西へ

「と、いうわけでね、漫才の方やらせていただきましたが、我々はこれから西に向かうんですよね」

「西に行くならタニシを食べたいですね」

「別にタニシは食べたくないよ!」

「タニシのしめとかね」

「何で煮しめにタニシ入れるんだよ!」

「ニシンとかね」

「タニシどこ行ったんだよ!」

「にっしっしっし」

「ニシって言いたいだけじゃねーか! もういいよ!」

「「どうも、ありがとうございました」」


 二人が頭を下げると、村人達からまばらな拍手が起こった。

「そ、それでは、こちらを受け取ってください」

 クフーク村の村長が、ムチャにゴールドの入った袋を差し出すと、ムチャはそれをイマイチ納得のいかない表情で受け取った。

 食堂での一件があった翌日、二人は意識の戻らないミノさんを見舞いに行った後に、店で食糧などを買い込み、旅の支度を整えてから村を出ることにした。すると、二人の旅立ちを知った村長が、ヨロイトカゲから村を救ったお礼にと報酬を渡そうと二人の前にゴールドの入った袋を持ってきたのだが、ムチャは例によって受け取ろうとはしなかった。しかし、家族や家を救われた村人達がどうしても受け取って欲しいと引き下がらないので、

「じゃあ、村の人達に漫才見せるから、その報酬としてなら受け取るよ」

 と、ムチャは言い、旅立ちの前に村人を広場に集めて皆に漫才を披露する事になったのだ。

「ムチャさん! トロンさん!」

 ムチャが腑に落ちない顔でゴールドの入った袋を眺めていると、人混みをかき分け、ペノがやたら筋肉質な巨体の男と共に現われた。

「あの、先日は妻の命を救っていただき本当にありがとうございました」

 筋肉質な男は二人に深々と頭を下げる。

 ムチャとトロンは顔を見合わせた。

「「誰?」」

「これ、私の旦那。二人が旅立つ前にどうしてもお礼が言いたいって」

「ダレンと申します」

「「あー」」

 ダレンはどことなくミノさんに似ていた。

(もしかしたらさ……)

(ミノさんにもチャンスあったのかもね)

 二人は、何度も巨体を折り曲げてぺこぺこと頭を下げるダレンを見ながら思った。

「二人共気をつけてね」

「おう、ミノさんが目を覚ましたらよろしく言っておいてくれ」

「わかった」

「またハンバーグ食べに来るね」

 トロンは少し名残惜しげに言った。

 ムチャとトロンは村人達に別れを告げ、村の門へ向かう。その場でお別れをしたつもりであったが、村人達も二人を見送るためにぞろぞろとついてきた。

「そういえば、プレグ達はもう村を出たのかな?」

「さぁ、どうかなぁ」

 昨日の一件以来、二人はプレグとニパに会っていなかった。

「旅立つ前に宿に行って声かけとこうか?」

「別にいいだろ。旅をしていればまた会う事になるさ」

 トロンは「次に会う前に死ぬかもしれないけど」と思ったが口には出さなかった。

 そうこうしているうちに村の出口についた。見送りの集団は二人に次々と声をかける。

 アリガトー

 元気でなー

 トロンちゃん目線くださーい


 二人は改めてペノと握手をすると、村人達に背を向けて歩き出した。その時


「はい、通して通してー」


 一台の馬車が人混みの後ろから現われた。

「やっほー! ムチャさん、トロンさん」

 ニパが荷台から二人に手を振っている。

「プレグ!? どうした? 東に向かうなら反対方向だぞ」

 ムチャが言うと、プレグはムスッとした顔で言った。

「……途中まで送るわよ。途中までね」

 ムチャとトロンは顔を見合わせる。

「早く乗りなさいよ! 言っておくけど、危ないと思ったら私とニパだけでも戻るからね! できればトロンも連れて!」

 そう言ったプレグの顔はほんのり赤くなっていた。

「へへっ、ありがとよ!」

 ムチャとトロンは馬車の荷台に飛び乗った。

「それじゃあ運転手さん、西へ向かって下さい」

「誰が運転手よ!」

 プレグが手綱を引くと、馬車は走り出した。

 ムチャとトロンは荷台から村人達に手を振る。


 ペノは二人の乗った馬車を見送りながら祈った。

「願わくば、あの者達に旅と笑いの神の加護があらん事を……」

 そこに、村の医者が慌てた様子で駆けてきた。

「おい皆の衆! ミノさんが目を覚ましたぞ!」

 それを聞いた村人達から歓声が上がった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る