対決、ブレイクシア城6
プレグはキーラの操るゴーレム相手に苦戦を強いられていた。魔導喰いを核にしたゴーレムは、プレグが何度攻撃魔法を放とうとも、殆どのダメージを分散してしまうのだ。物理的な攻撃を得意とするニパはゴブリン達と交戦中で、援護は望めそうに無い。そもそもニパの破壊力を持ってしても、巨体のゴーレムにどれほどのダメージを与えられるかはわからないが。
「凍気よ、槍となりて眼前の敵を撃ち貫け!」
プレグが放った氷の槍はゴーレムの胸に命中し、岩と土の肉体を抉りはしたが、痛覚の無いゴーレムには大したダメージにはなっていないようだ。現に先程からプレグが加えている攻撃で、ゴーレムの体はあちこち崩れていたが、プレグへの攻撃を止めるどころか、動きを鈍らせる事すらできていない。プレグの頭上からゴーレムの拳が飛んできた。横っ飛びでなんとか躱したプレグは、ゴーレムと距離を取り息を整える。
「敵はゴーレムだけでは無いぞ!」
ゴーレムの背後にいるキーラの杖から雷が飛び、それをプレグは障壁で防ぐ。キーラはゴーレムを操りながら、所々でちょっかいを出してくるのだが、それがただでさえ苦戦しているプレグを更に苦しめた。実質二対一の戦いは、プレグから体力と気力をみるみるうちに奪ってゆく。それ以上に問題なのは、魔力の枯渇であった。先程のキーラとの戦闘と、魔法攻撃の効き辛い魔導喰いゴーレムとの戦闘で、プレグは魔力の大半を使い果たしてしまっていたのだ。魔法による攻撃を主とするプレグにはこれは致命的な問題である。
(あと何回攻撃できるか……)
ゴーレムとキーラの攻撃を交わしながら、プレグは限られた魔力で両方を倒す方法を模索する。そして自分なりの答えを導き出すと、ゴーレムに向かって駆け出した。
「ふん、玉砕か?」
キーラは向かって来るプレグを叩き潰すようにゴーレムを操作した。しかし、プレグの狙いはゴーレムではなかった。
「氷結せよ!」
プレグは前方に手をかざし、真っ直ぐに氷の道を作る。そしてその上に飛び乗り、拳を振り上げたゴーレムの股下を素早く滑り抜けた。
「なにっ!?」
氷の道は、ゴーレムの背後にいるキーラへと続いていた。プレグは滑りながら、右拳にありったけの魔力を込める。
(あのゴーレムは自動制御じゃなくて、あいつの命令で動いている。それならあいつを倒せば!)
プレグは滑走した勢いに乗って、キーラへ向かってジャンプした。キーラは慌てて下がろうとしたが既に遅かった。空中で振り上げられた魔力を帯びたプレグの拳が、キーラの胸に叩きつけられる。命中と同時に魔力が炸裂し、キーラの体に凄まじい衝撃が与えられた。
「ぐあぁぁぁぁぁあ!!」
プレグの魔力を乗せた拳を喰らい、後方に吹っ飛んだキーラは、数メートル地面を転がりやがて止まった。
「はぁ……はぁ……死んではいないわよね?」
魔力を使い果たしたプレグは、疲労と魔力の枯渇でガックリと膝をつく。
「ニパ……あの子は、つっ!?」
プレグがニパの方へ視線を向けようとした時、突然背後から巨大な手で体を掴まれた。
「嘘!?」
それはゴーレムの手であった。
気を失ったと思われたキーラが、杖を支えにして立ち上がる。
「危うく気絶する所だったぞ……これが無ければな」
キーラはモゾモゾと胸元を探ると、中から魔力の炸裂でボロボロになった厚手の手帳を取り出した。手帳の表紙にはこう書かれている。
【ブレイクシア様日記】
この一冊の手帳がプレグの魔力を込めた拳の威力を弱めたのだ。
「ふははは! やはり恋する女は強いのだ!」
キーラは高笑いをし、ゴーレムがギリギリとプレグを締め付ける。
「が……は……」
プレグは胴体を圧迫され呻いた。骨が軋み全身に激痛が走る。必死に胴を掴む腕を掻きむしったが、土と岩でできた腕はビクともしない。プレグのよく手入れされた爪にヒビが入っただけである。
