七不思議 その六 十三階段

 ちょっとばかり奇妙なコトになっている。

 野瀬思中学校七不思議の解決。

 室長の推測によれば、これには黒幕がいるし、ソイツが何からのトリックを用いて七不思議を起こしているという仕組みになっているはずだった。

 しかしながら、昨日の人体模型は違っていた。

 すでに、『怪』として成立してしまっている。定着しきっている七不思議だった。

 それでも解決してしまうのが百怪対策室なのだろうけど、予定外。

 あまり予定外のことは好きじゃない。僕は何事も予定通りに、予想通りに進んでいくほうが好きだ。

 ゆえに、昨日の一幕にはなんだか嫌なモノを感じる。

 嫌な予感を覚える。

 もしかして、何かを見落としているんじゃないのか? 僕達は。

 



 野瀬思中学校七不思議攻略戦、六日目。

 残す七不思議はあと二つ。

 やっとこの突発ミッションから解放されると思うと、少しばかり気が緩みそうになる。 

 「ねぇ空木君。どこか出かけてみない?」

 「僕もお前もこの町の地理に詳しくないし、そもそも足がないじゃないか。歩いてもいいけど、ちゃんと帰ってこれる保証がないなら外出できないよ」

 「むぅ~。空木君の引きこもり」

 何とでも言えばよろしい。事実だし。

 笠酒寄は頬を膨らませているのだけど、室長はスマホを凝視している。

 ・・・・・・出先でもゲームとか筋金入りだなこの人。

 「・・・・・・室長、今夜解決する七不思議のコトを今のうちに聞いていてもいいですか?」

 「ん? 不安なのか? それとも不満か?」

 「どっちも、ですね。未だに黒幕の正体ははっきりせずに、その上、本物の『怪』の可能性もある。そんな状況で堂々と構えていられるほど僕は肝が据わってませんよ」

 ちょうど区切りだったのか、室長はスマホから手を離す。

 「本日の犠牲になる七不思議はこれだ」

 毎度のごとく白衣のポケットから出現する紙。

 〈屋上に続く十三階段〉

 ・・・・・・今回は地形が変わる系かな?

 



 六回目になる夜の野瀬思中学校。 

 そろそろ地形的なモノもわかってきているので、迷うことなく僕は進む。

 笠酒寄は二回目のはずだけど、僕と室長の二人についてくれば良いので楽なのだろう。

 さて、すでに僕達は三階にいる。

 二つ、階段を上ってきたことになるのだけど、今回の目的はこれじゃない。

 名前の通りに、屋上に続く階段が標的だ。

 「憐れな犠牲階段はどこにあるんですか?」

 「見取り図が正しければこっちだな」

 誰もいない教室を横目に、進む。

 すぐに、それは見つかった。

 何の変哲も無い、階段。

 この校舎は三階建てだったから、更に上ということになれば必然的に屋上に続く階段となるはずだ。

 じっと見つめて段数を数えてみると、十二段。

 なるほど。一段増えるのか。

 この位置からだと見えないのだけど、上った先には屋上への扉でもあるのだろう。

 今日はそこに用はない。

 用があるのは階段そのものだ。

 「よし、上れコダマ」

 はいきた。

 「気軽に言ってくれますけど、一応は『怪』というか七不思議というかなんでしょう? どういう仕掛けがあるのかわかったもんじゃないと思うんですけど」

 「だからどうした? 多少の傷なんぞすぐに治るだろうが。早く行け」

 精神の傷は治らないんだけど。

 抵抗しててもしょうが無いか。

 「はいはい! わたしも行く!」

 元気よく挙手しての発言。

 笠酒寄お嬢様は夜でもお元気でいらっしゃる。

 人狼だから夜のほうが調子良いというのも一因だろうが。

 「そうだな。二人で上ってみてくれ。わたしはここで見てる」

 こっちはこっちで本当にブレないな。

 「・・・・・・じゃあ、数えながら上るぞ」

 「うん!」

 一歩、階段に足をかける。

 「「いち」」




 「「じゅういち」」

 すでに階段はほとんど上り終えている。

 最後の段を越えてしまったらそれで終了なのだけど、僕にはあと一段しか階段は見えない。

 「・・・・・・笠酒寄、お前あと何段見える?」

 「一段」

 だろうなぁ。どういうことだ? 今夜の階段は十二段しかないのか?

