ムチャの夢
「今日も全然ウケなかったね」
荒野のど真ん中で、ムチャとケンセイは焚き火を囲んでいた。ケンセイは小さなトカゲを木の枝に突き刺すと、トカゲに火を通す為に焚き火の外側に木の枝を刺す。
「いやー、今日の客はクールだったな」
そう言ってケンセイはハハハと笑う。
「俺、ケンセイはお笑い向いてないと思うよ」
連日ケンセイが民衆の前で滑り続けるのを見ていたムチャは、キッパリと言った。
「お前……そんな事言うなよ」
ケンセイはガクリと肩を落とす。
「ケンセイは強いんだから兵士や賞金稼ぎでもやった方がいいんじゃない? そしたらいい宿に泊まれるし、もっと美味しい物も食べられるのに」
ムチャは木の枝に刺さっている小さなトカゲを見つめた。焚き火に炙られたトカゲから徐々に香ばしい香りが漂ってくる。
「あのなムチャ」
「何?」
「誰かの命を奪って貰うありがたい勲章やゴールドの山なんかより、バカをやってお客さんから貰った笑顔の方がずっと価値があるんだぞ」
ケンセイは無駄にキリッとした顔でそう言った。
「笑顔にできてなかったけどね」
「それを言うなよ……」
ケンセイの肩が先程よりガクリと大きく落ちる。
「ケンセイはなんで芸人なんかやってるの?」
ムチャがそう聞くと、ケンセイは急に真面目な顔になった。
「そうだな……俺は世界を救う為の旅の中で、誰かが悲しむ顔を沢山見てきた。魔物に土地を追われた人々、家族を殺された人々、そして俺に斬られた魔物達のな。だから、今度は皆が笑ってる顔が見たくなったのさ」
「ふーん」
「でもダメだな。俺は沢山の命を奪い過ぎた。きっと客には俺に奪われた命の怨念が感じ取れるんだ。だから皆笑ってくれないのかもな……」
そう言ったケンセイの顔は少し寂しげだった。
ムチャはそんかケンセイの顔を見つめた。
「それならさ」
ムチャはケンセイの顔を真っ直ぐ見つめたまま言った。
「俺が沢山の人を笑わせるよ。ケンセイの分まで」
ケンセイの顔に驚きの表情が浮かんだ。少し間があった後、ケンセイはニヤリと笑う。
「へっ、生意気言いやがって。やれるもんならやってみろ」
ケンセイが空を見上げると、その瞳にはまん丸なお月様が映った。
「……きっとお前ならできるさ。人が笑える時代がやって来たんだ。沢山の笑顔を見られる旅がきっとできる」
そしてケンセイは思いついたように、自分の傍に置いていた剣を手に取り、ムチャに差し出した。その剣は柄に小さな宝石が埋め込まれているだけの、一見なんの変哲も無い長剣だ。
「ムチャ、お前にこれをやるよ」
ムチャはケンセイから剣を受け取った。剣はムチャの想像よりも重く、受け取ったムチャは思わずよろけた。
「これ、ケンセイが魔王を倒した剣だろ? 俺が貰っていいの?」
ムチャが受け取った剣を少しだけ抜くと、鞘からチラリと見える両刃の刀身が、月明かりを反射しギラリと光った。
「もしいつかお前が俺の元を離れて旅をする事になった時、そいつが御守りになるだろうさ」
「護身用だったら前にケンセイがくれた剣でいいよ。こんな大事な剣受け取れないよ」
ムチャが剣を返そうとするのをケンセイは手で制した。
「いいから受け取れ。もう俺には必要無いものだからな。それに、その剣は特別なんだ。なぜなら……」
ケンセイはムチャに剣の秘密を打ち明けた。
それを聞いたムチャは、驚きの表情を浮かべ、徐々に不安そうな顔になった。
「この剣、本当に俺が持ってて大丈夫なの?」
焚き火がパチパチと音を立てる。
ケンセイは何も言わずトカゲの刺さった枝を手に取り、ガブリと食らいついた。
「うまっ!」
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