第二十三怪 妖刀リア充殺し

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 古今東西、武器の伝説には事欠かない。

 元来、人間という生物が武器、というか道具を使用することによって、様々な環境や外敵を克服し、征服し、拡大してきたのだからむべなるかなといものだ。

 しかしながら、その中でも剣にまつわる伝説というものは特に多い。

 剣、それは象徴なのだと思う。

 人間の残酷性の。

 なぜならば、剣が切り裂く対象は人間なのだから。

 日本ならば、刀になるだろうか。

 芸術品としての価値さえも有するようなその外見からは想像も付かないような凶悪性を秘めている刀という存在は、なんとも恐ろしい。

 日本なんていう狭い土地に、数え切れないぐらいの伝承・伝説の類いが玉石混淆ぎょくせきこんこうと残っているあたり、その神秘性がうかがわれるというものだ。

 これは、そんな刀にまつわる話。

 白刃のきらめきと、こめられた想いにまつわる話。


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 「さあて、本来ならば高校生は出入り禁止の時間帯なんだが、ちょっとばかり融通を利かせてもらっているから遠慮することはないぞ。ああ、学校にバレることもない。周りは全員キミ達なんかに目もくれないだろうからな」

 まあ、そりゃそうだろう。なんと言ってもクリスマスイブの夜だもの。

 そして、夜も八時を過ぎている現状となってしまうと、周りにいるのはカップルだらけだ。

 むしろ僕達みたいに三人以上でいる割合は圧倒的に少ない。

 さて、簡潔に現状を説明しないといけないだろう。

 てんやわんやの末に室長の拘束指定が解除されて百怪対策室に戻った後、せき立てられるように僕と笠酒寄は期末テストと対峙していた。

 もちろん、僕は文系科目にぼこぼこにされてしまったし、笠酒寄は理系科目にぼこぼこにされてしまっていた。

 こういう時、足して割ったらちょうど良くなるんじゃないかという突っ込みがはいりそうだけど、それはある程度ハイレベルな成績にある人間同士に言えることであって、僕と笠酒寄程度の学力では中途半端なのが二人できるだけだ。しかも、学力には関係ないこととはいえ、二人とも人間じゃない。

 そんな風に幾分か気落ちしつつも、僕は恋人がいる状態でのクリスマスという初めての行事を迎える時分になってしまった。

 もちろん、バイト代が出ているとは言っても学生の身分。

 大した事も出来ないけれど、多少のぜいたくでもしようかと笠酒寄と話し合っていた時に室長が提案してきたのだった。

 「私の解放祝いだ。ちょっと良い場所を知ってるからそこでささやかにパーティとしゃれ込もう」

 二人だけで過ごしたいという思いが全く無かったのかと問われれば否定するしかない。 

 もちろん、笠酒寄だってそうだろう。……そうだったと信じたい。

 だけど、せっかく百怪対策室室長、ヴィクトリア・L・ラングナーが解放されて、戻ってこられたことをお祝いしたい思いのほうが勝ったのだ。

 室長に押し切られたようなものなのかもしれないけど。

 ともかく、僕と笠酒寄はそういう事情でこの、十年ぐらいは足を踏み入れるには早いと思われるレストランにやってきていたのだった。

 もちろん、制服で来るような愚行は犯していない。

 僕はわりときっちりとした格好だったし、笠酒寄もけっこうおしゃれなスカート姿だ。

 ……ただ、室長だけはいつものようにジャージに白衣という頭のネジが異次元方向に大回転をかましたかのような格好だったのだけど。

 しっかし、やはり僕達のような未成年にはまだまだ早い雰囲気のレストランだ。

 山の上に建っている上に、大きなガラス窓によって周りの景色が一望できる。そのうえに、照明はほんの少しだけ薄暗さを覚える程度に絞られており、高級感を演出していた。

 (やっばい。今更になって緊張してきたとか言い出せる雰囲気じゃないな)

 初体験の場所なんてそんなものなのだろうけど、レストランと言われてもファミレスのほうが真っ先に浮かんできてしまうような一般庶民にはいかにも『それなりには高級ですよ』みたいな場所は、やっぱりお門違いに感じてしまう。