 「二人とも早く上れ」

 下から室長がせっついてくるので、僕も笠酒寄も足を上げる。

 「「じゅうに」」

 これで終わり、のはずだった。

 だけど、最後の段に足をかけた瞬間、突如としてそれは現れたのだ。 

 もう一段。十三段目の階段が。

 一緒に数えてきたのだから間違えるはずもない。

 数え間違いとかじゃない。直前に僕と笠酒寄の認識は合致していた。

 なのに、なのになのにッ! なんであと一段あるんだ⁉

 「室長! 出ました!」

 振り返って呼びかけるのだけど、「何言ってるんだキミは」みたいな顔を返された。

 「んな顔してないで来てくださいよ! 見てたんでしょう?」

 「ああ、見てた。だからこそこんな顔にもなる・・・・・・ああそうか」

 なにやら得心がいったようで、室長は階段を上り始めた。

 どんどん上って、僕達のいる段も越えて、最後の一段も超えて、上に到着する。

 「コダマ、笠酒寄クン。とっとと上がってこい。そこには仕掛けがない。この『怪』の本命は別だ」

 ・・・・・・なんですと? 

 階段の『怪』なのに階段自体には仕掛けがない?

 どういうこっちゃ。僕の脳内は大混乱だ。

 「えい」

 笠酒寄のほうはまったく躊躇無く言われたとおりに実行する。

 ええい、ままよ!

 流石に踏むのは気色悪いので跳び越えながら僕も階段を上りきる。 

 狭いスペースだ。

 屋上に続く扉と、配電盤か何かのようなモノ。あとは消火器ぐらいしかない。

 「さてさて、どこだろうな。私のカンが正しければこの辺りなんだが」

 一直線に室長は消火器に歩み寄る。 

 持ち上げて・・・・・・底を見た?

 「ビンゴ」

 底に貼り付けられていた『何か』を剥がす。

 コースターぐらいの大きさの、紙?

 いや、複雑な文様が描かれているから、ただの紙じゃないだろう。

 「『怪』の正体はこれだな。これは魔方陣の一種なんだが、ある種の誤認を引き起こす術式だ」

 魔術? 統魔が管理しているはずの・・・・・・魔術?

 なんで消火器の底なんぞにそんなものが貼り付いているんだ?

 紙を握りつぶすと、室長は「これで終わり」とばかりに手を振る。

 「ちょっと待ってくださいよ。なんの解説もなしに試合終了はないでしょう?」

 「いるか? 説明」

 「いります」

 やれやれとばかりに肩をすくめて、室長はタバコを咥える。

 「なんのことはない。今回の七不思議は魔術という要素が絡んでいた、それだけの話だ」




 魔術。それは超常の力。

 少なくとも夏休みに室長と出会うまで、僕はそんなものの存在なんて信じていなかった。

 しかし、存在している。

 目の前の百怪対策室室長、ヴィクトリア・L・ラングナーが魔術を行使する場面を幾度となく見てきたし、僕自身も経験してきた。

 だが、一般人には秘匿ひとくされてる。

 過ぎた力である、というのも理由のひとつなのだろうけど。多くは迫害の危険性やら悪用を恐れてのことらしい。

 便利な力っていうのは、諸刃もろはの剣だ。

 ゆえに、統魔は徹底的に魔術の痕跡を隠蔽する。

 室長もその関係で何度か駆り出されてしまったことがあるぐらいだ。

 その、魔術が平凡な中学校で行使されていたというのはちょっとした事件になる。

 「間違いなく、魔術なんですか?」

 「ああ、精神操作系の術式だな。さっきの紙、アレは正しい認識をほんの少しだけ阻害する。力が弱い代わりに、長期間通用するタイプの魔術だ」

 認識の阻害? だけど、それがどう『十三階段』に繋がってくるんだ? 

