始まりの終わり。
キーラはナップに駆け寄ると、その腕から子供を奪い取った。そして地面に寝かせると、子供に向かって声をかけ続ける。
「ブレイクシア様! ブレイクシア様!」
すると、子供はもごもごと口を動かし言葉を発した。
「うーん……トマトが……トマトが……」
それを見たキーラは、ぺちぺちと子供の頬を叩く。
「ブレイクシア様!」
子供はゆっくりと目を開けた。
「……キーラ?」
キーラは子供を抱き起こし、ぎゅーっと抱きしめた。
「ブレイクシア様、よくぞご無事で」
そして先程とは違う涙を流した。
そんなキーラに、ムチャはおずおずと声をかける。
「あの、その子、ブレイクシアなの?」
キーラは涙と鼻水を流しながら、コクコクと頷いた。
「ブレイクシア様は、鬼族の一部族の戦士長の子供だったのです」
少し落ち着くと、キーラはポツポツと語り出した。
「先の大戦で、ブレイクシア様の両親は先代魔王様の下で鬼族の戦士長として戦い、人間の勇者に殺されました。いえ、戦士長達だけでなく、鬼族の多くが人間達に……」
ケンセイの事を思い出し、ムチャは少し気まずくなった。
「人間達の残党狩りにあい、私とブレイクシア様は鬼族の里を追われ、生き残った鬼族と共にブブゼラ山の洞窟でひっそり暮らしていました。数ヶ月前、そこに一人の老人が現れたのです」
「老人?」
「ええ、ローブを被っていたために、人間か鬼族かはわかりませんでしたが、声は老人のものでした。しかし、何か異様な雰囲気のある老人でした」
キーラは当時の事を思い出した。
夜中、キーラはブレイクシアを寝かしつけるために寝室でブレイクシアに話をしていた。
「キーラ、お父様とお母様はそんなに勇敢だったの?」
ベッドに横になりながら、ブレイクシアは言った。
「ええ、ブレイクシア様は覚えておられないと思いますが、ブレイクシア様の父上は鬼族一の怪力と槍術の使い手で、母上は鬼族一の魔法使いだったんですよ。二人は鬼族の誇りをかけて、最後まで勇敢に勇者と戦って散ったのです」
キーラは枕元でブレイクシアの頭を撫でながら語りかける。
「僕も、いつか父上や母上のような戦士になりたいな。そして人間共から鬼族の里を取り戻すんだ」
「そのためにはよく寝てよく食べなくてはいけませんよ。嫌いなトマトもね」(はぁん、男らしいブレイクシア様かわいい)
「と、トマトくらい食べられるよ!」
そう言ってブレイクシアは頬を膨らませた。
「さぁ、そろそろ寝ましょう。明日は魔法の修行ですよ」(はぁん、ブレイクシア様のほっぺプニプニしたい)
「うん、おやすみキーラ」
キーラが枕元のロウソクを消そうとしたその時、背後に気配を感じて振り返った。
「何者だ!?」
キーラの背後には、ローブを被った小柄な人物が立っていた。その人物からは、ローブ越しでありながら何か並々ならぬオーラを感じる。
「夜分に失礼……」
その人物はしゃがれた声で言った。声を聞く限りどうやら老人のようである。キーラはそばに置いていた杖を手に取り構えたが、何故だかその老人には勝てる気がしなかった。
「ワシは新生魔王様の使いの者だ」
「新生……魔王?」
「喜べ。住処を追われた鬼族よ。新たなる魔王様は諸君らに、愚かなる人間に復讐する力を与えてくださる。諸君らが魔王様の下に来てくれるのならな」
「にわかには信じられんな。貴様は怪しすぎる」
キーラが言うと、老人はほっほと笑った。
「そうであろうな。では、これではどうだ?」
老人がキーラに向かって手をかざすと、キーラは体の奥から力が溢れてくるのを感じた。
「これは……?」
「魔王様からお借りした力じゃ。そちらの子供には更に強大な力を与えよう。両親を越えるほどの力をな」
老人はブレイクシアの両親を知っているようであった。
「し、しかしブレイクシア様はまだ幼い! 人間共との戦場に出すには……」
「キーラ」
ブレイクシアがキーラの肩を掴んだ。キーラが振り向くと、寝ていたブレイクシアが起き上がり、老人を見つめていた。
「魔王の使いよ。僕が魔王の下につけば、父上と母上の仇が取れるのだな」
「左様」
「人間共を倒せば、鬼族の未来が開けるのだな」
「それはそなた次第だのう」
幼いブレイクシアの目の奥には、鬼族の戦士長の子としての光が宿っていた。
「しかしブレイクシア様……」
「キーラ、僕は知っているよ。みんな飢えているのに、僕にはしっかり三食食事を与えてくれている事、僕を不安にさせないために無理して笑顔を見せてくれていることを」
そしてブレイクシアはキーラの上着を捲り上げた。
「ブレイクシア様!」
キーラは顔を赤くした。
キーラの腹には、空腹を紛らわせるためにきつく縄が縛り付けられていた。キーラはここ数日、ブレイクシアの食事の余りのみで空腹を紛らわせていたのだ。(決してブレイクシアの余り物が食べたかった訳ではない)
「キーラ、僕が鬼族の未来を開くよ。戦士長の子として」
「ブレイクシア様……」
(はぁん……ブレイクシア様かっこいい……)
それを聞いて老人は再び笑った。それはとても穏やかな声であった。
「ほっほっほ、鬼族は勇敢な子種を遺したようだな」
「魔王の使いよ。僕は魔王の下につく。そして人間共と戦うよ」
「然らば汝に力を与えん」
老人はブレイクシアに手をかざすと、その手から光が放たれ、ブレイクシアを光が包んだ。すると、ブレイクシアの体がみるみるうちに成長し始めた。
「こ、これは……」
「お主は勇敢であるが、子供の姿では箔がつくまい。ほれ、これで立派な戦士に見えるぞ」
いつの間にか、ブレイクシアの体は大人へと成長していた。そしてその体には、凄まじい魔力と力が漲っていたのだ。
「ふははは……これは凄い。凄いぞ!!」
ブレイクシアは立ち上がり、腕に力を込めた。さっきまでの幼子の細腕は今はなく、その腕には鬼族の戦士に相応しいはち切れんばかりの筋肉が盛り上がっている。
「魔王様はそなたに何かを命じはしない。ただ、汝の望むままに、人間を蹂躙するのだ。汝に与えらる称号は……そうだな『傲慢』だ。今日からは新生魔王軍『傲慢のブレイクシア』を名乗るが良い」
「傲慢のブレイクシア……その名、ありがたく頂戴しよう」
ブレイクシアは溢れんばかりの力を感じながら、ニヤリと笑った。
「お主」
老人はキーラに声をかけた。
「なんだ?」
(はひぃ……大人ブレイクシア様ヤバイよぉ……これでブレイクシアと堂々と結婚できる!!)
