七不思議 その七 不思議を生むモノ

 野瀬思中学校七不思議攻略戦、七日目。またの名を最終日。

 すでに、僕も室長も笠酒寄も荷物をまとめてる。

 今日チェックアウトして、そのまま帰路につく予定なのだから当然と言った当然なのだろうけど。

 ・・・・・・一週間。短いようでそれなりに長かった。

 だけど、ちょっとした出張も今日で終わりだ。

 帰ったら潰れてしまった春休みの予定の埋め合わせをしないといけないだろう。

 一番にやらないといけないのは親に対する言い訳だろうけど。その辺は小唄が上手くやってくれていたら必要の無いことだろうけど、僕は妹を信用していない。

 能力を疑っているわけじゃなくて、その性質から信用できないのだ。

 プチ室長みたいな中学二年生を信じることができるだろか、いや、ない。

 というわけで、僕は荷物をまとめながらも今回の言い訳を考える羽目になっていたわけだ。

 七不思議のことは考えない。僕が考えても無駄だ。

 その辺は現場で臨機応変に対応することになるだろうし、そもそもメインで解決するのは室長だ。助手の僕と笠酒寄はそのサポート。

 役割は、間違えない。

 「コダマー、入るぞー。笠酒寄クンも一緒だ」

 ノックと同時にドアを開けたんじゃ全く意味が無い。

 「なんですか室長? 僕はまだ荷物をまとめていないんですけど」

 「普通のスーツケースなんて使うからだ。後で私の私物が一つ空いてるから貸してやる」

 「お断りします」

 絶対にろくなヤツじゃない。

 多分、中が滅茶苦茶広かったり、生きていたり、自立的に捕食したりするような類いの物品だ。僕の私物がどうなってしまうのか想像もしたくない。

 「で、何の用ですか? ・・・・・・笠酒寄まで一緒になって」

 「ちょっと、な」

 なにやら意味深な感じで室長はベッドに腰掛ける。その隣に笠酒寄も。

 心拍数が上昇する。

 わざわざ室長がやってくるなんて・・・・・・一体何事だろうか?

 今夜の七不思議はもしかして事前打ち合わせが必要になってくるぐらいに手強い?

 いやまさか、そんなわけがない。

 今までの七不思議はどれもこれも僕がいままで遭遇してきた『怪』に比べたら子供だましみたいなもんだ。

 妖刀やら妖怪やら、魔術師やらに比べたら全然大したことない。

 用いられているのも、一つを除いては特別でもなんでもない。

 やがて、重々しく室長は口を開いた。

 「やっぱりデモこれのイベントは一回限りだったみたいだ。以後一切このイベントは行われないという告知があった。・・・・・・帰ったら私はどうしたらいいんだ? 皆が限定レヴィアたんを見せびらかしているのに、歯がゆい思いでそれを眺めているしかないのか? ・・・・・・くっ!」

 知らねーよ。

 大層深刻そうな顔して話題がそれかよ。

 この人がかなりの凄腕魔術師だっていうことを否定したくなってくる。

 少なくとも、この台詞だけを聞いてヴィクトリア・L・ラングナーが約四百歳の吸血鬼だと推測できる人物はいまい。

 「・・・・・・いや、なにそんな顔でアホなことを言ってるんですか? それだけなら出て行ってください。チェックアウトまであと一時間しかないんですよ」

 僕はとっとと下着類を詰めたいから。

 異性の前で自分の下着を見せびらかしたいヤツがいたら顔を見てみたい。

 「それはそれとして、今夜ぶっ飛ばす『怪』について先に説明しておこうと思ってな」

 「チェックアウトしてからじゃダメなんですか?」

 「ダメだ。ホテルから野瀬思中学校に直行して取りかかる」

 ? 妙な、話だ。

 今までの七不思議の解決は決まって夜間に行っていた。

 それは七不思議の発生が夕方から夜にかけてだという理由もあったのだろうけど、人目につかないように、という一面もあったはずだ。

 真っ昼間から『怪』とやり合おうなんてことは、今までも少ない。

 なのに、なぜ?