「無駄だ! 人間にしては良くやったが、私の日記を傷付けた罪は重い。ジワジワと苦しめて殺してやろう」
キーラが魔力を込めると、ゴーレムが締め付ける力が徐々に強くなる。
(ちくしょう……もう魔力も体力も無い……何でこんな所に来てしまったんだろう……)
激痛に意識を失いそうになりながら自問したプレグは、走馬灯のようにこれまでの事を思い出した。ムチャとトロンを追いかけて城まで来た事、クフーク村で二人と再会した事、ニパに大道芸を教えた事、ヌイルの町で二人に嫌味を言った事、チルドランの街を出た時の事、そしてムチャとトロンに出会った時の事。
(そうよ……あいつらに会わなければこんな事には……あいつらに会わなければ……私は今頃……今頃……)
ムチャとトロンがいなければ、プレグは今頃父親の傀儡にされていたはずだ。そうでなくとも酒に溺れ、どこかでのたれ死んでいたかもしれない。
(まぁ、あの二人のためなら死んでもいいかもね……)
諦めて目を閉じようとしたプレグの耳に、ドクドクと何かが脈打つ音が小さく聞こえた。プレグがそちらに目を向けると、そこにはゴーレムの胸があった。そしてプレグが魔法で傷を付けた部分から、脈打つ黒い塊がほんの僅かに見えている。それは魔導喰いの心臓であった。
(まだ……諦められないわね)
プレグは激痛の中で思考した。
貫通力のある魔法で魔導喰いの心臓を撃ち抜けば、ゴーレムの活動を止める事ができる。しかし、プレグには貫通力のある魔法を撃てる程の魔力はもう残っていない。しかも、半端な威力の魔法では弾かれてしまうであろう。短刀でも何でもいい、物理的に攻撃できるものが無いか思考を巡らせる。せっかくゴーレムの急所を見つけたとはいえ、状況は万事休すであった。
(どうすれば……)
その時、プレグの胸に何か固いものが当たった。
プレグはハッとしてそれを取り出す。それは、プレグがあの日フロルにプレゼントした杖であった。プレグが杖を手にすると、杖はぼんやりと光った。プレグは大道芸人として復帰してからも、肌身離さずこの杖を持ち歩き、時折杖に込められたフロルの声を聞いていたのだ。プレグは何千回と聞いたフロルの声を思い出す。
「ショー頑張ってね」
あの日プレグは、悲しみに溺れてショーをやりきる事が出来なかった。だから今日は、やるべき事をやりきると決めた。
プレグは杖を見つめると、ギュッと力強く握りしめた。
「この杖に込められし魔力よ、その力の在り方を変えよ……」
杖の光が消え、プレグの指先に魔力の光が宿る。
そしてプレグは杖をゴーレムの心臓部へと真っ直ぐに向けた。
「穿て」
プレグが呟くと、杖はプレグの手を離れ真っ直ぐに飛び、岩の装甲の隙間から僅かに見える心臓を貫く。そして、小さく爆ぜた。
「今度こそ……本当にさようなら」
プレグは最愛の妹に、三度目の別れを告げた。
ゴーレムが動きを止め、ボロボロと崩れ始める。
「な、何が起きた!?」
突然ゴーレムの制御ができなくなった事で、キーラは動揺した。そんなキーラの前に、ゴーレムの手から解放されたプレグがスタリと着地する。
「い……雷べっ!?」
キーラが魔法を放つ前に、プレグのビンタが頬に炸裂した。そしてプレグは、杖を取り落としたキーラの後ろに回ると、首に腕を回しチョークスリーパーホールドを仕掛ける。これが完全に決まってしまっては、いくら腕力で分がある鬼族のキーラ対細身のプレグであれども、脱出することはほぼ不可能だ。
「ブ……ブレイクシア……様」
数秒後、キーラは完全におちて いた。キーラは膝からドサリと崩れ落ちる。
「恋よりも、愛の方が強かったみたいね」
プレグは地に伏せたキーラに向けてそう言うと、フンと鼻を鳴らした。
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