七不思議その五 全力疾走人体模型
「空木君! わたしがいなくて寂しかったでしょ? そうでしょ? そうって言って? 言わないと泣くから」
「オマエガイナクテサビシカッタヨ」
「心がこもってない!」
めんどくせー。女子特有の面倒くさい感じで攻めてくるんじゃない。僕はそういうの苦手なんだ。
野瀬思中学校七不思議攻略戦、五日目。
用事が片付いた笠酒寄も今日から参戦のようだ。
とは言っても、今まで特に困らなかったので今更感は拭えない。
こいつも僕達と同じホテルに宿泊することになったのだけど、幸いにして別室だ。
これで同室とかだったら僕の安息の時間が更に減少することになってしまう。
そんなは願い下げ。
「青春だな。私にはすでに遠い感情だ。こういうのをなんていうのかな? 日本語に詳しくないから表現できない」
絶対に嘘だ。
アンタ何年日本に住んでるんだよ。
なんなら僕よりも詳しいだろうが。
現在、百怪対策室のメンバーは室長の借りている部屋にいる。
室長はベッドに腰掛け、その隣に笠酒寄。僕は立ってる。
現在時刻はそろそろ夜と言ってもよろしい程度。『怪』が出現するのはふさわしい時間帯だ。
「で、笠酒寄が到着したのはいいんですが・・・・・・」
「よくない!」
「お前は脊髄反射で喋るな。僕に会えてうれしくないのかよ」
「うれしい!」
「あー。はいはい。ありがとう。・・・・・・コホン。とにかく、今日も今日とて『怪』というか七不思議の解決に向かうんでしょう? ・・・・・・なんですかその顔は」
ニヤニヤするんじゃない女子二名。
「いやあ、微笑ましいなぁ、と思ってな」
「実はやっぱり空木君もわたしに会えてうれしかったという感情を抑え切れないのを感知しました」
うっさい。
話が前に進まない。同じ地点で堂々巡りの足踏み放題だよチクショウ。
「当然のように今日も七不思議の調査と解決だ。期限を一週間と定めたからには、それ以上に関わる必要も無いしな」
ぺらり、と恒例のように白衣のポケットから取り出される紙。
いっつも思うんだけど、これの意味はあるのだろうか?
一応、どういう『怪』なのかを確認するために僕はそれを見る。
〈全力疾走人体模型〉
・・・・・・シュール。
これもまたここ数日と同じように夜の野瀬思中学校。
一つ違うのは、笠酒寄が隣にいるということだけか。
「・・・・・・一応、『怪』、というか七不思議の概要を聞いても良いですか?」
本音を述べるのならば、聞きたくはない。こういうとんちんかんなヤツは聞くだけで全身の力が抜けてしまうのだから。
「ああ、この野瀬思中学校の理科室には古い人体模型があるんだが、コイツが夜になるとグラウンドを全力疾走するらしい。インターハイなんぞ目じゃないぐらいの速度でな」
そりゃあ、まあ、人間じゃないだろうし、『怪』だろうし、人の尺度で測ることが間違っていることは重々承知の上で言わせて頂きたい。
誰がこんなアホな『怪』を作ったんだ⁉
今回の黒幕・・・・・・どうやら相当にファンキーな気質をしているようだ。もしくは、クレイジーか。どっちでもいいよチクショウ!
「人体模型運動会とかあるんですか?」
「ないだろうなぁ。あったら統魔が黙っちゃいないだろうし、ゴーレム法を専攻している魔術師やらが介入してカオスになるのが目に見えてる」
笠酒寄のアホな質問に大真面目で答える室長。やめてくれ。頭がおかしくなりそうだ。
ゴーレムの、ゴーレムによる、ゴーレムのための運動会。うへぇ。
この方向の思考は止めておこう。僕の精神衛生上よろしくない。
「・・・・・・と、とにかくっ、とっとと解決しちゃいましょう。どうやったら終わるんですか?」
多少強引ながらも、僕は話題の転換を図る。
「他の『怪』と一緒だ。トリックを暴いてやったらいい。現象に解体されてしまったら、それはただのいたずらに成り下がる。暴かれた神秘には何の価値もないからな」
なるほど。今回もなんらかのトリックが存在しているということか。
となれば、多少の推測は付く。
手前事ながら、僕が通う
あれの正体は単なる勘違いというか、思い込みと多少の錯覚だった。
人体模型が動くわけがない。これも、そういう人間の潜在的な恐怖心につけこんだモノなのだろう。
「人体模型自体はどんなのなんですか?」
笠酒寄が尋ねるけど、そういえば僕も知らない。
中学校にあるぐらいなのだから、標準的(?)な模型だろう。
全身四十カ所以上の稼働箇所があるとか、AI搭載しているとか、希少金属で構成されているということないだろう。そんなのあったらこの学校の評価を改めないといけない。
