良い夢を4

「なんだ、プレグだったのか。助かったよ」

 ムチャはフゥと一息ついた。

「こら、また呼び捨てにして! プレグ先生でしょう?」

 プレグは手にした杖でムチャの額をコツンと叩く。それは少しだけ痛かったが、とても優しい一撃だった。

 改めて見ても、夢の中のプレグはプレグらしからぬ地味な服装をしている。いつも谷間を強調して体のラインを見せつけるようなドレス調の服を着ているプレグに見慣れているせいか、目の前にいる黒いローブにメガネ姿のプレグが一層野暮ったく見えた。しかし夢の中での職が教師であるのなら、たしかに普段の格好で教壇に立つのも不自然である。ムチャはともかく、思春期の男子生徒達にはちょっと刺激が強すぎてしまうであろう。そこの所はケセラが調整したようだ。

 先程は、いつもと違い女の子らしい格好をしたニパの色香に当てられそうになってしまったが、いつもとは逆にこんな地味な格好をしたプレグとならば変な事にはならないだろうと、ムチャは少し安心した。

「そうでした。すいませんプレグ先生。それでは失礼します」

 ムチャはケセラの設定に従い、生徒らしく頭を下げると、その部屋からそそくさと立ち去ろうとする。その肩をプレグの手ががっしりと掴んだ。

「ムチャ君、先生の言いつけをすっぽかしておいて『はい、さようなら』とはいかないわよ」

「言いつけ? あぁ、そういえば何か言ってたな……」

 ムチャは教室でのやり取りを思い出した。しかしあの時は混乱していてプレグの言葉を覚えていなかったのだ。

「全く、まだ寝ぼけてるの? 困った生徒ね。職員室に来なさいって言ったでしょう」

 腰に手を当ててやれやれと首を振る様子は、いつもの酒場のねーちゃんみたいなプレグと違い、実に教師らしかった。

「はい、すいません先生!」

 一人でいてニパと鉢合わせるのも面倒なので、ムチャはしばらくプレグの先生ごっこに付き合う事にした。

「じゃあ、その職員室って所へ行きましょうか」

 ムチャがそう言って部屋から出ようとすると、またしてもプレグに止められた。

「いいえ、ここでいいわ」

「じゃあ、ここが職員室ですか?」

 ムチャは今いる部屋の中をキョロキョロと見渡した。あまり広いとは言えない白を基調とした部屋には、真っ白なシーツがかけられたベッドが三台並べられており、端の方には机が一台だけ置かれている。そして壁際にズラリと置かれた棚には、様々な医療用の薬品や、魔法薬、包帯などが並べられており、部屋全体になんとなく薬の匂いがした。

(なんか、病院みたいだな)

 学校という施設に縁の無いムチャがその部屋を知らないのも無理は無かった。

「ここは保健室よ」

 プレグはキョロキョロと辺りを見渡すムチャを見て薄ら笑いを浮かべて言った。

「保健室? 職員室に行くんじゃ無いのか?」

 ムチャの問いかけにプレグは答えなかった。プレグは一つのベッドに腰掛け、ぽんぽんと自分の隣を叩く。どうやら座れと言う事らしい。ムチャはそれに従いプレグの隣に座った。少しだけ嫌な予感を感じながら。

「ムチャ君、あなた私の授業をよく聞いていないみたいだけど、私の授業ってそんなに退屈かしら?」

 ムチャが隣に座ると、プレグがそんな事を言い出した。

「あなた、私が新任だからって正直バカにしているでしょう」

(うぇ、夢の中でお説教されるのかよ……いや、夢の中だから何言っても大丈夫なんだよな。よーし)

 そんな事を考え、ムチャは思い切った返答をする事にした。

「はい、先生の授業は全くもって退屈ですね。それに先生はいつもツンツンしてるし、某女子生徒ばかり贔屓してるし、プライド高いし、金にうるさいし、先生に向いてないんじゃ無いですかね?」

 ムチャはそう言ってニヤリと笑った。隣を見ると、プレグはムチャをキッと睨みつけ、唇を噛みしめながらプルプルと震えている。

(あー、スッキリした。いつもお笑いの事ボロクソに言われてるから、これでおあいこだよな)

