とにかく、他探すわよ」
そう言って、二人はその場から離れた。二人の足音が徐々にテーブルから遠ざかってゆく。足音が聞こえなくなった頃、トロンがかけた透明魔法が解除され、ムチャとトロンの姿がテーブルの下にスーッと現れた。
「た……助かったぁ。ありがとなトロン」
貞操の危機が去り、ムチャはホッと胸を撫で下ろす。そしてトロンの手を引いてテーブルの下から這い出た。その時、ムチャは自分がトロンの手を思った以上に強く握りしめていた事に気付く。
「あ、悪い!」
ムチャが慌てて手を離すと、トロンの手には、ムチャの指の跡がうっすらと付いている。ムチャはそれを指でコシコシとさすった。
「痛かっただろ」
「ううん、大丈夫」
ムチャに手をさすられながら、トロンはふるふると首を横に振る。そしてムチャにさすられている手を見つめた。
ふにふにふにふに
トロンの柔らかい手をさすっていると、ムチャは何だか恥ずかしくなってきて手を離した。
「あいつらが変になっちゃってさ、参ったよ……」
「変にって、どんな風に?」
トロンは首を傾げた。
「えーと、なんていうか……変には変にだよ」
説明しようと思ったが、ニパが女の子ぽく可愛くなってとか、プレグがエロくなって、などと説明するのはなぜだか憚られたので適当に誤魔化す。
「ふーん」
トロンはよくわかっていないみたいだが、とりあえず納得したようだ。
「でもさすがトロンだな夢の中でも頼りになるよ」
「夢の中?」
「いや、こっちの話」
(しかし、こりゃあケセラに説教だな。楽しい夢どころか悪夢じゃねぇか)
ムチャがほっぺをつねろうとすると、トロンが口を開いた。
「でも、さっきはちょっとドキドキした」
「え?」
ほっぺに伸びたムチャの手が止まる。
「あぁ、見つからないかドキドキしたよな。トロンはわけわからなかっただろうけど」
「ううん、そうじゃなくて……」
トロンはムチャに握られていた左手を、右手でそっと撫でる。
「ムチャが、手をギュッとしたから」
それを聞いたムチャの顔が赤くなる。
「ば、バカ! 手なんかしょっちゅう握ってるだろ! エンシェントホーリーフレイムドラゴンの時だって……」
「でも、あんなにぴったりくっついて手を握られたらドキドキしちゃうよ」
トロンはムチャを見た。その顔は、夕陽のせいではなくほんのり赤く染まっている。
「……私だって女の子なんだから」
「わ、わかってるよ! トロンの性別が女だなんて!」
「わかってないよ……ムチャのバカ」
トロンはなぜか少し怒っているようだ。その様子を見てムチャは焦った。
「何がわかってないんだよ、俺は男だしトロンは女だろ?」
「……そうだよ。でもそれだけじゃない」
「他に何だよ?」
「わかってないよ、私の気持ち……」
「はひ……?」
トロンの言葉に、ムチャは何も言えなくなる。
「ムチャにとって、私はただの相方?」
「ただの……じゃねぇよ。大事な相方だ」
「どんな風に大事?」
「どんな風にって言われても……」
ぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽり
ムチャはこめかみが削れるのではないかと心配になるほどこめかみを掻いた。これはムチャが困った時の癖である。
「私はね、ムチャの事……」
トロンはムチャを見つめて言った。
「好きだよ」
その声は決して大きな声では無かったが、二人以外は誰も居ない図書室に強く響いた。夕陽と静寂が二人を包み込む。
「はひ?」
ムチャは完っっっ全に硬直した。
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