「……良かったな」
老人はキーラの心を読んだように言った。
こうして、新生魔王軍の一角『傲慢のブレイクシア』は誕生したのだ。
「それからブレイクシア様は各地を回り、この城に兵を集めた。人間に恨みを持つ魔物は多い、皆ブレイクシア様の下で結束し、人間共と戦う算段であったのだ」
キーラは膝に座るブレイクシアの頭を撫でた。
「なるほどなぁ。ブレイクシアの正体は鬼族の子供だったのか。まぁ、何はともあれ、生きてて良かったよ」
「何? 貴様は人間の戦士であろう、なぜそのような事を言う?」
ムチャはブンブンと手を振った。
「だーかーらー、俺達は戦士じゃなくて……」
「お笑いコンビだって言うんでしょ」
プレグが横から口を挟んだ。
「なぜ芸人風情がブレイクシア様の前に立ちはだかったのだ。貴様らさえいなければ今頃人間共の軍を……」
ド……ドドド……ドドドド……
ふと、遠くに土煙が上がるのが見えた。
「私達が来るときに追い抜いた王国軍ね」
「全く、腰が重いものだな」
「お前ら、逃げた方がいいんじゃないか?」
ムチャが言うと、キーラは驚いた。
「私達を見逃すと言うのか?」
「あの話聞いた後じゃなぁ……どっちにせよ引き渡すつもりは無かったけど」
「またいずれ、貴様らに牙を剥くかもしれんぞ」
「そん時はそん時だ。今度こそ思いっきり笑わせてやるからな」
ムチャはコツンとブレイクシアの額を小突いた。
「おのれ、何をする! 僕だって、今度は自分の力でやっつけてやる! 人間の勇者め!」
「だーかーらー! 俺達は勇者でも戦士でもなくて……」
「はいはい、わかったから。あんたら逃げ足はあるの?」
「心配は無用だ」
土煙が徐々にこちらへと近づいて来ている。
キーラは胸に下げていた角笛を吹いた。すると、遥か上空から飛龍に乗った鬼族が現れた。
「姉御! ご無事でしたか!王国軍が来ますぜ!」
キーラはブレイクシアを抱え、飛龍の背に跨る。
「……またいずれ、会う時がくるかもしれぬな」
キーラのその声は、飛龍の羽音によりムチャ達には届かなかった。
「なんだってー!?」
ムチャが耳に手を当てて叫んだ。
「覚えておけと言ったのだ!!!」
「おぼえとけよー!!!」
二人の捨て台詞を残して、飛龍は羽ばたいて上空へ舞い上がり、西の方へ飛んで行った。
「さーて、俺達も行きますか」
「あんたらが敵将を倒した事、王様に伝えたら英雄になれるわよ。報奨金もガッポリじゃない」
「何度も言わせるなよ、俺達が目指すのは英雄じゃねぇ!」
「お笑いコンビだー! だよね」
ニパがムチャのセリフを食った。
「わかってるじゃねぇか!」
「巫女様、これを機に寺院へと……」
「絶対帰らない」
トロンはナップの頭を杖でゴチンと打った。紫の光が杖からナップへ流れ込む。
「英雄役、よろしく」
そしてナップを除く四人は駆け出した。
「うおー! 魔王軍の将、討ち取ったり!」
崩れ落ちた城の前には、英雄(仮)が残った。
こうして、五人の芸人達により、王国軍と新生魔王軍の戦は回避された。
「ったく……今日は走ってばっかだな」
先代勇者の弟子、ツッコミのムチャ。
「お腹すいた」
心神教の巫女、ボケのトロン。
「つべこべ言わずに走りなさい!」
美しき魔法使い、大道芸人プレグ。
「疲れたら私が背負ってあげるよ」
半人半獣の少女、アクロバットのニパ。
「俺は英雄だー!」
感情術使いの剣士、前座のナップ。
その活躍を知る者は少ない。しかし、彼等は確かに多くの命を救ったのだ。
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