思い出

「光よ」

 トロンの杖が淡い光を放ち、老人とムチャを包んだ。

「治癒魔法ってなんかむず痒くなるから苦手なんだよなぁ……ううっ」

 ムチャはぶるっと身を震わせた。

「細胞が回復してる証拠」

 一方老人はさっきからただ俯いて言葉を発しない。

「爺さん大丈夫か?」

「あぁ」

 その一言だけ発すると老人はまた黙り込んだ。

「しかし驚いたな。ゴーレムが爺さんを庇ったなんて。本当に村人の魂がゴーレムに宿ってたんだな」

「違うよムチャ」

 老人とムチャはトロンを見た。

「お爺さんを庇ったのは村人たちの意思じゃない」

「じゃあ、誰の意思だ?」

「あれはゴーレム達の意思」

「どういう事だ?」

 ムチャは首をかしげた。

「お爺さんがゴーレムを作る時、お爺さんは心を込めてゴーレム達を作っていた。その時お爺さんの魂が僅かに入り込んだ。それが長く暮らしていくうちに少しずつ少しずつ育っていって、独立した意思を持つようになったんだと思う。きっとソノが私達の部屋に来たのも、奥さんの魂とかじゃなくてソノの意思」

「なんでそんな事がわかるんだ?」

「哀の魔法を使った時に、ゴーレム達の心が流れ込んで来た。ゴーレム達がお爺さんに抱く哀の心が。きっとずっと償いを続けるお爺さんを哀れんでいたんだよ」

「そうか……あいつらがそんな事を」

 トロンの話を聞き、老人は目を伏せた。

「爺さん、これからどうするんだ?」

「あいつらを埋葬してから考えるよ」

 老人は立ち上がり、先ほどの戦闘で荒れた村を眺めた。

「今思うと、ワシは償いがしたかった以上に、あの頃の村が忘れられなかっただけなのかもな」

 老人が村を眺めていると、建物の陰から子供達が飛び出して来た。

「あれは……?」

 老人が驚いていると広場には次々と人が現れ、寂れていた村が急に賑やかになった。

「これは、どうなっているんだ?」

 気がつくと老人の隣に杖を持ったトロンが立っていた。

「これは村の記憶。物や土地にも記憶がある。それを呼び起こしたの」

 老人は唖然として村の様子を眺めている。

「お爺さんそれ貸して」

 トロンは老人のペンダントと指輪を指した。老人はそれをトロンに渡す。すると今度はペンダントと指輪から声が聞こえて来た。

(あなた。先立つ不孝を許してください。愛しています)

(パパ、今までありがとう。大好きだよ)

 それは老人の女房ソノと娘の声だった。

「お爺さん。過去は戻らないけど、思い出を糧にして強く生きて」

「あぁ……」

「ったく。客を泣かしてちゃ芸人失格だな」


 ムチャとトロンのショーは今回は失敗に終わった。

 たった一人の観客を泣かせてしまったのだから。


 そして翌日


「じゃあな、爺さん達者でな」

「元気でね」

 旅支度を終えた二人は老人に手を振った。

「あぁ、お前達もな。またどこかで会う事もあるかもな」

「そしたらまた漫才でもコントでも見せてやるよ!」

 老人がはははと笑った。

「楽しみにしているぞ」


 こうして二人は次のステージを求めて旅立った。


「願わくば、あの二人に笑いの神の加護があらん事を」


 老人の心は、今日の空のように晴れ渡っていた。


 ゴーレムの村編 おわり



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