七不思議その三 誰もいないのに鳴り響くピアノ

 野瀬思中学校七不思議攻略戦、三日目。

 予定通りのペースで『怪』を解決して言っている僕達にトラブルが発生していた。

 「ぁぁぁ……私のレヴィアたん……」

 がっくりとうなだれている室長。僕はそれを冷めた目で見ていた。

 「今からとんぼ返りしてみたらどうですか? 室長ならそのぐらいは出来るでしょう?」

 「そんなことをしていたら昨日の分のアニメが消化できないだろうが。くそっ、こんなことならばヘムを百怪対策室に置いておくんだった。そしたらレヴィアたんを逃すこともなかっただろうに……!」

 何が起こっているのか? 

 実は今日、室長がはまっているゲームである『デモンズこれくしょん』(通称デモこれ)での突発イベントが発表されたのだ。

 しかもこのゲーム、スマホだとできない。PC専用のゲームだ。

 もちろん、室長は今回ノートパソコンも何も持ってきていないので、今日をいれて後五日間ほどはデモこれにログインできない。

 それによって、突発イベントでの配布キャラである限定制服レヴィアタンというキャラクターが入手できないことが確定したのだとか何とか。

 すっげぇどうでもいい。

 つうか、本物の悪魔召喚できるような魔術師がゲームのキャラクターにお熱なのはなんとも形容しがたい気分にさせられる。

 「いいじゃないですか、そんなデジタルデータぐらい」

 「キミはわかってないな。デモこれの突発は復刻しないことで有名なんだ。一度配布されてしまったキャラの使い回しを頑として許容しない硬派なスタッフ揃いで売っているゲームだからな」

 商魂たくましいのかそうでないのかの判別がつかない怪文書的台詞は止めて欲しい。僕の処理能力には限界がある。

 「引退したらどうですか?」

 「私に死ねというのか?」

 やっすいなぁ、室長の命。

 これを狙っていた木角きかど利連りれんあたりはどういう感想を抱くのだろうか。

 あんまり考えたくはないのだけど。

 そういうやりとりがあったのが昼間。

 そして、現在。時刻は夜。

 そう、僕達はまた夜の野瀬思中学校にやってきていた。

 『怪』の調査と解決のために。

 流石に仕事となったら室長も気分を多少は切り替えるようで、今はシャキッとしてる。

 「……帰ったらガチャ回そう」

 訂正、全然ダメそう。

 「アホなこと言っていないで今日のターゲットを教えて下さいよ」

 「ああ、これだ。とっとと終わらせて帰ろう」

 またしてもポケットから現れる紙。

 〈誰もいないのに鳴り響くピアノ〉

 ……ベタ。




 何処にでもあるような怪談の一つ、それこそが野瀬思中学校七不思議が一つ、『誰もいないのに鳴り響くピアノ』だ。

 手垢が付きまくって、変色して、さらに光沢まで放っているような話なのだけど、だいたい僕が想像した通りだった。

 曰く、夕方から夜中にかけてその『怪』は発生する。

 施錠されているはずの音楽室から、ピアノ演奏の音がするという。

 時に切なく、時に情熱的に、その演奏はとても上手いらしいのだけど、確認しに行ってみると、鍵がかかっている。

 生徒が残っているのかと思って、鍵を開けて中に入ろうとした瞬間に演奏がピタリと止むという。

 そして、やはりというかなんというか、音楽室のたった一つのグランドピアノには誰も座っていない。座っていたという痕跡さえもない。

 なんなら、演奏準備さえ整っていないそうだ。

 ピアノを弾くには鍵盤を覆っているカバーみたいな部分を上げる必要があるのだけど、それもきっちりと降りているという。

 さらに、音楽室の中を探してみても、誰もいない。

 演奏者なしにピアノが勝手に鳴り響いたとしか思えないような現象。

 しかし、そんなことがあり得るはずもない。

 理解不能の現象は、いつしか野瀬思中学校七不思議の一つとして語り継がれるようになっていたという。

 そういう、話だ。

 「幽霊が弾いているとかじゃないんですか? そのぐらいはやりそうですけど」

 これまでの僕の幽霊経験から言うと。

 「幽霊が物理的干渉力を得るにはかなりの執着が必要になってくるんだ。演奏なんて技術的な下地が必要なモノならば尚更だ。で、学校のピアノにそこまで執着しているようなヤツがいると思うか?」

