これからどうする?

 それからトロンは丸二日眠り続けた。そして目を覚ますと、

「お腹空いた……」

 と呟き、食堂に赴きペノが作ったジャンボハンバーグを二つも平らげた。


「そっか……ミノさんまだ目を覚まさないんだ」

 ハンバーグを平らげたトロンはムチャからミノさんの容態を聞いて表情を曇らせた。

「傷が深かったからな。後はミノさんの気力次第だそうだ」

 同じテーブルには、まだ村に滞在していたプレグとニパも座っていた。

「で、あんた達はこれからどうするの?」

 プレグはコーヒーにミルクを入れながら聞いた。

「最初の予定だと西に向かうつもりだったよね」

「おう……むぐっ」

 トロンは付け合わせの人参をムチャに食べさせながら答えた。

「西はやめた方がいいわよ」

「何でだ?」

「これ見て」

 プレグが差し出した新聞には、クフーク村から西に百キロ程離れた土地にある古城に、魔王軍の残党が集結し始めていると書かれていた。

「これのせいで西の方はパニックらしいわ。あんた達が寝てる間に、西から来た馬車がこの村を沢山通って行ったし、あんた達も巻き込まれたくなければ来た道を戻るか、南に向かった方がいいわよ」

 プレグはミルクと砂糖をたっぷり入れたコーヒーを啜った。

「これって、もしかしてあんたらを襲った魔物が集めてるんじゃないの?」

「かもしれないな……むぐっ」

 ムチャの口は二皿分の人参でいっぱいになっていた。

「私達は少し引き返してから南に向かうわ。あんた達はどうする? 途中までなら馬車に乗せて行くけど」

 ムチャはうーんと唸りながら人参を咀嚼して、やがてゴクリと飲み込んだ。

「西に向かう」

「何でよ? 魔王軍の討伐隊にでも入るつもり? それならここに丁度求人広告出てるわよ」

 プレグが指差した新聞の隅には「来たれ傭兵! 魔王軍残党討伐隊募集!」と書かれていた。

「本当だ。でもさ、これ魔王軍の残党って書いてあるけど、ちょっと違うと思うんだよね」

「どう言うこと?」

「確かあいつ、新しい魔王が生まれるって言ってたよな」

「うん」

「てことは古城に集まっているのは残党じゃなくて、新しい魔王軍なんじゃないか?」

「そういう事ね……それ、あんまり大きな声で言わない方がいいわよ」

 プレグは声を潜めて言った。

「なんで?」

「私はここの村の人達から聞いて知っているけど、王国軍の連中が民衆のパニックを避けるために情報規制しているのよ。残党が集まっただけでパニックなのに、新しい魔王が現われるなんて民衆が知ったらどうなることか」

「ふーん……でもせっかくケンセイが前の魔王を倒したのに、たった数年で新しい魔王が現われたんじゃキリがないよな」

 ムチャは傍に立てかけてある剣を見た。

「え! ムチャさんて前の魔王を倒した人と知り合いなの!?」

 ニパが目をキラキラさせてムチャを見つめる。

「あんたは黙ってなさい。まぁ、あんたが傭兵になるって言うなら止めはしないけど、トロンは置いていきなさい。この子を危ない目に遭わせられないわ。ね、トロン?」

 プレグはトロンに視線を送ったが、トロンはプイとそっぽを向いた。

「別に傭兵になりに行くわけじゃねぇよ」

「じゃあ何しに行くのよ」

「あいつに会いに行く」

「西に知り合いがいるの? その人が心配なら手紙で連絡取ればいいじゃない」

「知り合いって程じゃないけど、あいつの名前何て言ったっけ?」

 ムチャがトロンに聞くと、トロンはいつの間にか注文したデザートのパフェを食べていた。

「確か、ブレイクシア?」

 プレグが椅子をガタンと鳴らし立ち上がった。

「ちょっと! それあんたをぶっ飛ばした奴でしょ!? 何しに行くのよ!?」

 プレグの声に驚いた店の客達が一斉にプレグの方を見た。

「プレグー、こういうとこでは騒いじゃダメだよ」

 ニパがプレグの裾を引っ張ると、プレグは赤面して椅子に座った。

「やられた仕返しでもしに行くつもり?」

「まぁ、それはそれだ。ただあいつがその気があるなら城に来いって言ってたからさ。言ってたよな?」

「言ってた」

 トロンはパフェの生クリームを鼻頭につけながら答えた。

「俺達、ショーの依頼は断らないんだよ。相手が誰だろうとな」

 プレグはドンとテーブルを叩いた。

「バカじゃないの!? 言いたくないけどね、私はあんたの剣の腕は認めてるのよ。そのあんたがあっさりやられるような魔物なんでしょ!? 今度は殺されるかもしれないのよ! 死にに行くつもりならトロンは置いて行きなさい」

 プレグの目は今まで見た中で一番真剣であった。

「ムチャが行くなら私も行くよ」

「何でよ!? わざわざ殺されに行くわけ?」

 トロンはパフェを食べる手を止めた。

「私達は、お笑いコンビだから」

 トロンの目はいつも通りトロンとしていたが、その瞳の奥には固い決意が宿っていた。

「ダメよ! そんなの絶対お姉ちゃんは許さな……」

 そこまで言ってプレグはハッとした。

「お姉ちゃん?」

 ニパが首を傾げた。

「……何でもないわ。行きたければ勝手にしなさい」

 そう言うとプレグは食堂を出て行った。

「待ってよプレグー!」

 ニパもプレグの後を追った。

「今のプレグ、なんかおかしかったな」

「少し……悲しそうだった」

「そうか?」

 ムチャは何気なくパフェの皿の横に避けてあったチェリーを食べた。

「あっ……」

 トロンはムチャの頬をベチンと叩いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る