 ムチャが言いたい事をぶちまけてスッキリしていると。

「……え?」

 ムチャを睨みつけているプレグの目が潤み、やがて涙がポロポロと零れ落ちた。

「嘘だろ……」

 それを見てムチャは愕然とした。いつも毅然として誇り高いあのプレグが、ムチャの前で泣いているのだ。それはムチャにとって信じられない事であった。

「ムチャ君、先生の事をそんな風に思っていたのね……」

 プレグは涙を拭いもせずにムチャの事を見つめている。ムチャはそれを直視している事ができなかった。

「ぷ、プレグ、悪い! 言い過ぎた! ハンカチ、ハンカチどっかに無いかな!」

 ムチャは急にあわあわとし始めて、上着やズボンのポケットを漁り始める。人を笑わせるのは好きだが、女泣かせとは縁の無いムチャは、涙、特に女の涙が大の苦手なのであった。

 オロオロしているムチャの手を、プレグの手が掴んだ。

「私、そんなに先生にむいてないかな?」

 プレグは涙を流しながらムチャの目をジッと見つめる。ムチャは焦った。

「いや、そんな事無い! なんだかんだで優しいし、面倒見いいし、芸に真剣だし!」

 プレグはまだムチャを見つめている。

「それに、結構美人だから生徒にも人気あると思うぞ!」

 ムチャがそう言うと、プレグが驚いたような顔をした。

「美人? 私が?」

「そうそう!」

 ムチャはブンブンと高速で首を縦に振る。

 すると、プレグの涙がぴたりと止まった。

「ムチャ君、私の事そんな風に思っていてくれたんだ……」

 そしてゆっくりとメガネを外す。そこにはいつものプレグの顔があった。ムチャは少しホッとしたが、代わりに嫌な予感がムラムラと、いや、もやもやと浮かび上がってくる。

「美人だなんて、先生の事からかっているの?」

「いえ、からかってなどいません」

 今度はブンブンと首を横に振った。

「だから、お願いですからその手を離していただけないでしょうか」

 プレグの手がスルリとムチャの手から離れた。

 そしてプレグはベッドから立ち上がり、ムチャの前に立つ。

「先生をからかうなんていけない子ね」

「すすす、すいません」

 ムチャは本能で、目の前に立つプレグに何かが秘められている事を感じた。

「いけない子には、補習、しないとね」

 そう言ってプレグはハラリとローブを脱いだ。それと同時にローブの下から強烈な色香が溢れ出す。

「ぶふっ!」

 ムチャの顔は瞬時に赤くなり、思わず吹き出してしまった。なぜなら、プレグはローブの下に、現実のプレグよりも五割増しで際どい服を着ていたのだ。いや、それは最早下着に近かった。ムチャは見てはいけないと思いながら、眼前にあるプレグの体から目が離せない。たわわな胸、キュッと締まった腰、すらりと伸びた脚。全てがムチャの視線を釘付けにするには十分すぎる魅力に溢れていた。上を見てもセクシー、下を見てもセクシー、それはもう色気の滝であった。

 ムチャは立ち上がろうとしたが立ち上がれない。あまりに近距離にプレグが立っているため、今立ち上がったらプレグの胸に顔がぶつかってしまうからだ。夢プレグはそこまで計算してムチャの前に立っていたのだ。それは大人のテクニックの一つであると言える。

(ポジション取りがうまい……)

 ムチャが逃げ場を探していると、プレグはムチャの肩を押し、ベッドに押し倒した。ムチャの貞操レーダーが激しく警報を鳴らす。

「せ、先生、教師と生徒がこんな事……むぐ」

 プレグは指でムチャの唇を塞ぐと、妖艶な笑みを浮かべて言った。

「だーめ、プレグって呼んで……」

 ムチャの唇に触れる指は、ひんやりとしていて、艶やかで、滑らかだった。


 かぷっ


 ムチャはプレグの放つ強烈な色香に頭をくらくらとさせながら、思わずプレグの指を唇で噛んでしまう。


「うふ」


 プレグの妖しい微笑みを見ながら、ムチャの思考は半分停止していた。

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