 いないんじゃないかぁ。

 ピアノを弾けるって言うのならば、家にピアノがあるだろうし、学校のよりも、そっちに執着しそうだ。

 仮に、学校のピアノにすさまじい思い入れがある人物がいたと仮定しても、そのうえで、死んでおり、幽霊になるほどに未練を抱えている必要がある。

 確率としては、低いと言わざるを得ないだろう。

 と、なると。

 この『怪』に関してもなんらかの作為が働いていると推測するのが妥当だろう。

 そうじゃなかったら、どこからともなくピアノ演奏に対して異常に執念を燃やす浮遊霊あたりが居着いてしまった、ぐらいしか思いつかない。

 ……どんな確率だ、それ。

 「今現在の室長の見解をお聞きしたいですね」

 この件の中心になっているのは音楽室なので、必然的にそこに僕と室長は向かっている。

 夜の学校なのでちょっとばかりは不気味なのだけど、もう三日目になってくると慣れてくるし、この程度のホラー要素なんぞ夏休みからここまでで散々体験してきたのでそこまで動じない。

 僕よりも場数を踏んでいる室長なんぞ、『怪』よりもデモこれのほうが気に掛かっているぐらいのリラックスっぷりだ。こんなんでいいのだろうか。

 そういう益体のないことを考えていると、あっという間に目的地に到着する。

 〈音楽室〉

 味も素っ気も無い書体でプレートにはそう書いてある。

 しかしながら、今のところは静寂。

 ピアノ演奏なんて聞こえないし、何かしらの気配もない。

 「どうします? 待ちますか?」

 「そんなわけあるか。すでに『怪』として実体を得ているだろうからこれで十分だ」

 すうぅ、と室長は息を吸った。

 「さあて! しょぼくれの七不思議がっ! 私が完膚なきまでにたたき伏せてやるから覚悟しろッ!」

 うっさ! こんなにデカい声でるのかこの人。

 普段はちょっとローテンション気味なので予想していなかった。

 が、どうやら『怪』のほうにはえらく気に障(さわ)る発言だったらしい。

 演奏が、始まった。

 多分クラシック曲なんだろうけど、音楽に明るくない僕には曲名はわからない。

 しかし、演奏はよどみなく、軽快な調子で奏でられる鍵盤の音は素人でも賞賛したくなるほどだった。僕程度に賞賛されても困るだろうけど。

 「……室長」

 「安い挑発に乗ってくれるとはな。思ってた以上にガキ臭い。多分この『怪』を仕掛けたのは生徒側だろうな」

 「そんなことまでわかるんですか?」

 「当然。『怪』は製作者の性格やら性質を引き継ぐからな」

 初めて聞いたよ。もっと早くに教えておいてくれ。

 「ではではぁ、ご開帳と行こうじゃないか。解錠アンロック

 かしゃり、と鍵が外れる音。

 一毫いちごうの迷いもなく、室長は音楽室のスライドドアを開け放った。




 ドアが開かれるとの同時に、演奏が止む。

 それはもうぴたりと。

 再び静寂に満たされた音楽室には、動くモノは一切存在していなかった。

 奥に鎮座しているグランドピアノも動揺。どころか、話通りに鍵盤の蓋は降りている。

 今の今まで演奏していたのならば、こんな状態にはなっていないはずだ。

 「……あー、予想通り過ぎてミスリードを疑いたくなくってくるな、これは」

 「ミスリード?」

 「自信のある推測なんだが、あんまりにも想定通りだと、な」

 なぜか室長は微妙に嫌そうだ。

 想定通りならば、そんな顔をする必要は無いと思うのだけど。

 「……どこから、調べますか?」

 調査しないことには始まらない。『怪』の正体を知るためにはそうしないと。

 「んー……多分窓の側だろうが、……邪魔だな」

 窓?

 窓の側には多種多様の楽器が置かれている。

 分厚いカーテンが掛かっているので、日光による劣化への対策はしてあるのだろうけど、確かに邪魔だ。

 「どかせ、コダマ」

 だろうと思った。

 



 なり損ない吸血鬼の筋力ならば楽器を動かす程度のことは問題ないし、その上に、僕には念動力がある。

 見えている上に、動きもしない無機物相手ならば能力行使になんの問題も無い。

 壊さないようには気をつけつつ、楽器を教室の中央付近に移動させる。

 窓周辺は綺麗になった。

 が、特になにもない。

 『怪』の元になりそうな奇天烈なモノはない。

 普通の壁があるだけ。

 「……動かしましたけど」

 何も言わずに室長は窓に近寄る。

 そのまましばらく壁をなで回していたのだけど、何も見つからなかったらしく、戻ってきた。

 「コダマ、スマホ出してくれ」

 「は? なんでですか?」

 「いいからいいから。私のはデモこれにログインできないショックで忘れてきたんだ」

 「はあ、いいですけど……何に使うんですか?」

 「探しものだ」

 ポケットに入れていたスマホを室長に渡す。

 特にロックはかけていなかったから、そのまま室長はスマホを操作する。

 設定画面……?

 室長は何をするつもりなんだろうか?

