七不思議その四   不可能脱出倉庫



 野瀬思中学校七不思議攻略戦、四日目。

 このうんざりするような事件もやっと中間地点。これを越えてしまったらあとは折り返し。そうなったら、やっと僕もこのくだらない調査から解放される。

 そう、くだらない調査なのだ。

 今回の『怪』は今のところ全部が全部『いたずら』程度で済まされてしまうような案件ばかりだ。

 正直、不思議でならない。

 この程度で『怪』になってしまうのか?

 もしそうだとしたら、日本全国の学校という学校で怪談やら怪現象が頻発していても不思議じゃない。不思議なのに。

 だけど、実際はそうじゃないのだ。

 僕の母校である九臙脂くえんじ中学校。

 当然のように七不思議伝説はあった。しかしながら、『動く標本』以外に現実となったようなモノはない。少なくとも僕の知っている限りは。

 野瀬思中学校だけが特別なのか、という推測もしてはみた。

 けれども、それじゃあ納得できそうにもない。

 実は、時間に余裕がある昼間に僕は調べていた。

 町の図書館には郷土史の参考文献になりそうな本ぐらいはいくらでも存在している。

 ゆえに、調べることには苦労しない。

 そして、僕が出した結論というのは、野瀬思中学校は特別でも何でもないという結論だ。

 特に由来も無く、いわれもなく、血なまぐさいエピソードも存在していない。

 もちろん、情報が隠匿されているという可能性だってあるだけど、どうやったって完全に遮断することはできない。どこかしらから漏れてくるはずだ。

 だけど、そんなのはなかった。

 約四十年前に建てられた中学校。

 特にスポーツの強豪校というわけでもなく、学業における進学実績があるというわけでもない。

 普通の生徒達が、普通の学校生活を送っているだけの中学校だ。

 そんな場所で七不思議が実現してしまうような要素が満たされるとは思えない。

 現実には、しっかりと起こっているのだけど、どこか納得できない。

 僕としては、そういう考えだ。

 「へえ、キミもキミなりに考えるようになってきたじゃないか。百怪対策室の助手としての自覚が芽生えてきたのかな? だとしたら、私の手腕には感嘆するほか無いな。無気力主義者のコダマにここまでの労働意欲を喚起させてしまったんだからな。ああ、自分の才能が怖い」

 「ごまかさないでください室長。言ってたでしょう? 何者かが黒幕にいるって」

 一週間ほど借りているホテルの一室。室長の部屋。

 ちょっとばかり話があると言って、僕は今の考えを述べたのだった。

 やたらぶっとい葉巻をくわえている室長はベッドに腰掛けたままで薄く笑う。

 ……シーツに灰が落ちたら怒られそうだ。

 「黒幕、それは当然いるだろうな。野瀬思中学校の七不思議を現実化させようとしている黒幕は存在している。かなりの数の生徒達が団結しているとかならば話は別だろうが、中学生程度に音頭を取って統率できる人間がいるとは思えない」

 全校生徒数は三百人程。

 数で言ったら大したことないのかも知れないけど、人をまとめるというのは大変だ。

 その上に、今回の事件では一カ所情報が漏れてしまったら、連鎖的に全体が瓦解してしまう。

 統制を敷く人間は、どれほどの緻密さを要求されてしまうのだろうか。

 そして、関わる人間の数が増えるということは、意思統一の難易度は跳ね上がってくる。

 生徒達ならば、教員からなんらかの事情聴取を受けることになるだろう。

 それに対して、ずっと真実を守るということができるのか?

 裏切り者の問題だって出てくる。

 情報管理っていうのは、思っているよりも大変なのだ。

 「……黒幕は野瀬思中学校の人間じゃない。外部の仕掛け人だろう。それぞれの『怪』を実行した生徒自身は野瀬思中学校の生徒だろうがな」

 生徒に協力者がいるのは確かに否定できない。

 連続飛び降りも、無人演奏ピアノも、生徒自身じゃないと実行できない。

 「……黒幕の正体を知っている生徒はいる、と?」

 「わからん。生徒自体に接触するのは今回控えるように言われているから、なんとも言えない」

 そういう規制は先に言っておいて欲しい。僕が直接生徒に話を聞きに行っていたらどうするつもりだったのだろうか。

 「……僕達は目の前の『怪』を解決するしかない、と」

 「そういうことだ。今日は夕方ぐらいに出発しよう。時刻は関係ないしな」

 「……?」

 時刻が関係ない? 

 わけがわからなかったのだけど、室長はスマホゲームを始めてしまったので、僕は渋々退出した。

 



 夕方。春休みだけど練習をしている部活動も流石にこの時間まではやっていないようで、校内に人の気配はない。

 隣で白衣をはためかせている少女の見かけをした約四百歳はそれを埋め合わせるぐらいの存在感を放っているのだけど。

 「……今回も、やっぱり準備しているんですか、アレ」

 「当然だ。ほれ」

 ポケットからこれまでと同じように紙が登場。

 〈不可能脱出倉庫〉

 ……意味が、わからない。




 野瀬思中学校のグラウンドの端にあるぼろぼろの倉庫。

 そこが、今回解決するターゲットだ。

 「で、この倉庫がどういう『怪』なんですか?」

 見た感じ、幽霊でも出そうだ。非業の死を遂げた野球部員の亡霊とかが夜な夜な用具整理をやっているとかの『怪』だろうか?