 「下準備が必要になってくる。もっと大人数ならそうでもないんだが、今回は三人しかいないからな。手が足りないのならば時間をかけるまでだ」

 理屈は納得できる。

 が、肝心の部分が聞けていない。

 「そこまで、準備が必要な七不思議・・・・・・いえ、『怪』って何なんですか?」

 「『怪』を生み出す『怪』。七不思議を生む七不思議だ」




 野瀬思中学校七不思議、最後の一つ。

 それは、全ての七不思議を体験してしまったら、何処へともしれず消えてしまうという不思議。

 幸いにして、被害者は未だに発生してしないし、こんなのはよくある最後の七不思議だと思う。

 ほら、良くあるじゃないか。『最後の七不思議は誰も知らない』とか、『全ての七不思議を知ってしまうと新しい七不思議になってしまう』とか、枚挙にいとまが無い。

 普通なら一笑に付してしまうような悪あがきだ。

 しかしながら、現状の野瀬思中学校においては違う。

 『怪』が現実になっている事例もある以上、もしかしたらそれは本当かも知れないのだ。

 そうだとしたら、七不思議の解決をもくろむ僕らは格好のターゲットだ。

 消えてしまう。それはどういう風に消えてしまうのだろうか?

 他の場所に転送されてしまうのか、それとも存在そのものを抹消されてしまうのか。

 どっちも嫌だ。

 しかしながら、直面する脅威であることも事実。 

 というわけで、現在の僕達は野瀬思中学校のグラウンドにてせっせと変な薬品を撒いているのだった。

 室長曰く、『準備』らしいのだけど、何の薬品なのかは知らない。

 ついでに言うと、本来は元気に汗を流しているであろう生徒達は僕達に全く関心を払っていない。

 いや、正確にいうと気付いていない。

 今まさにグラウンドを疾走している陸上部もだ。

 隠蔽いんぺいの魔術。

 室長お得意の付与系列なのだろうけど、正直気味が悪い。

 「撒きおわりましたよ。次はなんですか?」

 「ああ、次は迎撃用の魔術を仕掛けに行こう」

 は? 迎撃?

 どういうこっちゃ?

 とっとと歩き出す室長と、それをおう笠酒寄。

 慌てて僕はその後を追った。

 



 「・・・・・・よし、と」

 野瀬思中学校の体育館の壁面にでかでかと奇妙な文様を書き終わった時には、すでに夕方近くになっていた。

 四時間ほどはここで作業していたことになる。

 どうやらこの文様自体にも隠蔽の魔術はかかっているようで、前を通り過ぎる生徒達はまったくの無関心だった。

 「準備完了ですか?」

 「ああ、後は夜になってから来よう。それまでは休憩と腹ごしらえだな」

 どこからともなく持ってきた脚立をたたみながら室長は答えた。

 「わたしフレンチがいいです!」

 この辺りの地理に詳しくないのにフレンチの店があるかどうかわかるのかお前は笠酒寄。

 「ないなぁ」

 どうやら室長のほうは地理ぐらい頭の中に入っているご様子。

 「イタリアン!」

 「ないなぁ」

 「・・・・・・むむむ、和食!」

 「そば屋ならあったな」

 「・・・・・・不満を表明します」

 「ファミレスでいいかな?」

 「・・・・・・はい」

 そりゃそうなるわ。

 というわけで、僕達の夕食はチェーン店での安っぽい食事となった。





 日も暮れて、夜。

 野瀬思中学校を見るのもこれが最後だと思うと、少しだけ感慨深いモノがある。

 母校でも何でも無いけど、小指の爪の先程度の思い入れが湧いてしまったのかも知れない。

 が、それはそれで、七不思議の解決は別。

 僕達は、僕達の役目を果たさないといけないだろう。

 「で、室長。今日はどこに向かうんですか?」

 最後の七不思議。その原因になっているモノは一体何だろうか?

 気になる。

 「ああ、中庭ではあるんだが、多分かなり盛大に歓迎してくれるだろうからテンションは上げていった方がいいぞ」

 「どういう・・・・・・」

 「さあーいくぞー。『怪』は待ってくれない。ハリアップ!」

 おもっくそ発音がカタカナ英語だったのは突っ込み待ちなのか、そうでないのか。僕には判別がつかなかった。




 正門を跳び越えて内部に侵入。

 特に変化があったようには感じない。

 室長の意味深な言葉はなんだったんだ?

