二人の芝居
誰もいなくなった舞台で、二人は台本に目を通していた。
「よし、セリフは完璧だ」
「じゃあ、やろうか」
二人は立ち上がり芝居を始める。
しかし相変わらず二人のクオリティには天と地の差があった。
「トロンはなんでそんな無駄に上手いんだよ! いつもトローンてしてるくせに!」
「それは……寺院でずっと感情は操るものだって教えられてきたから……それっぽくはできる」
トロンは少しだけ悲しげに目を伏せた。
「なるほどなぁ、トロンは役者に向いてるのかもな」
ムチャはどかっとステージに腰を下ろす。トロンもその隣に座った。
「ムチャの方が向いてるよ」
「どこがだよ! あれ見ただろ? 魔道人形って言われちまったよ」
「ムチャは感受性が高すぎるんだよ。だから演技しようとしても自分の素直な感情に引っ張られる。ムチャが感情術を使うと変になっちゃうのはそのせいだよ」
ムチャは昔師匠に同じ事を言われたのを思い出した。
「なるほどなぁ、じゃあどうしたらいいんだ?」
「役になりきるんだよ。私みたいにそう見えるように演じるんじゃなくて自分が役そのものになりきるの」
トロンは舞台袖まで行くと、杖を持ってきた。
そして魔力を込める。
「幻よ」
すると劇場の天井には満天の星空が現れた。
「ムチャ、横になって」
「おう」
ムチャは言われた通りに横になった。
トロンはその横に寝転がり、ムチャの手を握る。
「い?なんだよトロン!」
「しーっ、イメージして」
トロンがそう言うとムチャは目を閉じた。
「私達は恋人同士なの」
「……お、おう」
「でも家柄が違うから絶対に結婚できない。ムチャは煙突掃除で私は貴族の娘。立場が違い過ぎる」
「……おう」
「何も考えずにお互い愛し合えたらいいのにね」
「あぁ」
しばらく沈黙が続いた。
「家柄なんて気にしないで、いっそ二人でどこかに行ってしまいましょうか」
「そうだな」
「ねぇ、目を開けて」
ムチャは目を開いた。
「明日になれば私は他の貴族と結婚しなきゃいけないわ」
「それが君の幸せなんだ。僕の事は忘れて幸せになってくれ」
「……あれを見て」
幻のグリフォンが劇場の天井に飛んだ。
「グリフォンだわ。グリフォンが子供を乗せて飛んでゆく……」
「……僕達も、彼らのようにどこか遠くに行ってしまおうか」
ムチャの目から涙が伝った。
そして、ムチャの体から青いもやが立ち上る。
「ムチャ、ムチャ、感情術が出てる」
トロンが指摘するがムチャは戻らない。
深く役にトリップしてしまったようだ。
「さぁ、一緒に行こう……」
ムチャは涙と鼻水を垂らしながら、握った手を離さずにトロンを抱きしめようとぐぐぐと引き寄せる。
「ムーチャー……やーめーてー……」
トロンは馬乗りになり、ムチャが目を覚ますまでペチペチとビンタをし続けた。
客席から密かに見ていたコペンは、キラリと目を光らせた。
「あの二人、なかなかいいコンビでしね」
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