お見舞い

「ううん……」

 ぼやけた視界が徐々にはっきりとしてくると、そこには見知らぬ屋内の天井が見えた。どうやらムチャはどこかのベッドに寝かされていたらしい。

「ムチャ」

 ふと声が聞こえた方を見ると、そこには杖を握りしめ、心配そうな顔をして椅子に座っているトロンがいた。

「ここは……?」

「クフーク村の診療所だよ」

 周りを見渡すと、いくつかのベッドが並べられており、全てのベッドには怪我をした人々が寝ていた。

「大丈夫?どこも痛く無い?」

「うん、大丈夫だ」

「良かった……」

 トロンはホッと息を吐くと、杖を握ったまま俯いて何も言わなくなってしまった。

「あれ? トロン? おい」

 ムチャが体を起こし、トロンの肩を揺さぶると、クーっと小さな寝息が聞こえてきた。そこにペノが毛布を持ってやって来た。

「寝かせてあげて。トロンさんはミノさんやムチャさん、他にもヨロイトカゲの襲撃で怪我をした人達の治療で三日も寝てないから」

 ペノはトロンの肩に毛布を掛けてやる。

「俺、三日も寝てたの?」

「えぇ。怪我は大したこと無かったみたいだけど、なんとか術の乱用で、精神に負担が掛かったんだろうってトロンさんが言ってたわね」

 そう言えばあんなに感情術使ったの初めてだったな。クイーンを倒す時に二回使って、ミノさんがやられたのを見てカッとなって……

「そうだ! ミノさんは無事なのか!?」

 ミノさんの事を思い出し、ボーッとしていた頭が急に覚醒した。

「大きな声を出さないで。他の怪我人もいるから。ミノさんは何とか一命を取り留めたけど、まだ意識は戻らないの」

 ペノは視線を落とした。

「そうか……」

 その時、ムチャのお腹がグーッと鳴った。

「あ、三日も何も食べてなかったんだものね。ご注文は……じゃなくて、何か食べるもの持って来るね」

 ペノはそう言うと病室から出て行こうとした。そして病室から出る時、

「そういえば、ムチャさんが寝ている間に、二人の知り合いだって人達がここに来たわよ。まだ宿にいると思うから後で呼んでくるわね」

 と言った。


 しばらくして、ムチャがペノの作ってきたおじやを食べていると、部屋に見覚えのある二人が現れた。

「ムチャさん!」

「全く……何やってんのよあんた達は」

 その二人はプレグとニパだった。

「げっ! お前らどうしてここへ!?」

 ムチャは驚きのあまりおじやを吹き出しそうになった。

「たまたまこの村に立ち寄ったら、あんたらの話を聞いたのよ」

「ムチャさんが怪我したって聞いたから心配したんだよ」

 ニパが潤んだ瞳でムチャの手を掴んだ。

「俺は大丈夫だよ。心配かけて悪かったな」

 ムチャは空いた手でニパの頭をポンポンと叩いた。

「ふん、あのまま死んでたら私がトロンを連れて行ったのに」

「お前相変わらず口悪いな」

「昨日村に着いた時、ムチャさんとトロンさんの話を聞いてすぐにここに来たんだよ。そしたらムチャさんは寝てたし、トロンさんは治療で忙しそうだったから宿に行ったの。プレグは治癒魔法使えないからって、とっておきの回復薬を置いて」

 ニパがベッド脇のテーブルを指差すと、そこには緑色の液体が入った瓶が置いてあった。

「余計な事言わないの」

 プレグがニパとをゴチンと打った。

「痛い!」

 プレグの顔は僅かに赤くなっていた。

「あんたが死んだらこの子が悲しむでしょ!」

 プレグは椅子に腰掛けて眠るトロンを見た。

「いつもとろーんてしてるこの子があんなに心配そうな顔してるの初めて見たわよ。ていうかあんた回復したのならこの子にベッド譲ってあげなさいよ」

「ん、そうだな」

 ムチャはベッドから降りると、杖をトロンの手から取り、壁に立てかける。そして椅子にもたれているトロンをひょいっと抱き抱えると、ベッドに寝かせた。

「ムチャさん王子様みたい」

「そんなんじゃねぇよ」

 ニパが茶化すとムチャは僅かに照れた。

「よいしょっと」

 そしてトロンに続きベッドに入った。

「……あんた何してるの?」

 プレグが目を丸くして、ベッドに仲良く並ぶ二人を見た。

「俺もまだ眠くてさ。もう少し寝るよ」

 そう言ってムチャはトロンに毛布を半分被せ、もう半分を自分で被った。

「待て待て待て」

 プレグがムチャをベッドから引きずり出す。

「なんだよ?」

「あんた何してるの?」

「寝るんだよ」

「どこで?」

「このベッドで」

 ムチャはさも当然のように言うと、再びベッドに入ろうとした。

 それをプレグが引き止める。

「ダメよ! 私が許さないわよ!」

「何をだよ?」

「どうしたのプレグ? なんか変だよ」

「年頃の男と女が一つのベッドで寝るなんてダメよ!」

 プレグは鼻息を荒くして言った。見た目に反してプレグはピュアであった。

「じゃあどこで寝ればいいんだよ?」

 ムチャは病室を見渡したが、空いているベッドはなかった。

「寝るなら私達が泊まってる宿のベッド使いなさい」

「でもベッド二つしか無いよ。プレグはどこで寝るの?」

「何で私がベッド追い出される前提なのよ」

「いいよ、俺ニパと同じベッドで寝るから」

「やったぁ!」

 ニパは嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねた。

「ダメよ! ギリギリアウト」

「じゃあプレグと寝るのか? なんか嫌だな」

「冗談じゃ無いわよ!」

 その時、プレグの脳裏に天才的アイディアが閃いた。

「わ、私がトロンと同じベッドで寝るわ」


「「それはちょっと……」」


 ニパとムチャはハモった。

 結局、その日はプレグとニパが同じベッドで寝て、もう一つのベッドでムチャが寝ることになった。

 しかしプレグは同じ部屋で男が寝ている事に緊張してその日は眠る事ができなかった。

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