 怪訝に思いつつも、僕達は中庭に向かうためにグラウンドを横切ろうとして、足が止まる。

 ぽつんとグラウンドに佇んでいる人影。

 それだけでも奇妙と言ったら奇妙なのだけど、問題はそいつが背中にあるモノを背負っていることだ。

 薪。

 そう、まごう事なき薪なのだけど、普通の薪じゃない。石で出来ていた。

 ついでに言えば、そいつ自身も石で出来ていた。

 二宮金次郎像。これだけで説明は十分だと思う。

 え、なんでそこにあるんだ?

 んなことを考えて僕が思考停止していると、石像はこっちまで足音が聞こえてきそうな勢いで駆け出してきた!

 「む、迎え撃ちますか?」

 混乱するけど、なんとかそれだけは言えた僕自身を褒めてやりたい。

 「いや、いい。あの程度なら『出られない』からな」

 室長の言葉とほぼ同時に二宮金次郎像は見えない壁にでもぶつかったかのように吹っ飛んだ。

 ・・・・・・はい?

 室長はタバコを取りだし、点火。

 細く、長く白い煙を吐き出すと、けだるそうに言った。

 「昼間撒いたのは結界用の媒体だ。それなりの魔力か質量でもないかぎりは突破できない。効力は今夜が精々だが、十分すぎる」

 はあ、なるほど・・・・・・ってなるほどじゃねえよ!

 「いやいやいや! 待ってくださいよ室長! なんですかアレ⁉」

 ビシッと僕は倒れた状態でジタバタしている二宮金次郎像を指さす。

 「なにって・・・・・・二宮金次郎像だろ。知らないのかコダマ?」

 「知ってますよっ! そうじゃなくて! なんで走り回っているんですか⁉」

 七不思議が八不思議に増えてるじゃねえか!

 「いい加減に私達に気付いたんだよ。元凶、というか根本がな。自分達の存在を否定されてまくっていたら実力行使も致し方なしというところだろ。まあ、あの程度なら些事さじだ。気にするな」

 気にするなっていってもなぁ・・・・・・無理だろ、あれは。

 まるで壊れたおもちゃみたいにバタバタと足を動かす石像という存在感の塊を無視するのには相当の気力が必要になりそうだ。

 「・・・・・・なにか、きた」

 いつの間にか人狼の耳を生やしていた笠酒寄が呟く。

 くそ、めちゃくちゃ気になるけど後回しにするしかない。

 「どっちだ笠酒寄⁉」

 「あっち・・・・・・って、あ」

 笠酒寄の指が示す方向には、三人ほどの人影があった。

 一人はロングヘアの女性。ただし顔の下半分を覆うようなでかいマスクを装着している。

 一人はうさんくさいマント姿の男。ご丁寧にシルクハットまで被ってる。

 最後の一人はおばあさん? しかしながら、悪鬼のような形相だ。

 「ええと多分、口裂け女と赤マントとターボババァ・・・・・・かな? なつかしい都市伝説どもがそろいもそろっての夢の共演か」

 なんじゃそりゃあ⁉

 なんで都市伝説が現代日本に降臨してしまっているんだよ! わけがわからない。

 もはや何不思議だよ⁉

 「どうなってるんですかぁ⁉」

 「だから、全力で迎撃にきたんだろ。茨の拘(ソーン・バインド解放リリース

 以前、僕も使ったことがある無数の茨が体育館の壁から飛び出す。

 口裂け女と赤マントはそれであっさりと捕まった。

 が、ターボババァだけはその名に恥じない身のこなしで回避する。

 そのまま一気に僕達のほうに向かってくる!

 「黒沼ブラック・スワンプ

 コンクリートの地面が一瞬にして沼に変化する。

 突っ込んで来ていたターボババァはそのまま沼に踏み込んで足を取られる。

 どうやらこの沼、非常に粘り気が強いみたいだ。足を引き抜くこともできずにターボババァはどんどん沈んでいく。

 「まったく、この程度じゃ足止めにもならんぞ。もっと気合いを入れてこい」

 うわー、動じないなこの人。

 僕はドン引きだ。

 沼を迂回するようにして室長は中庭へと進んでいく。

 かなり嫌な予感がしたのだけど、僕はその後についていった。




 「何見てんだよぉ!」

 「やかましい」

 室長の見事なハイキックによって人の顔をした犬は吹っ飛ぶ。

 「い、今のは?」

 「人面犬だ。残ってたな、そういえば」

 小石でも蹴っ飛ばしたみたいな塩対応だった。

 なんでこうも奇妙奇天烈摩訶不思議存在のオンパレードになってしまっているんだよ⁉ 僕が一体何をした?

