逃亡劇
背後から追ってくる何者かの気配を感じながら、三人は夜の町を駆けた。複数の気配は三人を付かず離れず追ってくる。
「ムチャとやら! お前囮になれ! その隙に俺が巫女様を連れて逃げる!」
「ヤダよ、お前トロンに変な事するだろ」
「いやん」
「するわけないだろうが! 大体お前ら何でそんなに余裕なんだ!?」
「こういうの慣れてるから」
「でも逃げるのより戦う方が慣れてるよな」
そう言うと二人は振り返った。
「バカ! 何している!?」
「芸人が客から逃げてちゃ話にならねえって事」
そこは人気の無い拓けた広場であった。
「さぁさぁ皆様ようこそいらっしゃいました! ムチャとトロンのお笑い劇場with……お前名前何だっけ?」
「ナップだ……」
ナップは諦めて剣を抜いた。
「えー、withナップでお送り致します! お客様、顔をお見せくださいな!」
ムチャがそう言うと物陰や屋根の上から真っ黒なローブに身を包んだ連中がワラワラと現れた。
「ひーふーみーよー……千客万来だな。まぁ何人だろうが全力でやるのが芸人だけどな」
数人の男達の手元がキラリと光り、何かが三人に向かって飛んだ。それをムチャが素早く剣を抜き叩き落とす。投げられたのは鋭い刃物であった。
「投げ銭ありがとうございます!」
ムチャは黒ローブの集団に斬り込んだ。
トロンも杖に魔力を込め始める。
「ムチャさん、彼ら暗殺者ですよね?」
「そうみたいですねトロンさん」
「こし餡派ですかね?つぶ餡派ですかね?」
「あん違いだよ! あんこ殺してどうするんだよ!」
黒ローブ達はムチャの剣とトロンの雷撃に次々とやられていく。
「何で戦いながら漫才してるんだよ!」
ナップも隅の方でなんとか黒ローブと剣を交えていた。
「あいつらはアサシンだよアサシン!」
「別に夜死んでもいいじゃ無いですか」
「ややこしいよ!」
「昼死んだらヒルシンになるんですか?」
「ならねーよ!」
「ジンマシンの親戚ですかね」
「意味わからねーよ!」
二人は一つ掛け合う毎に一体ずつの相手を倒していった。しかも致命傷を負わさずに。
「巫女様の魔法も凄まじいが、あのムチャという剣士、あんなに強かったのか! しかも感情術も使わずに……」
ナップは体から黄色いもやを立ち上らせながら数人の黒ローブ達を斬り倒した。
気がつくと、周囲にいる黒ローブの男達は全員地面に転がされていた。
「アンコールはございませんか?」
ムチャは剣を収め、トロンは魔力を収めた。
「ムチャとやら、お前強いんだな」
ナップは肩で息をしながら言った。
「まぁ、師匠が強かったからな。お前らと同じ流派だろ?」
「師の名はなんと言う?」
「名前は長かったから覚えてないけど、ケンセイって呼んでた。会った時にそう言ってたから」
それを聞いたナップは驚愕した。
「ケンセイ……まさか剣聖様か!?」
「多分、師匠元気にしてるかなぁ……トロン!」
突然、何かに気付いたムチャがトロンの前に飛び出した。
ドサッ
飛び出したムチャが地面に倒れこむ。
「……ムチャ?」
ムチャの首には短い針が刺さっていた。
辺りを見渡すと、闇に紛れ走り去る一人の黒ローブの姿が見えた。
「おのれ! 毒矢か!」
ナップが逃げた黒ローブを追おうとすると、背中に寒気を感じた。振り向くと、そこには全身から魔力を吹き出すトロンの姿があった。
「み、巫女様……」
そのただならぬ様子にナップは後ずさる。
「ムチャ……ムチャ……」
トロンは虚ろな目でブツブツとムチャの名を呟いている。そしてトロンの周りに魔力の風が巻き起こり始めた。
「巫女様! 落ち着いてください!」
ナップが声をかけると、一閃の雷がナップの頭の横を走り、背後にある壁を砕いた。
「………な」
ナップはヘナヘナと地面にヘタリ込む。
「よくも……ムチャを……」
トロンの杖が光を放ち、その光が最高潮へ達しようとしたその時、何かがトロンの足首を掴んだ。
「トロン……解毒……頼む」
それはムチャの手であった。
それを見たトロンの魔力がすーっと収まった。
「今のはなんだ……」
ナップは自分のズボンが濡れていないかこっそり確認した。
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