良い夢を
教室を出たムチャは、学校の廊下をうろうろと散策し始めた。校内には多くの人が歩いているが、そのほとんどがムチャと同年代の少年少女であり、ムチャにとってその光景はとても新鮮なものであった。
「こういうのも悪くないな」
ムチャが風景を楽しみながら廊下を歩いていると、一つの扉から複数の女の子が楽しげに話している声が聞こえた。ムチャは部屋の中に何があるのか気になり、扉に手を掛けようとしてぴたりと止まった。
扉の中央に付いているプレートには、こう書かれている。
【女子更衣室】
「おっと、危ない危ない」
ムチャは出しかけた手をサッと引っ込める。
そして慌てて扉の前を去ろうとして、ムチャはふと考えた。
(あれ? でもこれって夢の中なんだよな……)
ムチャはケセラの言葉を思い出す。
『私の作った夢の中では何でも自由にできるのに』
できるのに……
できるのに……
できるのに……
ケセラの声が何度もリフレインすると、ムチャの首がギギギとゆっくり動き、再び扉へと向いた。扉の中からは、相変わらず女の子達がキャッキャとはしゃぐ声が聞こえてくる。ムチャの心臓がトクントクンと鼓動を高鳴らせた。ムチャの手が扉に伸び、引っ込む、扉に伸び、引っ込む。そして扉に伸び……
『いいんですよ』
「ぎゃあ!!」
突然聞こえたケセラの声に驚き、ムチャは悲鳴をあげた。
『驚かせてすいません。でもいいんですよ、開けても』
その声はムチャの頭の中に直接響いてくる。どこから話しかけているかはわからないが、どうやらケセラはムチャの様子を把握し、テレパシーのようなもので話しかけているらしい。
「い、いや、そう言われてもさ」
ムチャは何もない宙空に話しかけた。しかしケセラの作った夢の中だからか、そんなムチャを怪しむ人間はいなかった。
『恥ずかしがらずに素直になって良いのですよ。あなたは年頃の男の子じゃないですか』
ケセラに言われて、ムチャの顔が少しだけ赤くなる。
「あっ! お前、そういう事かよ!」
ムチャはようやくケセラの言っていた『そういう夢』を理解した。
『さぁ、中に誰がいたら嬉しいですか? 誰でもどうぞ。教えて下さいな』
ケセラはクククと笑い、意地悪そうに言う。
ムチャは本気で考えてしまう自分が無性に悔しくて、恥ずかしかった。扉から聞こえてくる声は良く聞くと、あいつの声の気もするし、あの人の声の気もするし、あの子の声の気もした。
たっぷり考えたムチャが扉に手を掛けて口を開く。
「……と」
『と?』
「……と」
『と?』
「とりあえずお前だ! ケセラ!」
『えぇっ!?』
ムチャはそう言ってからケセラをイメージすると、勢い良く扉を開けた。
しかし、扉の向こうには誰もいなかった。
「ふん、チキンめ」
ムチャは鼻を鳴らし、ドキドキする鼓動を抑え、ちょっと残念そうな顔をしながら言った。
『だ、だって! 私見習いですし、そんな急に言われても……』
「やり方が悪趣味なんだよ。人に覗きなんかさせようとしやがって。だいたい俺は着替えなんかトロンので見慣れてるんだ!」
と、いう爆弾発言は強がりで、確かにムチャはトロンと旅をする中で、同じ部屋に泊まる事など日常茶飯事であり、トロンの着替える所を何度か見た事があるのだが、それはムチャが寝ているうちに着替えようとしたトロンをたまたま目が覚めた時に見てしまっただけで、その時に寝たフリをしてその場をしのいだムチャは紳士オブチキンなのだ。
「どうせならもっと楽しそうな夢にしてくれよな。見習いサキュバス」
ムチャは鼻歌を歌いながら更衣室を出て行った。
一方、自分が支配する夢の中でからかわれたケセラはワナワナと震えていた。
どうやらムチャはこのエリートサキュバス見習いに火をつけてしまったようだ。
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