 目的地である中庭まではあと少し。だけど前方の集団は、はいそうですかとは通してくれそうにもなかった。

 落ち武者の集団。

 どいつもこいつも得物を手にして、ぎらぎらした視線を送ってきている。 

 気持ち悪いんだよっ、こんちくしょう!

 「これは想定していなかったな。どうやら過去にこういう類いの怪談が流行してんだろうが・・・・・・生憎と構ってやってる暇はない」

 す、と僕の眼前に差し出される室長の白い腕。

 ・・・・・・ああもう。はいはいわかりましたよ。

 無言で僕は子どもみたいな室長の腕にかぶりつく。

 流れ出る血液をすすれば、僕の能力が完全に戻る。

 もちろん、もれなく頭痛と倦怠感もやってくるので活動限界は十分程度だろうけど。

 「しばらくしたら僕は使い物にならなくなりますからね」

 「安心しろ。そのときには片付いてる」

 ならいいけどっ!

 感覚が拡張されて、落ち武者の一体一体をあらゆる角度から僕は観測する。

 あとは簡単。ねじれろ。

 子どもに捻られてしまった人形みたいに、落ち武者達は一斉にねじ曲がる。

 脊椎ごといってしまったので、生きているのなら死亡。生きていなくても、回復能力が相当に優れていない限り戦線復帰は不可能。

 「雑魚はコダマに任せるに限るな」

 「うーん。敵が沢山いるほうが空木君って輝くよね」

 二人して褒めているような褒めていないような微妙なラインを攻めてこないでくれ。僕はこう見えてもけっこう傷つきやすいんだぞ。

 さて、目下のところ邪魔になりそうな集団は片付いた。

 もう、中庭は目前だった。




 中庭。

 緑を保つためか、そこここに木が植えられていたり、花壇があったりはするのだけど、それらが『怪』の原因だとは思えない。

 このおもちゃ箱をひっくり返したような馬鹿騒ぎをその辺の木やら花が起こせるっていうのならば、世界はもっとしっちゃかめっちゃかになっているからだ。

 では、原因は一体何だ?

 隣の室長に視線を送る。

 「ええと、確かこの辺に・・・・・・ああ、あった」

 何かを見つけた室長はずんずん進んでいく。

 気は進まないけど、僕と笠酒寄はそれについていく。

 そうして、やって来たのは白い箱みたいなモノの前。

 なんだこれ? 小学生ぐらいの身長に掲げられている箱・・・・・・だろうか。なんのために存在しているんだ?

 「さて、今回の七不思議の原因。それがこれだ。この箱・・・・・・いや百葉箱ひゃくようばこ、いやいや、ここは一つ『百妖箱ひゃくようばこ』とでも表現したほうが的確か?」

 思い、出した。

 小学生の頃の理科の時間に習ったことがある。

 中には温度計と湿度計が存在しているはずだ。

 だけど、それがなんで『怪』の原因になるんだ?

 「百葉箱。その目的はなんだ? はい笠酒寄クン」

 「え? は、はい! 温度と湿度を計ることです」

 なんだこの小芝居は。

 「正解。つまり、こう言い換えることが出来る。『百葉箱は常に野瀬思中学校を観測している』とな」

 観測。つまりは見ているということ。

 野瀬思中学校で起こった出来事を。交わされている会話を。人々の人生を。

 創立四十周年を越えてる野瀬思中学校。ということは四十年分か? それだけの時間を観測に充てるというのはどういうことなのだろうか?

 それが、現状なのだろうか?