「こう言ったら何だが、普通の人体模型だったな。魔術も関わっていないようだった。特に仕掛けがあるようには見えなかったな」
すでに室長は下調べ済みらしい。
が、これで殆ど確定的だ。
人体模型自体にはなんの仕掛けもない。
グラウンドに現れるという、人体模型の振りをした『何者か』をとっ捕まえてしまったらこの『怪』は終了。
どうにもしょぼい『怪』というか、本来ならば七不思議にもならないような事件ばかりなので、今回もおそらくは情報操作によって発生した『怪』なのだろう。
しかも、どうやっても実行犯が必要になってくる。
実行犯が現れなかったら? そのときはそのときで考えるだけ。行き当たりばったりの運任せでもいいじゃないか。たまには。
そういう考えがいけなかったのか、それとも日頃の行いが悪かったのか、僕達はからりと窓が開く音を聞いた。
ついでに、「とうっ!」なんていう気合いの入ったかけ声も。
『何者か』は僕達の背後に着地した。
やけに音が硬質だったのが気にはなったのだけど、あえて無視した。
無視を続けていたかったのだけど、後ろに着地した人物は一言も発しない。
・・・・・・このまま我慢比べを続けていてもしょうがないか。
「いち、にの、さん、で振り向きましょう」
「・・・・・・さんせーい」
「同感だ」
初めてこの三人と同じ感情を持っている気がする。
「・・・・・・いち、にの、さんっ!」
勢いよく、戦闘態勢を取りながら僕達は振り向く。
笠酒寄は四肢を人狼化し、室長は右手を手刀と化し、僕はいつでも能力を発動できるように。
そして、見たモノは・・・・・・まごうことない人体模型だった。
「待った待った。ボクはそんな物騒なコトをやるつもりはないって。本当に! 見かけだけは確かに奇妙かも知れないけど、これでも理科室の紳士っていう異名で通っているんだぜ?」
おどけた様子で体を揺らしながら、やけに流暢に言葉を喋る人体模型がいた。
・・・・・・嘘だろお前本気で言ってるのなら脳みその具合を検査してもらえって脳みそ無いからこの場合はどういう点検をしたら良いのだろうか僕の脳みそのほうかそれなら三人とも検査が必要になってくるぞそんな偶然ってあるかボケェ‼
「おいおいおいおい、そんなに変な顔で固まらないでくれよ。それじゃあボクが何かキミ達に悪いことをしたみたいじゃないか。
よどみなく言い終わると、ケタケタと人体模型が笑う。
・・・・・・わーお、中身が揺れてやがる。間違いなく人体模型だ。特に腎臓の揺れが激しい。
まるで上演前のピエロのように人体模型はくねくねと気色悪い動きを続けている。
やばい、吐きそうだ。
会話したくないので、室長を肘でつつく。
「……任せます」
「……仕方ない」
どうにも気は進まない、という様子で室長は一歩前に出る。
「私は百怪対策室室長、ヴィクトリア・L・ラングナーだ。お前は一体なんだ? どこぞの魔術師に造られた人形か?」
ゴーレム。その推測は僕もした。
がしかし。
「ゴーレム? なんだいそれは。ボクはただのスポーツをこよなく愛するアウトドア派の人体模型っていうだけだよ。それ以上でもそれ以下でもないよ。キミ達だってそうじゃないかな? 多少の趣味の違いっていうのはあるだろうし、他人の嗜好に対してああだこうだといちゃもんをつけるのを常識的な行動だとは思っていないだろう?」
よくしゃべる奴だ。舌はプラスチック製だろうに。
「別にお前の趣味嗜好はどうでもいいんだ。お前自身が動き回っているのが問題なんだ」
人体模型に話し合いを試みる吸血鬼。なんだこれ。
「ボクが動き回ることが問題? なぜだい? 知的生命は身体的及び肉体的に自由であるべきだ。特に他者の権利を侵害しない限りはソレを保証されるべきじゃないかな? それを求めしまうことが棄却されてしまうぐらいにこの世界が狭量だというのならば、ボクも一考の余地があるのだけど、そうじゃないだろう?」
口が回る人体模型だ。いや、口の回らない人体模型が普通っていうか、そもそもしゃべるな!
「知的生命体? お前のどこが生命体だ、この無機物が。分解して燃えないゴミに出してやる」
「いまだに厳密な生命体の定義はできない。それは十分わかった上で言っているのかな? キミはちょっとぐらいの回る頭を持っているように見えるんだけど、その程度だというのはちょっと期待外れだね」
静かに、しかしながら確実に二人の間の空気は緊張感を増していく。
「刻まれたいらしいな。バラバラにして展示してやる」
「暴力的だね。見た目からは想像もつかないぐらいに暴力的だ。そんなことだから男にも逃げられるんだよ」
……あ、この、バカ!