 「この倉庫に入ると、他の場所に放り出されてしまうらしい」

 「……はい?」

 なんだそれ。

 空間に穴でも空いているのだろうか? それとも、転送魔術とか?

 いけないいけない。この学校で起こっている『怪』は人間の手によるモノだ。今回もなんらかのトリックが潜んでいると考えた方が良い。

 詳しく、聞く必要がある。

 「聞いた感じだとまったく不気味さが伝わってこないんですけど」

 「そうだなあ……一番多いのは人間だな。この倉庫に閉じ込められてしまった人間は、殆どがいつの間にか脱出しているんだ。周りを他の人間が見張っていても関係なしだ。まるでフーディーニだな」

 有名な脱出マジシャンの名前を出してきた。

 ということは、今回の肝になるトリックは手品的なものだということだろうか?

 「一番多いのが人間っていうことは・・・・・・他にもあるっていうことですか?」

 脱出したのが人間だけじゃないというのは、ちょっと気になる。

 能動的に動くことが出来るのは、動物か、人間かぐらいだ。

 「まあ、聞いた話だから話半分といったところなんだが、しまったはずの中の用具が外に放り出されていることはあったみたいだな」

 ならばそこまで大型じゃないだろう。

 となってくると、鈍い僕でも大体の見当は付いてくる。

 「・・・・・・室長、今回の『怪』って・・・・・・」

 「たぶんキミが想像しているとおりだろうな。倉庫自体に仕掛けがあるタイプだ」

 なるほど。今回は楽勝そうだ。




 ぼろぼろの倉庫の中はホコリっぽかった。

 あまり使われていないのだろう。所々溜まったホコリで変色しているようにみえるぐらいだ。

 「使われていない・・・・・・みたいですね」

 「だろうな。最近の中学生は外で遊ぶって事をしないようだ。運動能力の低下が心配されてしまうな。一国民としては将来をうれいてしまう」

 日本国籍偽造じゃねえか。金髪きんぱつ碧眼へきがんの純日本人がいてたまるか。

 そう突っ込みたかったのだけど、自重する。無駄にからかわれるような愚を冒すような僕じゃない。

 「じゃあ、コダマ。とりあえず床全体を見たい。浮かせてくれ」

 ほらきた。

 しかし問題が一つ。

 「今の状態だとそんな無理は出来ませんけど」

 「私の血を吸え。一時的に全開になるぐらいならば問題はないだろ」

 軽く言ってくださるけど、中々に堪えるんだけどな。

 「安心しろ。私ならすぐに発見できる」

 「・・・・・・わかりましたよ。肩出してください」

 「なに? 私に脱げというのか? このえっちなコダマ、略してエダマ」

 「とっととはだけてください」

 「洒落のわからない若者だ」

 茶化しながらも室長はその白い肌を晒す。

 あんまり躊躇しててもしょうがないので、僕はその首筋に噛みつく。

 流れ出る血液が喉を通り抜けるのと同時に、僕の中に能力が戻ってくるのがわかる。

 同時に襲いかかってくる、頭痛。

 口を離すと、わずかに血液がこぼれた。

 「よし、準備完了だな。やれ」

 「はいはい」

 集中。

 今の僕には、この倉庫内は全部視えている。

 転がっているボールの全体も、跳び箱の外も中も、マットの裏も表も、倉庫内に存在している物品をあらゆる視点から捉えていた。

 全部、持ち上げるイメージ。

 僕の髪と同じように、倉庫内の物品が全て持ち上がる。

 しばらく、室長はあらわになった床を観察していたのだけど、何かを見つけたのかある場所に寄っていく。

 「私の頭上以外は下ろして良いぞ」

 その言葉を合図にして、僕は室長の上に浮いている跳び箱以外の物品を全部下ろす。

 これで、多少は楽になった。

 そして、残っていた跳び箱も別の場所に適当に放っておく。

 ・・・・・・頭痛がひどくなってきた。

 「・・・・・・室長、やっぱまだダメそうです」

 「そうか。なら腕を出せ」

 ? 意図がわからないけど素直に差しだす・・・・・・って痛ぇ!

 何を考えているのか、室長は突然僕の腕の噛みついたのだ!

