ひと段落

「癒しを」

 トロンの杖が淡い光を放ち、ムチャの体を包み込む。するとムチャの体から毒気が淡い光に溶けるように抜けていった。

「うーん……助かった……」

「無茶するから……」

 その様子をナップは渋い顔で見ていた。

「しかし、これでわかったでしょう。この少年と一緒に旅を続けていては巫女様は命を狙われ続けます。さぁ、私と共に寺院に帰りましょう」

 ナップは手を差し出す。

「いや」

 それをトロンはきっぱりと拒否した。

「多くの信者達が巫女様を待っていられるのですよ」

「信者って具体的に誰?」

 トロンはじっとナップの目を見た。

「え……具体的にと言われても……沢山の心神教徒達としか」

「私は、顔も名前も知らない人達のために自分の心を捨てたくはない」

 トロンの目には固い決意が宿っていた。

「どうしてもうちの相方を連れて行くって言うなら俺を倒して無理やり連れて行くか?お漏らしマン」

 解毒を終えたムチャがどっこらせと立ち上がった。

「漏らしていない! やはり貴様を始末して……」

 ナップは剣を抜こうとしたが、先ほどのムチャの戦いぶりを思い出した。

「ふん、無謀はしない、しかしとにかくこの町を離れるんだな。逃げ延びた奴がいつ仲間を呼んで戻るかわからんぞ」

「別にあいつら程度ならなんて事は無いけどな」

「でも劇団の人達に迷惑かけちゃうかも……」

「仕方ねぇな。代役も終わった事だし、コペンに謝って出て行くか」

 するとコペンがトロンのローブから這い出してきた。

「それは残念でし、お二人ならきっとうちの看板役者になれたのに」

「のわ!? コペンそんな所にいたのか!!」

「こ、小人?」

 コペンはローブをよじ登りトロンの肩に乗った。

「しかしトロンが心神教の巫女様だったとは知らなかったでし」

「元だよ元」

「舞台に関わるものとして、四感情の女神の祝福を受けた巫女様に会えるなんて光栄でし」

「やめて、私はそんなのじゃない」

 トロンはムッとむくれた。

「まぁ、色々事情があるみたいでしが、お互い舞台の上で生きる者同士、旅をしていればきっとまたどこかで会えるでし」

 コペンはムチャとトロンと握手を交わした。

「悪いなコペン」

「元気でね」

 そしてコペンはナップを見る。

「そこの君、二人の代わりにうちの前座をしないでしか?」

「しない! さぁ、二人とも行きましょう」

 ナップは先陣を切って歩き出した。

「え? お前も行くの?」

「当たり前だろう。私は巫女様の護衛だぞ、巫女様を連れて帰るまで安全を確保するのは当然だ」

 ムチャとトロンは実に嫌そうな顔をした。

 そしてトロンはこっそりと呪文を唱え始める。

「さぁ、お別れは済んだでしょう、さっさと行きますよ」


 ゴチン


 トロンの杖がナップの後頭部を叩き、杖からナップに光が流れ込んだ。



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