回想4

「お前最近どこに行ってるんだ」

寺院の近くにある街の食堂で、ケンセイはモフモフ鳥の丸焼きをガツガツと食べるムチャに聞いた。

「お笑いの修行してるんだよ」

ムチャはタレで汚れた指を舐めながら言った。

「ふーん……今度新しい巫女の戴冠の儀式があるんだ。それまでこの街に滞在するから大人しくしとけよ」

ムチャはそれを聞いてドキッとした。なぜならムチャはその新しい巫女に毎日ネタを見せるため寺院に忍び込んでいたからだ。

あれからムチャは少女に毎日決まった時間に裏庭に来るように命じ、ネタを見せる約束をした。少女は約束の時間には必ず裏庭に来てくれたが、未だクスリとも笑ってくれてはいなかった。

「わかってるよ……」

ムチャはケンセイから目を逸らして言った。

「お前この前巫女候補達にちょっかい出しただろ。俺が上の連中にめちゃくちゃ怒られたんだからな」

「だってあいつらつまらなそうな顔してたんだもん」

「あのな、人を笑わせるのは何よりも良いことだってのは俺の持論だがな、時と場所と相手ってのを選べよ。あいつらはあいつらで事情があって巫女候補になったんだからな。それに俺にだって寺院での立場ってもんがある」

「おう……わかった」

ムチャは全く納得がいかなかったがとりあえず返事しておいた。

「わかったならよし」

ケンセイは丸焼きの骨を綺麗に舐めると、勘定を済まし食堂を出て行った。


その日の午後。

「なぁ、お前本当に巫女になりたいのか」

ムチャはいつも通りネタを見せた後、クスリとも笑わぬ少女に聞いた。

「なりたいかなんてわからない」

「じゃあ何で巫女になるんだよ」

「それを望む人達がいるから。それに……他に生き方を知らないから」

「じゃあみんなが死ねって言ったら死ぬのかよ」

少女は少し悩んで答えた。

「死ぬと思う」

「バカかお前は」

「バカかな?」

「バカだよ! 大バカだ! みんなが望むから死ぬだなんてバカ過ぎる。もしかして今のボケか?」

少女は首をかしげた。

「ボケ?」

「あー、もう話にならねぇ……」

ムチャは呆れてその場に寝転がった。

「ごめんなさい……」

少女はムチャに頭を下げる。

「納得いかねぇんだよな、誰かが望むから感情を捨てて巫女にならなきゃいけないなんて。お前に感情捨てろって言う奴らは普通に笑ったり怒ったりしてるんだろ?」

「うん」

「そういうの理不尽って言うんだよ。理不尽なのは漫才やコントで十分だ」

「漫才? コント?」

「そう、見せてやりたいけど漫才やコントは一人じゃできないからなぁ……ケンセイを連れて来るわけにもいかないし」

「それ、私にもできるかな?」

少女の言葉にムチャは驚いた。

「そりゃあできるさ! お前ボケっとしてるしきっとボケに向いてるよ!」

「そうかなぁ」

「楽しいぞ! そうだ! 想像してみろ。俺とお前でコンビを組んで、お笑いをしながら世界中を回るんだ。行った先々で新しいネタ作って、また次の町で皆んなを笑わせる。 神妙な顔して祈ってる奴らの顔をボケっと見てるより、脳みそひねり出したネタで客を笑わせるんだ! 滑るかもしれないけど、そしたらまた新しいネタを頑張って作ればいい。最高だろ?」

「うん…………あっ」

少女は唐突に下を向いた。

「どうした?」

「今少し、楽しそうって思ってしまったから……」

それを聞いてムチャはため息を吐いた。

そしてムチャの脳裏に良からぬ考えが浮かんだ。

「よし、じゃあ、もし……もしもだ」

「何?」

「俺がお前を戴冠式までに笑わせられたら、お前は俺のコンビになれ」

ムチャは少女をビシッと指差した。

「……無理だよ」

「無理だって言うなら約束できるだろ?」


少女はぽかんとしていたが、やがてコクリと頷いた。

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