 「室長、それじゃあ・・・・・・何処の学校の百葉箱もそういう『怪』を引き起こす存在になってしまいますよ。全国津々浦々つつうらうら、怪談があふれて無くちゃおかしいですって」

 「そこが肝だ。普通は流されてしまうような怪談。それが何者かの手によってえらく現実味を帯びてきてしまった。そうなると、『他もそうじゃないのか?』と考えてしまうが人情だ。人間は悲観的な情報ほど拡散しやすい。在校生の親やら卒業生に現状が広まってしまったら、当然、その思念が集中しやすくなる」

 呼び水、ということだろうか。

 何者かによって実現されて拡散され始めた七不思議。それらが更なる不思議・・・・・・いや、『怪』を生み出す。その媒体になっているのは、この小さな箱。

 そういう、からくりなのか?

 「媒体になっているのは間違いない。百葉箱は観測して記録する。つまりは情報がため込まれているんだ。ほんの少しつついてやるだけで中から勝手にあふれてくる」

 とんでもないことだ。

 日本全国どの学校でも今回みたいな事件が起こりうるっていうことだろ。

 僕達みたいな非常識ならなんとか対処できるだろうけど、一体いくつ学校があるんだ。

 全部に可能性は潜んでいるはずだ。

 絶望的な気分に僕が浸っていると、室長は白衣のポケットを漁りだした。

 「・・・・・・なにを、するっていうんですか? どうせこれが解決しても、次から次に『怪』はやってくるんですよ?」

 暗澹あんたんとした気分の僕に構うこともなく、室長は『何か』を掴んだ手をポケットから引き抜く。

 握られていたのは、柄だった。

 「らしくないなコダマ。その程度をこの私が想定していないとでも思っているのか? 本当に思っているのならば、キミはもう一度義務教育からやり直せ」

 ずるずるとポケットから柄が引き抜かれ、つばが現れ、刀身が現れる。

 日本刀。それは間違いなく日本刀だった。

 そして、僕はそれに見覚えがある。

 「・・・・・・童子切り安綱どうじきりやすつな!」

 「そうだ。増えていたから一振り失敬しておいた。いやあ、統魔に隠し通すのは苦労した。・・・・・・まあ、あと一日もしたら崩壊してしまうような劣化コピーだからこそ見逃したのかも知れないがな」

 色々と事情はありそうだけど、今の問題はそれで何をするつもりなのか、ということだ。

 いや、刀でやることと言ったら一つしか無い。

 「それで斬るんですか?」

 「ああ。こいつの力を動員したら同じ百葉箱共にもダメージがいくはずだ、たぶん。全国で謎の破損が起こるだろうが、この先のことを考えたら・・・・・・な」

 同感。

 隣で笠酒寄も頷いている。

 「やってください、室長」

 ふ、と軽く笑みを浮かべたのだろうけど、僕にはその笑顔が少しだけ怖かった。

 「しゅっ!」

 鋭い呼気と共に振り下ろされた童子切り安綱が百葉箱を見事に両断する。

 だけど、だけど。

 中には何もなかった。

 あるはずの温度計も湿度計もない。

 ただの空っぽだ。

 「ど、どうなっているんですか、これ」

 「先に持ち出されていたか。・・・・・・出てこい怪奇製造者ストレンジ・クリエイター

 剣呑な調子の室長の言葉に応えるようにして、僕達の後ろから声が聞こえた。

 「バレバレかぁ~、残念! あたしもまだまだだなぁ~」

 やけに軽い調子の女性だった。

 だけど、おかしい。

 僕の能力で視えなかった。

 目では見えている。しかしながら、同時に展開しているはずの僕の視る能力、そっちでは彼女は存在していないはずなのだ。・・・・・・どういうことだ?

 格好は普通。どこにでもありそうなラフな格好。

 だけど、その手には二本の棒状の物体があった。

 「その温度計と湿度計を渡してもらおうか。お前の目的もそれなんだろうが、私達の目的はそれの破壊だ」

 「そんなの断るっしょ。あたしはやりたいことやるだけ。こんな楽しいことを邪魔されたらたまんないでしょ?」

 まるで中高生みたいな言い分だけど、多分成人している。

 それに、気になるのは怪奇製造者という単語。

 初めて聞く単語なのだけど、嫌な予感がぷんぷんする。

 「渡さないつもりか?」

 「そりゃそうっしょ。これからコイツを研究して応用しないといけないんだから」

 「交渉決裂、だな」

 「まったくもってそうだね」

 「なら・・・・・・」「そういうことで・・・・・・」

 「ぶっ飛ばしてやる」「逃げさせてもらうわ」

 



