七不思議その二 少女が飛び降り続ける窓

 野瀬思中学七不思議攻略戦、二日目。

 時刻としてはすでに夜。

 ちょっとばかり離れた場所にホテルがあったので、僕と室長はそこに宿をとっている。

 もちろん、別室。一緒の部屋にされてたまるか。どんないたずらをされるのかわかったもんじゃない。それに、僕にはちょっとばかりやることがあった。

 春休みの予定全キャンセル。

 一週間ほどこの場所に拘束されることは決定してしまったのだから、必然的に一週間以内の予定は全部実行不可能。特に友達と遊びに行く系統の用事は無理だ。

 というわけで、僕は平謝りで不義理をわび、そして解放されたら埋め合わせをする約束をする運びになってしまった。

 ……中学の時の友達と遊ぶ予定もあったのだけど、おじゃんだ。

 せめて事前に言われていたのならばなんからの対処もできたのだけど。

 「……なぜ僕は自分の母校でもない中学校の七不思議なんてものを解決に来ているんだろう」

 「そりゃあ、私の助手だからだ。カネを払っている以上、働いてもらうぞ」

 雇われている身は辛い。僕の場合は自分の能力を室長に預かってもらっているという弱みも加えて、二重に逆らえない。

 下手に逆らって、能力を全部返却されてしまったら多分僕は二十四時間以内に死亡するだろう。その自信がある。

 童子切り安綱の時に一時的に全開状態になった時には吐き気にめまいに寒気にと、サイアクの状態だったのだから、あれがずっと続くとなればそれはひどいことになるだろう。

 愚痴はこのぐらいにして、そろそろ今夜の『怪』を始めよう。

 「先に、今日解決するつもりのヤツの説明をお願いしてもいいですか?」

 「いいだろう。今夜の『怪』はこれだ」

 するりと室長の白衣から登場したのは、またもや筆で書かれた『怪』の名前。

 〈少女が飛び降り続ける窓〉

 ほーう。これまたなんともスプラッタの香りがする。




 野瀬思中学校には当然のように窓が沢山ある。

 いやまあ、窓がない中学校があったら教えて欲しい。それは最早学校という建造物じゃなくて、もっと別の何かだと思うけど。

 そしてその中の一つ、三階のとある窓が七不思議の対象。

 七不思議は窓そのものじゃない。

 この窓から飛び降りる少女が何度も何度も目撃されているのだ。

 野瀬思中学の制服を着た、ロングの黒髪をした女子生徒。

 わかっているのはそれだけ。近くで目撃した人間がいないために、正体はつかめていないし、なにより、顔もわかっていない。

 なんでも、この女子生徒は最初、外に後頭部を向けるようにして窓に座っているのだけど、それから体を捻って校舎側に顔を向けて落ちていくのだという。

 よって、顔もわからないし、名前も、正体も、幽霊なのか、実在している人間なのかもわかっていない。

 ただ、同じ窓から、同じように落ちていくのが何度も目撃されているだけだ。

 さらに、奇妙なのはこれだけじゃない。

 女子生徒が落下したはずの場所、そこには何も落ちていないのだ。

 人間が落ちているのならば、納得が行く。ああ、窓でふざけていて落ちてしまったのだな、という具合だろう。……いや、そんなに冷静じゃないだろうけどさ。

 しかしながら、落下予想地点に駆けてつけても、そこには何もない。

 髪の毛一つ落ちていないというのだから奇妙だ。

 まるで死体無き殺人事件のように、死体無き飛び降りが何度も何度も繰り返されているのだ。

 そんなくだんの窓は今僕と室長の目の前にある。

 なんの変哲も無いアルミサッシの窓枠に、これまたよくあるガラスがはまっている。

 特に瘴気を感じるとか、魔術の気配がするとか、特殊な構造になっているとかいう可能性はない。さっき室長は魔術的な痕跡をさがしたみたいだったけど、何も見つからなかった。

 鍵を開けて、開け閉めしてみても同じだ。特に異常があるような様子は感じられない。

 「本当にこの窓なんですか? 他の窓だったとかいうオチじゃないですよね?」

 「コイツで間違いない。新校舎の三階の角。他には窓がないからな」

 構造上、そうなっているらしい。

 とはいえ、こうやって目の前にしても『怪』の片鱗さえも感じられない。 

 なんなら小唄の部屋の窓のほうが禍々しいぐらいだ。

 小唄のヤツは自分の部屋の窓にべたべたとシールを貼りまくっているので、劣化しているシールが、それはもうひどいことになっている。

 「……この場所から見ても『怪』は発生しないのかもしれないな」

 そんなことを呟くと、白衣をひるがえしながら室長は階段のほうに向かっていく。

 「何処に行くっていうんですか?」 

 「『怪』が発生しそうな場所」

 どこだよ。




 現在地、例の窓の真下。

 見上げると、三階の窓は見える。

 ちなみに、僕達がいるのは地面の上だ。

 当然のように目の前には一階の窓が存在している。

 「……ははぁん。なるほど」

 にたり、と室長が笑う。

 「え、何かわかったんですか?」

 窓から校舎内を覗いてみても、見えるのは教室とトイレぐらいなものだ。特にヒントになりそうなものは見えない。

 ぐるりと周囲を見渡しても、それは同じこと。

 というか、この場所は職員室やらが存在している旧校舎が側にあるので、死角が多い。

 僕が見逃しているだけなのかもしれない。

 「行くぞ、コダマ」

 「は? え? どこに?」

 「決まってるだろ。『怪』を見ることが出来る場所だ」

 