 「な、何するんですか⁉」

 「血が吸えればどこでもいいんだ。首筋にこだわる必要は無い」

 なにそれ初耳。てっきり吸血鬼は首筋から血を吸わないといけないと思い込んでいた。

 腕から引き抜かれるようにして、僕の能力が室長に奪われていく。

 やっぱり慣れないな、この感覚。

 一分もしないうちに調整は完了して、室長は僕の腕から口を離す。

 なぜか最後に一舐めしてくれたので、悪寒が走った。

 「で、見つかったんですか? 『怪』のトリックは」

 「ああ、よく見てみろ」

 ピンと伸びた室長の指先は床を指し示している。

 いや、よくよく見てみてたら、その部分だけがハッチのようになっているのがわかる。

 「これって・・・・・・」

 「脱出口だな。なぜ倉庫なんぞにこんなものがあるのかは不思議だが、これが『怪』の肝だ」

 言いながら室長は何でも無いようにハッチを開く。

 ジメジメとした暗黒の空間が広がってる。

 通るのは人一人が精々なのだけど、それでも通れる。

 「よし、行くぞ」

 「・・・・・・本気ですか?」

 「当然。何処に出るのかまで調査してから塞いでおく」

 行きたくないなぁ。結構潔癖気味の僕としては。

 「ごちゃごちゃ考えてないでとっとと行け」

 後ろから蹴り飛ばされて、僕はカビとホコリが充満した空間に落下した。




 落ちた先は地面だったので怪我を負うことこそなかったのだけど、それでも普通の人間だったら打撲ぐらいにはなってしまうぐらいの勢いだった。

 「ちょっと室長! もうちょっと優しくしてくださいよ!」

 「やかましい。私は傷心中なんだ。触れるモノ皆傷つけてしまうぞ」

 八十年代かよ。あといい加減にレヴィアタンは諦めてくれ。

 よく見たら隣にはしごがあった。本来はこれを使って降りてくるのだろう。

 しゅた、と華麗に室長は僕の隣に着地する。

 「・・・・・・ふむ。見たところ特に魔術的な介入はないな」

 「そんなのわかるんですか?」

 「魔術でこれを掘ったのならば、もうちょっとは気の利いた感じにするだろう」

 たしかに。

 僕と室長がいる空間はお世辞にも綺麗とは言い難い。

 どっちかと言えば、掘削してそのまま放置されている坑道といった風情(ふぜい)だ。

 壁面は土が剥き出しだし、安全対策なんてものが存在しているようには見えない。

 単に掘られている、穴だ。

 「・・・・・・どこまで、続いてるんでしょうか?」

 「それを知るには、進んでみることだな。なんでも同じだ。やってみればわかる」

 そりゃそうだけど。

 その結果氷漬けになって封印された人物が言うと、どうにも納得できないというか、腑に落ちないというか、なんとも言えない気分になる。

 光源がないので本当は真っ暗なのだろうけど、なり損ない吸血鬼と吸血鬼の二人組には関係ない。ずんずん、進んでいくだけだ。

 百メートルも歩かないうちに、行き止まり。

 そして、目の前にははしご。

 「上れ、コダマ」

 「レディ・ファーストでどうぞ」

 「男を見せる場面だろうが」

 「僕は男女平等主義者です」

 「小唄クンにあること無いこと吹き込むぞ」

 「・・・・・・上らせていただきます」

 くっそ、小唄を出すのは反則じゃないか。

 アイツがこれ以上室長みたいになってしまったら、僕は何処で安息を得れば良いのだろうか? 自宅でも百怪対策室でもからかわれ続けるのは勘弁だ。

 上っていくうちに、天井があることに気付く。

 いや、天井じゃない。蓋だ。

 こちらから押し開けることが出来るようになっているのだけど、なにか文字が書いてある。

 「『これはきみ達のようないじめられっ子のための脱出ルートだ。決していじめっ子には教えてはいけない。どう聞かれても知らぬ存ぜぬを貫き通せ』? なんだこれ」

 「これを掘った人物からのメッセージだろうな。おそらく、あの倉庫は閉じ込めるのに使われていたんだろう。ゆえに、それを不服に思った『誰かさん』が掘った、というところか」

 勝手にこんなん掘られてしまった学校側としてはたまったものじゃない。

 だけど、製作者の気持ちも、利用していた生徒達の気持ちもわかる。

 ・・・・・・味方がいないっていうのは、辛いもんな。

 「とっとと開けろコダマ」

 室長にはわからない感情だろうけど。

 言われたとおりに僕は蓋を持ち上げる。

 夕焼け空は、すでに紫に変わり始めていた。

 たぶん、グラウンドの隣に存在していた雑木林なのだろう。視界が悪い。

 ここならば、そうそう出入りする瞬間を発見されるということもないわけだ。

 「やれやれ。推理小説なら読者に散々叩かれてしまうような展開だな」

 いつの間にか室長は隣にいた。

 「・・・・・・これも、塞いでしまうんですか?」

 「もちろん。放っておいたら『怪』になる。そうなったら、あの倉庫に入った瞬間どこぞに転送される可能性だってあるからな。それに・・・・・・」

 「それに?」

 「大人しくいじめられるだけじゃなく、噛みついてみるぐらいの気概は必要だからな」

 やっぱり、この人にはいじめられっ子の痛みとかは遠いようだ。

 「さて、どうやって塞ごうか。やはり入った瞬間激痛が走るように細工するか」

 「・・・・・・普通に埋めてください」

 傷ついた少年少女に対して更にトラウマになるような行為をするな。

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