 身をひるがえして一気に駆け出す女性を真っ先に室長が追跡する。

 続いて笠酒寄、最後に僕。

 人間程度の足ならば、一瞬で室長は追いついてしまって拘束しているはずだった。 

 だけど、それは通常ならばの話。

 様々な『怪』が現出してる今の野瀬思中学校ではそうじゃなかった。

 「キォォオオオオッ‼」

 見たこともないような奇っ怪な鳥が襲いかかってくる。

 「ねじれろッ!」

 能力発動。

 僕の視線に捉えられた鳥は、雑巾みたいに絞られる。

 ・・・・・・やばい、頭痛がかなりひどくなってきた。

 カン、という甲高い音。同時に僕は何が投げられたのかを感知した。

 閃光手榴弾。なんでそんなモン持ってるんだよっ⁉

 まばゆい閃光と音によって、僕達の感覚は滅茶苦茶になる。

 笠酒寄やら室長なんかは人間よりも鋭い感覚をしているからダメージも一段とひどい。

 三人共膝を突く。 

 だめだ、平衡感覚までやられた。

 「危ない危ない。ただ者じゃないとは思ってたけど、まさか人間じゃないなんてね。本当は協力関係を築きたいとこなんだけど、今日はこっちが優先だから」

 視界は真っ白になってしまっているけど、能力で視ることは出来ている。

 それでも、なぜか女性の姿は観測できないのだけど。

 くそ! このままみすみすと逃げられてしまうしかないのか⁉

 見えないってことがここまで致命的だとは・・・・・・見えない?