ぷちん。
その音がなんの音かは確認するまでもない。
室長が、キレた音だ。
すぅぅっ、と室長の鋭い呼気が聞こえた。
「……おい人体模型、お前スポーツが好きなんだろう? 特に何が好きだ?」
突然の質問。だけど、これからやりたいことぐらいは想像がつく。
相手の得意分野で蹂躙する。
そういう、徹底的に相手のプライドをへし折るつもりだ。
「スポーツに得意不得意はないつもりだけど、抜きんでている、という意味でなら陸上競技だろうね。特に四百メートルは誰にも負けるつもりはないよ」
挑発に乗ったこの人体模型の明日はない。
「……いいだろう。お前の得意な四百メートルで私と勝負しようじゃないか。一人で走ってばっかりだとつまらないだろ? ……その代わり、賭けをしよう。敗者は勝者の言うことをなんでも聞く。それでどうだ?」
野瀬思中学校グラウンドにて今、二名がスタートの合図を待っている。
正確には二名じゃない。片方は人体模型だし、片方は魔術師にして吸血鬼。
まあ、室長と件の人体模模型なんだけど。
クラウチングスタートの体勢を取る人体模型を目撃することは二度とないだろう。あったら困るぞ僕の人生。
グラウンドは一周四百メートル。ゆえに、先に一周してきたほうが勝利者という至極単純明快な判定方法。これならばもめることはあるまい。
同じような姿勢の二人の隣で、僕は一応確認する。
「・・・・・・じゃあ、室長が勝ったら人体模型を分解する、人体模型が勝ったら今後一切手出しをしないという条件で良いですね?」
「当たり前のことを確認するんじゃないコダマ」
「確認、確認は大事だよ。怠ったらそのまま致命的な失敗に繋がるからね。そういう部分じゃないのかな? キミが彼氏に愛想を尽かされてしまったのは。・・・・・・尽きたのは愛情かな?」
ぎしり、と室長がかみしめた歯の音が聞こえた。
やめてくれ。そのまま襲いかかりそうだ。
とっとと始めよう。
「いちについて、よーい・・・・・・ドン!」
合図と同時に人体模型が飛び出す。
まるで疾風のようなその脚力はインターハイどころか世界でも通用しそうなぐらいだ。
あれ? 人体模型だけ?
「なにやってるんですか室長⁉」
「ハンデですか?」
慌てる僕と、冷静な笠酒寄。
「ああそうだ。ヤツには圧倒的な敗北を教えてやる」
すでに人体模型は半分ほどを消化しようとしている。
「・・・・・・いくか」
地面が爆発したのかと思った。
そのぐらいの勢いで室長が飛びだす。
人体模型は確かに世界レベルの足をしていた。
しかしそれは人間のレベルの話。
身体能力において、純粋吸血鬼の室長はそんなレベルをスキップで飛び越す。
十秒もしないうちに人体模型に追いつく。
「どけ、ノロマ」
あらん限りの
五秒ほど遅れて人体模型がゴール。
決着は、明らかだった。
「・・・・・・ボクが、負けた?」
ショックを隠しきれない様子だ。無理もないけど。
見た目だけの話をするのならば、中学生女子にしか見えない室長に敗北したのだ。そりゃあショックだろう。
ガタガタと悲壮感を漂わせて、模型は震える。
「約束だ。バラバラに解体してやる」
ぺきぺき右手を鳴らしながら、室長は容赦なく宣言する。
「・・・・・・そうか。ボクは負けたのか。やっと、負けたのか」
呟いたのと同時に、人体模型は突如硬直を起こす。
まるで、普通の人体模型のように。
土の上に倒れても、それは変わらなかった。
「・・・・・・結局コイツ、なんだったんですか?」
室長と四百メートル競走をした人体模型は、普通の人体模型に戻っていた。
それを理科室に戻す途中だ。
「・・・・・・コダマ、太腿の付け根を見てみろ」
は?
一度立ててから、僕は言われたとおりに確認してみる。
塗装がはげて劣化も進んでいるプラスチックの表面に、消えかけた文字で書いてあった。
〈お前は誰よりも早い! 負けないぐらいに!〉
・・・・・・これが、なに?
「おそらく、全力疾走人体模型の噂自体はそうとうに古いんだろう。コイツに限っては黒幕の関与ではなく、元から『怪』として成立していたんだろうな。たぶん、元々は『歩く人体模型』ぐらいなものだったんだろう。それが語り継がれる内に徐々に大げさに変化していった結果がアレだろうな」
野瀬思中学校の生徒達自身が、この『怪』をどんどん変化させていたのか。
・・・・・・待てよ? ということは、これじゃあなんの解決にも鳴っていないんじゃないか?
「また動き出すんじゃないですか、これ? だって、すでに成立してしまっているんでしょう?」
「そうは問屋が卸さない。そこに書いてあるだろう? 誰よりも早い人体模型だからこそ成立していたんだ。負けてしまったからには、ただの人体模型。ただのぼろいプラスチックの塊だ」
納得できるようなできないような微妙なライン。
負けないゆえに動き回っていた人体模型は、敗北によってただの物質に戻った、ということだろうか。
「なんでまた、そんな面倒くさい設定に・・・・・・」
「私に聞くな。野瀬思中学校の卒業生に訊いてみるんだな」
ごもっとも。
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