回想3
追ってくる男達を巻いたムチャは、寺院の奥深くまで迷い込んでしまっていた。
「完全に迷子だ……」
薄暗い寺院の中をうろついていると、大きな四つの像が立ち並ぶ広間に出る。その四つの像はそれぞれ神の娘である女神達を模して造られた像であった。
「でけぇ……これが神の娘達か」
それぞれの像には喜怒哀楽の表情が刻まれており、表情は違えど皆美しい顔をしている。ムチャはその像の美しさに目を奪われた。
その時、四つの像の一体、微笑みを浮かべている像の目が動いたような気がした。
ムチャがその目線の先を見ると、広間の角に小さな扉があるのを見つけた。ムチャが再び微笑みを浮かべている像を見ると、像は何事もなかったかのように佇んでいる。
ムチャは首を傾げながらその扉に向かい、開いた。
扉の向こうは寺院の裏庭となっており、そこには広い花畑があった。
その中に、白いローブを纏った一人の少女を見つけた。
「おい」
ムチャは少女に声をかけた。
少女は先ほど見かけた少女達と同じように、無表情でムチャの方を見た。
「お前何してるんだ?」
ムチャが聞くと、少女は口を開く。
「ごめんなさい。修行をサボっていました。すぐに戻ります」
そう言って少女は立ち去ろうとする。
「いやいや、俺ここの奴じゃないって。たまたま迷い込んだだけ。だから気にせずサボれよ」
少女は立ち止まり、振り返った。よく見るとその目は無表情というより寝ぼけたようにトロンとした目をしていた。
「お前も巫女候補ってやつなのか?」
少女は答えた。
「巫女候補……ではなく、私は次期巫女です」
「へぇー、なんか偉い奴なんだろ?」
「さぁ、今の私が偉いかどうかはわかりませんが、来週には巫女になるので偉くなるのだと思います」
「お前よくわからないのに巫女になろうとしてるのか?」
ムチャは呆れた表情を浮かべた。
「よくわからないけど、私はずっとここで暮らしているから、なるようになるとしか……」
少女はのんびりと言った。
「お前もあいつらみたいに無表情でいなきゃいけないんだろ?」
「はい、生まれた頃からそのように申しつけられています」
ムチャはニヤリと笑った。そして振り返ると、先ほどローブの少女達を笑わせた時と同じ顔を少女に見せた。
少女は無表情のままだった。
「……変な顔」
「そうだよ! 変な顔したんだから笑えよ」
「そんなに面白くない」
ムチャは深く傷付いた。
「だよな、こんな一発ネタはそこらへんのガキでもできるもんな……じゃあモノマネだ! トゲたぬき! チクチク……チクチク……チクチク……」
ムチャはトゲたぬきのモノマネをしてみたが、またしても少女は無表情だった。
「トゲたぬき……見たことないから」
「なるほど」
ムチャは納得した。
「それに、僅かに照れがある」
ムチャは再び傷付いた。
「よーし! じゃあ次は……ん?」
その時、目の前に小鳥が飛んできた。
小鳥は鳴きながら少女の前をぴょんぴょんと跳ねている。
少女はそれをしばらく見つめると、小鳥に手をかざし魔力を込め始めた。少女の手のひらに火が点く。
「おい! 何やってんだ!?」
ムチャが慌てて少女の手首を掴む。
小鳥は驚き飛び去って行った。
「かわいいと思ってしまったから」
少女は事も無げに言った。
「なんでかわいいと思ったら殺そうとするんだよ?」
「私は巫女になるから、感情を消さないといけないの。かわいいとか、楽しいとか、悲しいとか……」
その時ムチャは確かに少女の瞳の奥に、僅かな悲しみの光を見た。
「決めた。絶対お前を爆笑させてやる」
ムチャは決意を込めて言った。
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