 

 室長が進むに任せて辿りついたのは、グラウンド。

 ここからだと、『怪』が発生する三階の窓は何とか見えるけど、二階から下は旧校舎に隠されてしまって見えない。

 それでも、肝心要の窓は見えるのだから特に問題はないのだろう。おそらく。

 「ふむん。多分この近辺だろうな。とは言っても、本来は夕方ぐらいか」

 腕組みをした状態で室長は一人で納得してる。

 「一人で納得していないで僕にもわかるように説明して頂けませんか? 生憎と僕は読心能力を持ち合わせているわけじゃないんですよ」

 「言っただろうが。『怪』が見える場所にやってきたんだ。……お、早速か」

 何が早速なんだ? 

 室長の視線を追ってみれば、例の窓に女子生徒が腰掛けているのが見えた。

 長い黒髪がわずかに揺れている。

 こっちに後頭部を向けているので顔はわからないけど、危険なことには違いない。

 ぐらり、とその頭が揺れた。

 え? 

 僕が何かを言う前に、そして能力を発動する間もなく、女子生徒は体を捻りながら窓から転落した。

 いやに浮遊感を感じるゆっくりとした落ち方で、女子生徒はそのまま下に落下し、旧校舎に隠れて見えなくなってしまった。

 「し、室長。今……」

 「聞いたまんまで面白みがないな」

 くっそこのメンタル超合金かよ! 目の前で飛び降り自殺まがいの行為が起こっても眉一つ動かしゃしない。『怪』という事前情報がある、というのも一要素なのだろうけど、ここまで冷淡だとちょっとばかり引く。

 「それじゃあ現場に行って見よう。この『怪』の肝はそこにある」

 現場? 現場ってどこだよ。あの窓をもう一回調べるっていうのか?

 「行くぞコダマ。目的地は落下予想地点だ」




 再び一階。というか厳密に言うと外。

 三階の窓から落下したのならば、この場所に落ち来るはずなのだ。

 この、真下に。

 だけど、何もない。 

 死体も、死にかけの人間も。そして、何かが落下したかのような痕跡さえもなかった。

 なんだよ、これ。一体何が起こったんだ? 僕は本当に落下した女子生徒を見たのか? 

 そんなことまで疑ってしまいそうになる。

 間違いなく、僕は見たというのに。

 なるほど、これは確かに不気味だ。

 何度も何度もこんなのが繰り返されてしまったら嫌気が差す程度じゃ済まない。

 「……はぁ。なんとも肩すかしだな」

 やる気なさそうに言いながら、室長はすでに葉の入っていない煙管(きせる)を取りだして咥えていた。

 「肩すかしって……確かに死体も何もないですけど……」

 「そういうことじゃない。『怪』の仕組みが肩すかしだっていう意味だ」

 ……は?




 何も痕跡を残さずに飛び降り続ける少女の『怪』。それを室長は肩すかしだという。

 この場合の肩すかしというのは、多分、しょぼいってことなんだろう。

 僕には全然わからない。

 こんなホラーでしかないような光景が何度も何度も繰り返されてしまったら、それは恐怖しか起こらないだろうし、生徒だったとしたら、不気味さにも拍車がかかるだろう。

 しかし室長と僕は再び三階に来ていた。

 「では解説、というか、引導を渡してやろう。まったく、この程度で『怪』になってしまうとは……ここの生徒と教員の将来が心配になってくるな」

 からり、と室長は窓を開ける。

 どうするというのだろうか。『怪』に引導? つまりは、何らかのトリックを暴いてやると言うことか? だけど、僕には見当も付かない。

 「今回の怪談の不気味さっていうのは何だ?」

 唐突な質問。だけど、これが必要なんだろう。解決には。

 「窓から女子生徒が何度も飛び降りるという繰り返しと、落ちたはずの場所に何もないって事ですね」

 「そうだ。どっちか片方の要素だけでは『怪』にならない。二つそろって初めて『怪』になる。では実演してやろう」

 言いながら室長は窓を開けて窓枠に腰掛ける。

 「外からは後頭部が見えるわけだから、このように座っている状態だ。浮遊レビテーション

 ほんの少しだけ、室長の体が浮く。 

 「そして体を捻りながら落下する」

 ゆるゆると、落下。

 使った魔術のおかげで、室長の小柄な体はゆっくりと落下していく。

 窓から身を乗り出して僕はそれを見ている。

 「この辺りだな」

 一階の窓らへんで室長はそんなことを言った。

 かと思うと、あらかじめ開け放っていた窓から校舎内に侵入。

 地面に降り立つことなく、窓から落ちた室長は中に入った。

 三分後、何事もなかったかのように室長は戻ってくる。

 「これが真相だろうな」

 「いやいや、魔術使ったじゃないですか。まさか生徒やら教員やらに魔術師がいたっていうんですか?」

 そんなん反則じゃないか。

 大抵の事はやり遂げられてしまう。

 「アホか。今回は流石に準備が間に合わなかったから私自身で実演してやっただけの話だ。本来は人形、いや風船みたいなモノを使ったんだろうな」

 は? 人形? 風船?