 そう、謎の女性は僕の能力を以てしても視ることができない。他は全部視えている。

 余すことなく。そう、全部。

 発想を、逆転しよう。

 見えないくせに存在しているのならば、相応の弱点があるはずじゃないか。

 僕は、地面を視る。

 一カ所だけ、不自然に凹んでいた。

 そこかぁ‼

 地面よりも三十センチほど上空を掴むイメージ。

 「うっそぉ⁉」

 驚愕の声が上がった。

 当然だ。

 僕の能力は念動力。

 見えない対象に対しては無力だ。

 その上に、僕の大本の能力である領域感知にも対策しているのならば、油断してもそれを責めるのはちょっと残酷かもしれない。

 だけど、逃がすことはできないし、このまま拘束させてもらう。

 「よくやったコダマ」

 先に聴覚が回復したのか、室長は未だに立ち上がっていないままで、そう声をかけてきた。

 僕にはまだ女性の姿は視えない。だけど、手応えはある。

 確かに足を掴んでいるという感覚があった。

 何度ももがくけど、それで外れるような拘束じゃない。なんと言っても超能力。僕自身のスタミナが尽きるか、化け物みたいな膂力でも無い限りは無理だ。

 室長が回復したのか、立ち上がる。

 「・・・・・・くっ!」

 「残念だが、ソイツを渡してもらおうか。お前の目的なんぞ知ったことじゃない。私は仕事をするだけ。それを邪魔するのならば容赦はしない」

 右手に持った童子切り安綱がキラリと光る。

 どうやら観念したのか、それとも自分の命のほうが大事なのか、女性は持っていた温度計と湿度計を室長に放り投げる。

 「渡す渡す。だから命は勘弁してよね。あたしはまだまだやりたいことは沢山あるし」

 命乞いというよりも、まるで誘いを断るみたいな調子だけど、それは確かに降参宣言だった。

 「コダマ、拘束を解いてやれ」

 「・・・・・・いいん、ですか?」

 「コイツ自体は別に大したことないんだ。ちょっと制限をかけたら後は自由にして構わん」

 「ちょちょちょっと、なにす・・・・・・」

 「制限ギアス

 一瞬で接近した室長の手が女性の顔面をわしづかみにして、そのまま何かの魔術をかける。

 外見上はなんの変化も見えない。だけど、失敗ということはないだろう。あの室長に魔術を行使されて無事に済んだのは殆どいなかった。

 「お前には制限をかけた。魔術を使おうものなら死んだほうがマシな痛みが走るぞ」

 「・・・・・・わーお、素敵じゃない」

 全然思っていないのはその表情から明らかなのだけど、言葉だけでも出てくるだけ大したものだ。普通なら取り乱すだろ。

 つうか、この女性が十三階段の魔術も仕掛けたのか。

 ひゅん、と室長が童子切り安綱を振ると、温度計と湿度計が真っ二つになる。

 これで、少なくとも野瀬思中学校の七不思議は解決、か。

 「・・・・・・お前、名前はなんだ? 逃がす前に聞いておいてやる」

 顔面から手を離して室長が女性に尋ねる。

 「あたし? あたしは練西ねりにし由良々ゆらら。チャーミングでキュートでミステリアスなナイスレディ・・・・・・ってね」

 余裕そうだけど、その額に一筋の汗が流れているのを僕は視逃さなかった。

 目の前で日本刀振られりゃあしょうがないとも言えるだろうけど。

 魔術によって制限を掛けられ、その上に至近距離に武装した室長。この状態ならば、もう僕の能力による拘束は必要ないだろう。

 能力を解く。

 足が自由になった女性、いや練西さんは足首をさすった後に、「じゃ、そういうことで」などとのたまいながら走り去っていった。

 「ふん。どうせまたどこかで会うだろうからな」

 吐き捨てるように呟く室長だったのだけど、そろそろ僕は限界。

 頭がさっきからぐらぐらするし、吐き気もひどい。僕がこの能力を制御下における日が来ルのかどうかが心配になってくる。

 そこまで考えた時点で、僕の意識は彼方へと吹っ飛んでいった。



 

 「・・・・・・ん。・・・・・・ぎ君。空木君ってば」

 声が聞こえる。笠酒寄の声が。

 重い瞼をようやっと開くと、心配そうに僕をのぞき込んでいる笠酒寄の顔があった。

 「・・・・・・あれ? どうなったんだ?」

 気絶してからどうなったのかがわからない。

 笠酒寄の顔の後ろに見えているのがクルマの天井だから、多分ここは室長の車の後部座席なんだろうけど。

 「やっと起きたか。まったく、未だに制御できないとは未熟未熟」

 うっさい。余計なお世話だ。

 身を起こす。

 クルマは動いていない。

 単に僕を運び込んで目を覚ますのを待っていただけみたいだ。

 運転席の室長はスマホをいじくっていた。

 ・・・・・・解決して即効でスマホとは本当に筋金入りだな。

 「とりあえず事件は解決。このまま百怪対策室まで帰ろう。ちなみに、キミの血は吸っておいたからもう安心して良いぞ」

 そういうとこは素早い。

 頭痛がなくなっているからそうだろうなとは思ったのだけど。

 「あの女性は何だったんですか?」

 エンジンを掛けてクルマを発進させようとしている室長に質問。

 なんなんだよ、怪奇製造者って。

 「んー、アーティスト気取りの変人共というか、何というか・・・・・・たまにいるんだ。ああいう迷惑なヤツが」

 さいですか。

 どうやらこの世の中っていうのはまだまだ僕の知らないことだらけらしい。

 静かに、室長はクルマを出す。

 心地よい揺れに晒されて、僕はやっと安堵の感情を覚えた。

 「・・・・・・ねえ空木君、ちょっといい?」

 隣の笠酒寄がなにやら耳打ちしてくる。

 「・・・・・・なんだよ。お前と違って僕は一週間連続で七不思議解決に奔走していたんだから疲れているんだから手短に頼むぞ」

 「・・・・・・明日デートいこ?」

 ちょっと、不意打ち。

 そういやあ、潰れた予定の中には笠酒寄とのデートも含まれていた。

 失われた春休みをちょっとぐらいは取り戻しても良いだろう。 

 「室長、明日ぐらいは休みをくださいますよね?」

 「ああ、ゆっくりいちゃついてこい。私も明日は完全にオフにして休むから」

 そうしよう。僕達はまだまだやりたいことも沢山あるのだし。

 『怪』と対峙するからといって、別に人間性を放棄しなくてもいいはずだ。

 僕達を乗せたクルマは、特にトラブルも無く道を走っていった。

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