脱出!

 天井か崩れ始め、破片がパラパラと二人の頭上から降り注ぐ。

「やばい、逃げるぞ!」

 大の字に横になっていたムチャは上半身を起こし立ち上がろうとした。

「あれ?」

 しかし、体に力が入らずに立ち上がる事ができない。

「ト、トロン、肩貸してくれないか?」

 ムチャがトロンを見ると、トロンはぺたんと座り込んだまま足をプルプル震わせていた。

「私も同じこと言おうと思ってたの」

「えぇっ!?」

 地響きが徐々に大きくなり、落下してくる破片もそれに比例して大きくなり始めた。

「嘘だろ……ここまできて……」

 ムチャは剣を支えに再び立ち上がろうとするが、やはり立ち上がる事ができない。二人は絶望して天を仰いだ。その時、謁見の間の扉を叩く音が聞こえた。何者かが扉を開こうとしているらしいが、枠が歪んでしまっているのか扉が開かないらしい。

「どいてくれ! 怒剣……憤怒衝!」

 声と共に扉が吹き飛ぶ。

「巫女様! ご無事ですか!?」

 壊れた扉の向こうには、赤いオーラを立ちのぼらせたナップが立っていた。

「ナッポ!?」

「ナップだ!」

 ナッポ、もといナップの背後にはプレグとニパもいる。

「二人とも無事だったんだね!」

「あんた達、またえらい大暴れしたわね。さっさと逃げるわよ!」

 ムチャはニパに肩を借り、トロンはプレグに背負われて脱出の準備が整った。すると、ナップが突然声をあげた。

「おい! 子供が倒れているぞ!……まだ息をしている」

 そう言ったナップの足元には、まだ幼い鬼族の子供が倒れていた。

「子供? なんでこんな所に子供がいるのよ」

「巻き込まれたのかな?」

 城の崩落は、更に激しくなってゆく。迷っている暇はなかった。

「ナップ……そいつも連れてきてくれ」

 ニパに支えられながらムチャが言った。

「俺に命令するんじゃない!」

 そう言いつつも、ナップは子供を抱き抱える。

 そうして、五人は扉に向かい駆け出した。

 瓦礫が五人の頭上に雨のように降り注ぐ。

 プレグは頭上に障壁を張ったが、僅かに回復した魔力では、大きな瓦礫までは防ぎきれないだろう。満身創痍な四人(ナップ以外)が頭部に瓦礫を受けては無事では済まない。

 五人は謁見の間を出ると、崩れ落ちる城内を、城門に向かい駆け抜けてホールに出る。大量にいた魔物の兵隊達は、すでに逃げ出してしまっているようだ。魔物達が持っていたであろう剣や盾がそこら中に投げ捨てられていた。

「あと少しだ!」

 五人の前に開け放たれた城の出口が見え、その奥には巨大な城門が見えた。脱出まではあと少しであった。が、しかし。


 ズドォン!!


 天井の一部が崩れ落ち、城の出口が巨大な瓦礫により塞がれてしまった。

「ななな……なんてこった!」

「ちょっとナッポ! あんたなんとかしなさいよ!」

「ナップだ! 扉くらいならともかく、あんな瓦礫どうにかなるか!」

「どっか別の出口は無いかな!?」

 五人がオロオロしていると、天井に空いた穴から複数の影が舞い降りた。それはブレイクシア軍のガーゴイル達であった。

「ちいっ! こんな時に……」

 ナップは抱えていた子供を背負うと、剣を抜いて構えた。

「待て!」

 ナップがガーゴイルに斬りかかろうとするのを、ニパに支えられたムチャが止めた。

「あんた、さっきの」

 ガーゴイル達の一体は、先程ムチャが道を尋ねたガーゴイルであった。

「ガァッ! ギゲグゴ!」

 ガーゴイルは天井を指差し何か言っている。

「何言ってるかわかる?」

「……わからん」

 プレグとナップは首を横に振った。その時、ニパが口を開いた。

「あそこから逃がしてくれるって」

「あんたガーゴイルの言葉がわかるの?」

「なんとなく!」

「なんとなくって……」

 そんなやりとりをしているうちに、崩落は更に激しくなる。五人はガーゴイル達に身を委ねる事に決めた。

 ガーゴイル達は五人と子供を背後から抱くと、バッサバッサと翼をはためかせて飛んだ。そして瓦礫を躱しながら、先程より大きくなった天井の穴から城外へと脱出した。その直後、城は限界を迎えたかのように一気に崩壊する。

 ガーゴイルが五人と子供を城門前に下ろすと、五人はほっと息をついた。

「ありがとう、ガーさん」

 ムチャは勝手にあだ名をつけたガーゴイルと握手をする。

「ガァッ、ガァガァグゴ!」

 ガーさんはムチャに何かを言い、そしてガーゴイル達は翼を広げ、どこか遠くへ飛び去って行った。

「いやぁ、生きているって素晴らしいな」

「何回死ぬかと思ったかな」

「全く、無茶してくれたわね」

「二人とも生きてて良かったよぉ……」

「巫女様、もうこんな無茶はおやめください! このナップ、心配のあまり死ぬかと思いました!」

 五人はそれぞれ生きている喜びを分かち合った。こうして、命を賭けた死闘は終わったのだ。

 すると、ムチャの目に城門の前にヘタリ込むキーラの姿が映った。

 ムチャはニパの肩を借りて立ち上がると、キーラに歩み寄った。

「ブレイクシア様……」

 キーラは崩れ落ちた城を眺めながら涙を流していた。

「えーと、キーラだっけ?」

 キーラはハッとしてムチャを見た。

「貴様……ブレイクシア様は!? ブレイクシア様はどうなった!?」

 そしてムチャの襟首を掴み、ガクガクと揺さぶる。

「……死んだ」

 ムチャはキーラの目を見て言った。ムチャは無用な殺生を好む男では無い。人間に近い鬼族であるなら尚更だ。しかし、あの時は命のやり取りも止むを得ない状況であった。間接的にとはいえブレイクシアの命を奪った事を、ムチャは後悔はしていなかった。ブレイクシアと二人は、互いに全力を尽くし戦ったのだ。しかし、愛しい相手を殺されたキーラは納得できる筈がない。

「おのれ……よくもブレイクシア様を……!!」

 キーラはムチャを突き飛ばし、杖を構えた。体力を使い果たしたムチャは突き飛ばされて容易に転んだ。

「やるのなら私が相手になるわ」

 プレグが倒れたムチャとキーラの間に割って入る。その横にはニパもいる。

「人間風情が……よくもぉ!!!!」

 キーラは怒り心頭といった様子であった。杖に魔力が集中し、今にも攻撃魔法を放とうとしている。

「いや、君達はもう戦えまい。私がやろう」

 ナップが前に進み出た。

(ふふふ、ようやく私の活躍する時が来たな)

「この子を頼む」

 ナップが抱えていた子供をプレグに託そうとした時、それを見たキーラは杖を取り落として言った。


「ブ、ブレイクシア様!!」

『え?』


 その場にいた五人の頭上に、大きなハテナマークが浮かんだ。

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