 「まだわかってないのか。飛び降り続けていたのは人間じゃない。人間に似せた作り物だ」

 作り物……そう、か。確かにそうだ。僕が見たのは後頭部と制服。肌の露出部分はほとんど無かったし、その上に着ている制服でかなりの部分を判断してしまっている。

 落下した少女がどういう顔をしているのかさえも、僕は見ていないんだ。

 人型の風船でも持ってきて、それにカツラをつけて、制服を着せる。

 手先は手袋でも何でもしてりゃあいいだろう。

 中身はほとんど空みたいなモノ。落下エネルギーは制服分考えれば十分。

 その上に、使い回せる。

 確かに、これなら何度でも飛び降りる、いや、飛び降りさせることが可能だ。

 まて、だけど……。

 「落下したんなら、跡ぐらいは残るんじゃないですか? いやいや、もっというのならば、落下直後に人が駆けつけてしまったら台無しですよ。一度露見したら全ておじゃんな『怪』なんですから」

 「それがもう一段の肝だな。飛び降りが実行されるときには少なくとも二人が協力している。三階の人間と、一階の人間。三階が人形を突き落として、一階の人間が校舎内に回収して、即座に隠蔽いんぺいしていたんだろう」

 隠蔽? 風船みたいな人形を? ……あ!

 「そうだ、気付いたみたいだな。使っていた人形が風船みたいな代物ならば隠すのは簡単だ。空気を抜いてしまったらぺらぺらになってしまうからカバンにでも入れたらわからない。そして、それを実行するのにはちょうどいい地理的条件もそろっている」

 トイレ。

 そこには、個室がある。

 一階に待機しているヤツは、窓から人形を引き込み、そのままトイレに直行。

 空気を抜きながら、制服やらを剥ぎとる。

 後は、自分が着れば良い。

 それまではジャージでもなんでもいい。

 最後に何食わぬ顔でトイレから出てくれば、目立つような状態じゃないだろう。

 つうことは……。

 「そう、今回の『怪』は複数で製作されたモノだが、少なくとも一人は女子がいる。何を思ってこんなアホなことを仕掛けたのかはわからないが」

 至極つまらなそうに室長は肩をすくめる。

 地理的条件と、複数の人間が関与していたことによって可能になった仕組み。

 これが、少女が飛び降り続ける窓の正体というわけだ。

 しかし、どうやって解決したものだろうか。

 手法がわかっても、これを防ぐことは難しい。

 旧校舎によって、一階部分が目隠しされてしまっている現状では。

 情報の上塗りしか、ないのだろうか。

 「解決法でも考えているのか?」

 お見通しか。

 「ええ。犯人が人間だったっていうのはちょっと安心しましたけど、これをどうにかするのは大変ですよね。防ぎようが……ないし」

 「防ぐのは簡単だ」

 なにぃ⁉

 「どうやってですか?」

 「こうやってだ。頑強封鎖ハード・ロック

 ぽわんとした淡い光が窓全体に広がる。

 「何したんですか?」

 「この窓自体を『固定』した。ぶっ壊さない限りは開かない」

 ……なんとも、力業。

 確かに、窓が開かなければ飛び降りようがないのだけど。勝手にこんなことをやってしまっていいのだろうか。今度はこの窓自体が『怪』になるんじゃないのか?

 「心配するな。建て付けが悪くなってきて開かなくなってしまった、とでも言っていればいぶかしむ人間はそうそういない。不都合なのは『怪』を創り出そうとしていた犯人共だけだ」

 そして、詮索するようなヤツはいたずらの関係者、か。

 一石二鳥どころじゃない。

 「トリックの情報を開示しつつ、犯人達の動向探る感じですか?」

 「そういうことだ。とりあえずはこの程度の処置で今は十分だろう。解決済みボックスに放り込んでおけ」

 そんなのは用意していないし、用意する予定もない。

 が、少女が飛び降り続ける窓はこれでとりあえずの解決といった所みたいだ。

 落としどころとしては、確かに肩すかし。

 だけどまあ、いいんじゃないだろうか。

 犯人がバレないいたずらがあっても良いと思う。

 少なくとも、僕は。

 「あと五つか。……まったく、面倒くさい」

 僕はもっと面倒くさい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る