最終怪 学校の七不思議

はじまり、はじまり。そしておわり。

 春休み。

 そう、学生にとっては最も楽な長期休暇じゃないだろうか?

 うだるような暑さの夏休みでもなく、骨まで凍えるような冬休みでもなく、うららかな春の訪れを感じながら、木々が芽吹いていくのを直接的に感じながら新年度に期待する。

 少なくとも僕、空木うつぎコダマはそう思っている。いや、思っていた。

 僕にとって、高校一年生の春休みもそういう風になるはずだったのだ。

 そう。現状は違う。

 なぜならば、僕は拉致らち同然の状態で室長のクルマに乗せられているのだから。

 終業式が終わって、家に帰り、自室に入ると室長がいた。

 いつの間にか僕の分の荷物をまとめていた百怪対策室室長、ヴィクトリア・L・ラングナーはこう宣言した。

 「コダマ、この春休みはちょっとした大物を狩りにいくぞ。一週間ほどかかるが、特別手当を出すから我慢しろ。ちなみに、笠酒寄クンは後から合流する。というわけで小唄こうたクンには話をつけてあるから安心だな」

 僕の私物をみちみちに詰め込んだスーツケースをこっちに放り投げながら、室長はそのまま部屋から出て行こうとする。

 冗談じゃない! 一応春休みの予定もあるんだぞ⁉

 抗議しようとした僕の目の前には、すでに室長の掌があった。

 「睡眠付与エンチャント・スリープ

 そこから先は何が起こったのかわからない。

 

 


 手足が縛られてるっていうのはなんともイヤな感じだ。

 第一に、痛い。第二に、自由に動けないからストレスが溜まる。第三に、屈辱的だ。

 そして、僕はそういう状態でクルマの後部座席に転がされているときた。

 普通ならば、なんらかの事件に巻き込まれてしまったのかと恐怖におののく場面なのだろうけど、生憎そこまでヤワな神経はしていない。

 「なんのつもりですか、室長」

 鼻歌交じりにクルマを運転している主犯に問いかける。……主犯兼実行犯だけど。

 「ん? 起きたのか。いい加減に目を覚ましてもらわないとまずい頃合いだったからちょうど良いな。さすが私。時間調節も見事だ」

 自画自賛してるんじゃねえ!

 今すぐ能力を発動して、その金髪をむしってやろうかという考えが脳裏をよぎるけど、却下。あとで僕の首がちぎられそうだ。

 「いや、質問に答えてくださいよ。なぜ僕は拉致されているんですか? 犯罪ですよ、完全に。しかも対象は未成年」

 「家族の了承は取ってあるから問題ない」

 妹じゃん! 未成年じゃん! 親どうするつもりだよ⁉ 

 「小唄クンの説得術に期待するしかないな。大丈夫、いざとなったら私がなんとかする」

 それって、また魔術を使うって事だよなあ。そろそろ統魔も新体制に移行し始めているので何かしらに引っかからないのか心配になってくる。

 くそ、そのときはそのときで僕は無関係だっていうことを徹頭徹尾主張しておこう。

 そう決めたら、後は迷うことない。

 僕の手足を縛っている縄に視線を集中。

 (ぶち切れろ!)

 縄そのものが回転してねじ切れる。

 一カ所切れたらそのままほどける。

 超能力者相手に普通の拘束がどれだけ意味が無いのか証明する結果になった。

 「……それで、大物って言ってましたけど、どういう大物なんですか? まさかまた童子切り安綱どうじきりやすつなみたいなとんでもない化け物と戦うミッションじゃないですよね?」

 冬休みの妖刀騒ぎの元凶。あれとの戦いが再来したらたまったもんじゃない。なりふり構わず僕は応援を呼びまくって、全力で回避に徹する。

 「あんなのがホイホイいてたまるか。私だって奥の手を切らないと殺すのには苦労するんだ。そんな面倒くさいのは八久郎やくろうあたりに任せておいて、私達が相手にするのは統魔が関心を持たないような『怪』だ。……いや、今回は怪談だな」

 運転中なのであくまで前だけを見て室長は答える。

 怪談? 今の時期に?

 だがしかし、怪談一つに一週間もかかるものだろうか? 調査目的とかいうならばわからないでもないけど、室長がそんな七面倒くさいことをやるとは思えない。

 見つけ次第解決してしまうだろう。

 つうか、大物の怪談って何だよ。本にも載っているような有名どころを解決しようっていうのか? 馬鹿な。

 怪談なんてのは人から人へと伝えられていく過程で尾ひれがついていくものだ。

 累積るいせきしていった尾ひれは、最終的にとんでもない化け物を生み出すことになったりするけど、きっかけになった噂話にも満たないような冗談を解決するなんてことは出来ない。 

 全ての人間からその怪談の記憶を抹消することが出来るのならば可能なのかもしれないけど、ネットも発達してしまった現代社会においてそれは不可能。

 なんなら、その『記憶を抹消する』という行為自体が新しい怪談になりかねない。

 この場合は都市伝説のほうがニュアンス的には近いような気がするけど。

 「全くもって話が見えません。怪談を解決するにしてはあまりにも仰々ぎょうぎょうし過ぎると思うんですけど」

 着の身着のままでいけそうだし。

 「ところがなー、そうもいかないんだ。今回は大物だからな。いっぺんに解決してしまうには時間が足りないし、手も足りない。そして最後に時期がちょうど良い」

 「どうことですか?」

 「今回の獲物はな、“学校の七不思議”なんだ」

 …………がっこうのななふしぎ?

 えぇ……。

 「……そんなのどうしようもないじゃないですか。学生の中に語り継がれる校内限定の噂みたいなものなんでしょう? 解決しても次のが発生するだけですよ」

 「ところがどっこい。普通の七不思議なら眉唾物なんだが、今回のは七不思議の内六つまでを教員が確認してしまっているんだ。最近は不気味がって残業さえも出来ない状態らしい」

 残業しないようにしたらいいじゃないか。そういう所から変えていこう。

 「実害はあってないようなモノなんだが、学校そのものに対しての評判、というやつもある。……コダマ、キミの中学にもあっただろう? 七不思議」

 あった。僕の通っていた九臙脂くえんじ中学校にももちろんそういうのはあった。

 夏休みに室長に引導を渡されてしまった『動く標本』だけじゃなくて、他にも。

 「生徒内で話半分どころか、ちょっとした話の種ぐらいに扱われているのならばいいんだ。しかしながら、教員までが見たと主張している以上、ここから先は何かしらの対策が必要になってくる。口に戸は立てられない。学校というせきを破った七不思議が拡散し始めてしまったら手の打ちようがない」

 『動く標本』も半分本物になっていた。

 あのまま放っておいたら、怪談どころじゃ済まなかっただろう。

 そして、今回はそれが少なくとも六つ。

 ……確かに、大物だ。

 『怪』は学校そのものと言っても過言じゃないかもしれない。

 数の多さ、そして、学校という特殊な場所、春休みという時期、なるほど、解決するのはこれ以上ないぐらいに条件は整っている。

 だけど、一つわからないことがある。

 「……なぜ僕は、縛られていたんですか?」

 「なんとなく」

 いつか絶対に仕返しを実行する。僕はそう決心した。

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