 「わからないって顔をしてるな。端的に言うと、キミ達は十一段目を二回数えた」

 ・・・・・・んな馬鹿な。

 「キミ達が十一段目に足を下ろした瞬間、この魔術は発動する。『意識に空白を作りだし、直前の経験を再度体験させる』という魔術がな」

 「・・・・・・よく、わかりませんね」

 「もっとかみ砕こう。キミ達二人が十一段目を踏む。それをもう一回繰り返した、という思わせる。するとどうなる?」

 僕と笠酒寄は数えながら階段を上がっていた。

 つまり、もう一段上がったと認識したのならば、次の数字をカウントするだけだ。

 つまり、僕達は十一段目から動いていないのに、「じゅうに」と数える。

 となれば、いきなり階段が出現したように感じたのも納得できる。

 始めから階段はあった。

 上ったつもりになった十二段目が。

 ほんの少しの錯覚を意図的に起こすという、その程度の現象から生まれていたのだ、この『怪』は。

 室長は白衣のポケットに潰した紙をしまう。

 「私が見たのは、まったく動いていないのに「じゅうに」と数えたキミ達だ。そんなけったいなコトになるのは魔術が絡んでいると考えて間違いない。そして、実際に魔術が行使されていた。あとは原因を取り除いてやれば良い。はい、終了」

 なんでもないことのように室長は言うけど、とんでもない事実だ。

 だって、それはつまり・・・・・・。

 「この野瀬思中学校には魔術を使える生徒がいるっていうことですか?」

 「生徒かどうかはわからん。教員の可能性だってあるし、外部からの侵入者かもしれない。この程度のセキュリティなんぞ素人でも突破できるからな」

 それには僕も反論できない。

 魔術を使えるヤツが侵入に苦労するとも思えないし。

 だが、動機が思いつかない。

 こんなことに魔術を用いてしまったら、下手しなくとも統魔に追われる羽目になる。

 全世界に支部を持つ巨大組織を敵に回して逃げ切れるようなヤツがこんなアホみたいなことをするか? いや、しないだろ。

 もしくは、魔術を使えるけどその危険性を知らない。

 そうしたら今度はどこで知ったという話になってくる。

 あーもう! こんがらがってきた!

 「・・・・・・七不思議を仕掛けた黒幕は、魔術師なんですか?」

 「わからん。可能性としては存在しているが、どうにもそぐわない。なんというか、しっくりこないんだ」

 「しっくりこない?」

 肯定するように室長は頷く。

 「魔術師ならばもうちょっとぐらいは偽装を考える。こんなの、素人にも発見される可能性があるだろうが」

 確かに。

 ちょっとした好奇心から消火器を持ち上げる、なんてことは中学生ぐらいの時分ならよくあることじゃないだろうか。少なくとも僕はどのぐらい重たいのだろうと思って持ってみたことがある。

 この場所ならば、誰にも見つからずにそういう『怒られそうなコト』を実行できる。

 幸いにして、野瀬思中学校の生徒が魔術に触れるという事態はぎりぎりで避けられたみたいだったけど。

 もしかしたら魔術師を相手取らないといけないかもしれない僕達にはとんでもないけど。

 「私の結論はこうだ。七不思議を仕掛けた黒幕は多少魔術をかじったことがあるが、統魔そのものを知らない。単に便利すぎるから公表されていない、程度にしか認識していないだろうな」

 それはそれで厄介だ。

 「やっぱり・・・・・・黒幕との直接対決は避けられそうにありませんか?」

 「当然だ。元凶をどうにかしないとまた別の七不思議が出てくるだけだ。それに・・・・・・」

 「それに?」

 「今度は別の場所でやらかすかもしれないからな。そうなったらまた出張だ。私はあんまり外出したくない」

 ずいぶんとまあ、利己的な理由だ。 

 が、正義のためとか、世のため人のためとかのお題目を掲げている室長よりかは信用できる。

 この人は自分勝手だけど、一度喧嘩を売られてしまったら徹底的にやり返す。

 心の中で合掌。

 すでに黒幕の首には縄がかかったようなものだ。

 拘束のための縄ならばまだいい。

 それは絞首刑のための縄かもしれないのだから。

 「ええと、この不思議は終わりってことですか?」

 「そうだ、笠酒寄クン。もう一度仕掛けないことには、幻の十三段目が出現することはない。そして、それは二度と出来ないんだがな」

 「なんでですか?」

 「今から私が腕によりをかけて罠を仕掛ける。のこのこやってきて魔術を使おうモノならば一網打尽に出来そうなヤツをな」

 言うが早いか室長はポケットから取りだしたマジックペンで隅っこに何かを書く。

 「・・・・・・完成」

 満足そうな顔だし、上手くいったのだろう。

 これで、少なくとも明日の夜まではここで魔術を使うことは出来ない。

 そして、明日は最終日だ。

 最後の七不思議を解決する日だ。

 いや、野瀬思中学校にはびこる七不思議が引導を渡されてしまう日だ。

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