たった一人の観客

「でね、なんとそこに立っていたのは白髪の老人だったんですよ!」

「ぬるぬるしてたの?」

「それはローションだろ! ロージンだよ老人!」

「カサカサしてたの?」

「してたよ! そりゃ老人だから肌もカサカサしてるだろ!」

「それならローション塗ってあげなきゃ」

「ローションはもういいよ!」

「で、白濁のローションがどうしたの?」

「白髪の老人だよ! いい加減にしなさい!」


「「どうも、ありがとうございました」」


 村の広場に設けられた即席ステージで、ムチャとトロンが老人に漫才を披露していた。

「ふん、まぁ、悪くなかったぞ」

 老人はパチパチと小さく手を鳴らした。

「まぁ飯と宿の礼だよ。この村にずっといたんじゃ漫才なんて見ることも無いだろ」

「そうだな。これが人生最後に見る漫才だったかもな。いや、お前らが最後に会った人間になるかもな」

「この村を出たら芸人なんて好きなだけ見れるぞ。俺達の知り合いにムチムチの女大道芸人が……」

「ワシがこの村から出る事は無いよ。さぁ、結界の外まで送ろう」

 老人の意思は固いようであった。

「……そうか。じゃあ、行くとするか」

 二人は荷物をまとめ、老人に連れられ村を後にした。


 老人の案内で二人は結界の境界までやってきた。

「ふむ、また弱くなっておるな。ワシも歳だな」

 術者である老人には目に見えない結界の様子がわかるようだった。

「じゃあ爺さん。達者でな」

 ムチャが別れの挨拶を告げる。

「あぁ、お前らも元気でな。このまま真っ直ぐ進めばやがて街道に出る」

 老人がひらひらと手を振ると、トロンが口を開いた。

「お爺さん。やっぱり私達とこの村を出ない?」

 トロンがこのような事を言い出すのは珍しい。

「いつまでも昔に縛られるより、旅をするなり他の街に移り住むなりして暮らしてもいいと思う」

 トロンの目がじっと老人を見つめる。

「ワシはあの村で死ぬまで村人達と過ごす。それがワシの償いなんだ。村を出るわけにはいかん」

 老人は目を背けた。

「お爺さんは精一杯やったんでしょう?償う事なんてないよ」

「ワシはあいつらと一緒にいたいんだ」

「あのゴーレム達は村人じゃない。村の人の骨で作られたただのゴーレムだよ。村の人達もきっとお爺さんの償いなんて望んでいない」

「トロン、それくらいにしとけよ」

「昨日、ソノさんが私達の部屋に来た理由を考えたたんだ。あれはソノさんの魂がゴーレムの体を借りて私達にお爺さんを村から連れ出してくれって言いたかったんだと思う」

 老人ははっとした顔をしたが、すぐに視線を落とした。

「お嬢さん。こんなジジイを気にかけてくれてありがとうな。だがワシももう歳だ。今からあの村を離れて新しい生活を始めるにはもう遅いんだよ」

「そんな事ないよ」

「三十年もこの村であいつらと過ごしてきたんだ。あとは短い残りの人生をこの村で全うする事がワシの本望なんだよ」

 今度は老人がトロンの目をじっと見つめた。

「そう……わかった」

 トロンはまだ諦めきれない様子だったが身を引いた。

「あ、そうだ爺さん。一つ謝らなきゃいけない事があったんだ」

 ムチャはカバンをゴソゴソと漁ると、中からシビレタケを取り出した。

「これ、実は俺達が取っちまったんだ。これ結界の触媒なんだろ?」

 老人がムチャの手を覗き込む。

「……ん?これはただのシビレタケだぞ」

「あれ?」

「じゃあ、誰が結界を」


 ガァン!


 その時、村の方から轟音が聞こえた。


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