 そうやってしばらく操作していたのだけど、室長は僕にスマホを返す。

 「音楽の一つや二つは入っているだろう? ちょっと再生してみてくれ」

 わけがわからない。

 何か考えはあるのだろうけど。

 素直に僕はリストを呼び出して、先頭にある曲を再生。

 スマホからは音楽が流れなかった。

 代わりに、中央付近に移動された楽器群、その中から僕が再生した曲が聞こえてきた。

 何で⁉

 困惑している僕を尻目に、室長は音の発生源に向かう。

 ある程度の場所がわかっているので、すぐに何かを見つけてソレを木琴の裏から外した。

 四角形の……なにか。

 いや、曲はソレから流れているのだから、おそらくはスピーカーなのだろう。

 「今回の『怪』のしょうたーい。それはこのスピーカーだ」

 やっぱスピーカーなのか。

 だけど、どういうことだ?

 なぜこのスピーカーから僕の曲が流れている?

 なぜこの『怪』の正体がスピーカーなんだ?

 疑問が解けない。

 「んあ? もしかしてコダマ……まだわかってないのか?」

 ぐ……あまり悪意は感じない不思議そうな顔だけど、それがかえって腹立つ。

 我慢我慢。ここで僕がヘソを曲げてもなんにも変わりゃしないんだ。

 「残念ながらその通りです。僕には未だにさっぱりですよ」

 「最近の若者がそのていたらくでどうするんだ。というか、キミはもしかしてこの機能を知らなかったのか?」

 「どの機能ですか?」

 「blue tooth」

 なにそれ?




 先に言い訳をしたい。

 僕は別に技術オタクというわけじゃない。ゆえに、自分が所有している通信端末の性能限界とか拡張性に一喜一憂するような変態ではない。

 当然のように、隅から隅まで説明書を読むということもなく、電話とネットができたら良いだろうぐらいの認識だった。

 だから、別に初めて聞く単語があったとしても不思議じゃない。室長のほうが僕のスマホのことに詳しくってもまったく不思議じゃない。だって、この人大分オタク入っているし。

 「キミなぁ……よぼよぼのおじいさんじゃないだからこの程度の技術は使いこなせなくても知っているべきじゃないのか? 便利な機能なんだから」

 ゆえに、室長のこのいさめるような言葉は全く無意味だ。

 興味がある分野は人それぞれ。きっと同じようになんとなくでスマホ使ってる高校生も大いに存在しているに違いない。

 声を大にして言いたい。若者がテクノロジー使いこなしていると思ったら大間違いだからな!

 「とっとと種明かしをしてしまおうか。このワイヤレススピーカーで曲を流す。そして、音楽室の鍵が開けられたら停止。これによってピアノを弾くことなく『怪』が成立する。多分窓から覗いてたんだろうな。ガラスぐらいは貫通する。以上、終わり。帰ろう」

 おざなりにも程がある。

 「ちょっとちょっと、ですよ」

 「なんだコダマ。私は傷心中だから早く宿に戻って深夜アニメに備えたいんだ」

 そっちのほうがどうでもいい。

 「……『怪』の仕組みそのものはわかりましたけど……語り継がれていたんでしょう? 生徒側が仕掛け人だったとしても、その……ブルートゥース? っていう技術はそんなに昔からあったんですか?」

 僕には思えない。

 「そんなの簡単だ。『昔からそういう話があった』という噂を流してしまえばいい。元々学校の七不思議には音関係の不思議が必ずと言って良いほどある。この『怪』が仕掛けられたのはごく最近だろうが、元々そういう下地はあったんだろう。それを取り込んで、成立してしまったんだ」

 つまり、この『怪』とは無関係に演奏されるピアノがあった?

 ということは、まだ終わっていないんじゃないのか?

 「コダマ、過去に存在した『怪』を取り込んでしまった以上、これで終了なんだ」

 流石に学校内と言うことで多少は遠慮しているのか、室長はタバコを咥えはするが、火は点けない。

 「実績を取り込んで活用してしまったからには、リスクも同様だ。解明されてしまったからには、最早この学校において、『誰もいないのに演奏されるピアノ』は存在できない。暴かれた神秘は過去にさかのぼって己を殺すからな」

 幽霊の正体みたり枯れ尾花。

 現象に解体されてしまえば、過去の恐怖体験も一緒に解体されてしまう。 

 少なくとも、今まで通りに身を震わせることはなくなる。

 そういうことか。

 「それでも、一つ疑問が残りますね」

 「なんだ? 言ってみろ」

 「この『怪』を仕掛けたヤツは何を思ってやったんでしょうか?」

 わざわざワイヤレススピーカーを購入して、木琴の裏に貼り付けて、更には何度も何度もトリックを実践。

 それだけの労力、ほかに回せないのか?

 「さあ、私にもわからん。子どもの考えることはいつでもわからない。私は大人だからな」

 大人はゲームのキャラクターに入れ込んだりしないと思う。

 「さあて、終わり終わり。とっとと帰ろう。そして全部おわったらガチャ回そう」

 「はいはい」

 こうして、三つ目の七不思議は終わった。

 あと、四つ。

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