良い夢を2

 校内の散策に飽きたムチャは、校舎の外に出た。ムチャはしばらく外をぶらぶらし、広い校庭が見渡せる芝生に横になった。

「夢の中でも昼寝ってできるのかな」

 心地よい陽気と程よい風に吹かれながらのんびりしていると、校庭で運動着を着た女の子達が駆け回っているのが見えた。


 もっと走ってー!

 センタリング!

 ディフェンスしっかりー


 女の子達は校庭の端と端にある輪っかと輪っかの間を駆け回り、なにやら丸い球を追いかけ回している。

「フェアリーボールかぁ、俺も混ぜて貰おうかな」

『フェアリーボール』それはムチャやトロンの暮らす世界で流行しているスポーツである。ルールは単純で、二つのチームに別れて、一つのボールを相手の陣地にある輪っかに入れると得点が入るという競技なのだが、魔法による妨害などが認められているので、中々派手で奥深い見応えのある競技である。

 ムチャがフェアリーボールをしている女の子達を見ていると、その中に一人見覚えのある少女の姿を見つけた。

「あちょー!」

 少女は他の少女達とは一線を画すスピードで校庭を駆け回り、凄まじい跳躍力で空中にあるボールをキャッチする。そしてディフェンス達の妨害魔法を躱しながら、相手のゴールに向けて駆け抜ける。ムチャは目を凝らしてその見覚えのある少女を注視した。

「……ニパ?」

 それは紛れもなくニパであった。少しだけ獣化しているらしく。お尻の辺りから尻尾が生えている。ちなみにフェアリーボールの公式リーグでは、一チームに三名までの獣人の参加が認められているのだ。

「ほう、彼女をご存知ですか」

 ふと気がつくと、ムチャのすぐ側にメガネをかけた長身の少女と、赤い髪の筋肉質な少女が立っていた。

「やはり次の大会での注目株はあいつか」

 赤い髪の少女は腕を組みながら言った。

「えぇ、彼女は一年生ながらこの学校のエースとなった期待のルーキーですからね。魔法を一切使わずに、その無限のスタミナと驚異の身体能力だけでフィールドを駆け巡り、あらゆる所から鋭いシュートを放つプレイスタイルに付けられたあだ名は『インフィニティビースト』」

 長身の少女はメガネをクイッと押し上げる。

「全体のレベルはそこそこだが、イマイチ決め手にかけるこのチームに新しい風が吹き込んだわけだな。だが、私達の敵じゃねぇ」

「そうですね。確かに素晴らしい身体能力ですが、まだまだ経験不足故のプレイの甘さが目立ちます。そこを付けば……」

「へっ! ごちゃごちゃ言ってるんじゃねぇ。私達はただ王者の戦いをするだけだ」

「全く、あなたと言う人は……先日の練習試合、確率的には八十九パーセント得点できたチャンスを逃したのは誰でしたかね?」

「ばっ、馬鹿野郎! あれは相手の妨害魔法がたまたま……」


「だからお前ら誰なんだよ!!」


 黙って二人のやり取りを聞いていたムチャであったが、無駄にスポ根な会話を続ける少女達についついツッコミを入れてしまった。

「おっと、昼寝の邪魔をしてしまったようですね。私はテキム女学院のディフェンダー『奏魔のクレリア』と申します」

「私はテキム女学院のエースアタッカー『灼熱のデリーラ』だ!」

「ふふっ……決勝まで、勝ち上がって来てくださいね」

 クレリアとデリーラは意味深な笑みを浮かべると、ムチャに背を向けて去って行った。ムチャはなんとなくあの二人にドロップキックをかましたかったが、夢の中とはいえ女の子に手をあげるのは抵抗があったのでやめておいた。


 ワー


 すると、校庭の方から歓声が上がった。

 ムチャが校庭を見ると、得点を決めたらしいニパが、バク転をしながらはしゃいでいる。


 おい、ニパがまた得点したぜ

 あいつ一年なのにすげーよな

 しかも結構可愛いしな

 なんだよ、お前もニパ狙いなのかよ

 あいつモテるよなぁ

 この前ゲニル先輩が告白したらしいぞ


 ムチャの耳に、少し離れた所で校庭を見ている男子達の話が聞こえた。どうやらニパは夢の中ではモテるらしい。確かにニパは幼い面が目立つが、可愛いかと言われれば結構可愛い部類だ。

「ふふふ、やはり彼女はただものじゃ……」

「うわっ! お前らはあっちいけ!」

 いつの間にかまた隣に立っていたクレリアとデリーラを、ムチャはしっしっと追い払う。

「でも、プレグが夢の中にいるんだからニパがいてもおかしくないよな」

 そんな事を考えていると、自分の陣地に戻ろうとしているニパと目が合った。するとニパはこっちに向かい手を振りながら走ってくる。そのスピードは徐々に上がり、遂にはニパの背後に土煙が舞い上がった。ムチャは嫌な予感を感じて後ずさる。しかし、時すでに遅し。


「ム〜チャ〜せんぱ〜い!」


 ニパは跳躍し、逃げようとするムチャに飛びかかった。そして全身で抱きつくとムチャを地面に押し倒す。それはハグというよりはタックルに近かった。

「ムチャ先輩、私のシュート見てくれました?」

 半獣化したニパが、ムチャに跨りブンブンと尻尾を振り回した。振り回された尻尾がペシペシとムチャの足に当たる。

「せ……先輩?」

 ムチャはとっても嫌な予感がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る