 それって、結局は僕が卑屈なだけなのかもしれないけど。

 ぶんぶんと頭を振ってそんな考えを追い出す。

 せっかくのお祝いの場で気後れていてどうするんだ。

 せっかくのお祝いなんだし。

 慣れた様子で室長はウエイターに氏名を告げると、窓際の席に案内された。

 『予約席』の札が取られ、「どうぞおかけください」という指示に従って席に着く。

 言われるがままになっているが、初めてなんだからこんなもんだろう。本来ならば、せめて成人してから来るような場所だ。

 「もう料理は頼んであるから心配するな。ま、追加で注文するなら自由にしてくれ」

 ウエイターが置いていったメニューを開いてみるが、ものの見事にアルコールばかりが並んでいた。未成年だっての。

 「……室長、日本では未成年の飲酒・喫煙は法律で禁止されているんですけど」

 「ノンアルコールは最後のページだ。私はもう決めているが、ゆっくり選んで良いぞ。予約で未成年二人っていうのは言ってあるからキミ達にはアルコールは出ない。安心しろ」

 流石に今日はタバコを控えているだけあって、その辺の気配りぐらいはやってくれているようだ。

 それでも、えらく長ったらしい名称のソフトドリンクが多いのは参ったけど。

 結局、僕とスープが運ばれてくる時まで僕と笠酒寄は飲み物に悩む羽目になった。

 コース料理なんて初めてだったのだけど、迷った時にはその都度つど室長が教えてくれたのでまごつくことはなかった。次々に料理が運ばれてなんてのは初めてだったから焦って皿をウエイターに渡そうとしてしまったりしたけど、おおむね何事もなく食事は終わった。

 とりあえず、あんなに少量ずつ料理が運ばれてくるのも初めてだったし、フルコースなんてものを味わうのも初めてだった。

 「どうだ? 中々上質なサービスを提供してくれるだろう? けっこう穴場なんだ」

 口元をナプキンで拭きながら、デザートを平らげた室長はどや顔で言ってくる、

 むかつく。が、この料理はおいしかったし、雰囲気も静かで僕の好みだったのも確かだった。

 笠酒寄のほうは多少落ち着かない様子だったのだけど。お前はどっちかというとお嬢様系の人間だろうが。人間じゃないという言い訳は要らない。

 さて、食事も終わったとなれば語らいの時間になる……なんてなごやかな感じに室長がするはずもなかった。

 趣味嗜好はインドアの癖に、一度外に出るとやたらにアクティブになってしまうのが、百怪対策室室長、ヴィクトリア・L・ラングナーという人物だ。

 「展望台があるんだ。そこに行こう。冬の夜空は格別だし、なにより今日はきれいに晴れ渡っているんだからな。見ないともったいない」

 すでに決定事項だよ。室長には人の意見を尊重しようというつもりはないらしい。

 いや、別に僕も笠酒寄も室長に連れてこられただけだから特にやりたいことがあるというわけじゃないんだけど。

 そんな風に、再び押し切られながら僕たちは展望台に向かった。

 ちなみに、会計はカードだった。戸籍が偽造であってもカードは作れるらしい。もしかしたら何かしらの悪事に関わってしまったのかもしれない、という危惧きぐを抱きつつも、展望台に向かう。

 なぜかレストランからは遠くない上に、クルマが通れるだけの幅の道がないので。

 もしかしたらこのレストランは展望台に合わせて作られてしまったのかも知れない、なんてしょうもない考えを抱きつつも、僕は刺すような冬空の下に出た。

 室長の言ったとおり、空は綺麗に晴れ渡っていた。

 こんなにも、美しいモノが頭上に広がっているだなんてことは意識したこともなかった。

 「空木君、ヴィクトリアさんが行っちゃうよ?」

 柄にもなく感傷的になっていると、笠酒寄が声を掛けてきた。

 どうやら心配されるぐらいにぼうっとしてしまっていたみたいだ。

 「ああ、今行く」

 このときの僕は、もしかしたら今日は素敵な夜になるのかも知れない、なんて希望的観測を持つだけの余裕があった。

 これまでの傾向から考えてみたら自明の理を見落としていた。

 すなわち、僕が夜に出歩くとろくな事にならないと言うことを。

 


 

 寒さで音さえも身を縮めてしまったいるような静寂の中、スマホの着信音が響いた。

 僕のやつでも、笠酒寄のやつでもない。

 となると、消去法で残りは一人だ。

 「……ん、んん? 珍しいな」

 着信の相手を確認して、室長はそんな声を漏らした。

 「統魔関係じゃないですよね?」

 統魔が関わってくると一気にシリアス度合いが高まってしまう。こんな日まで権力争いやら、血なまぐさい闘争に巻き込まれるのは勘弁してほしい。

 「いや、統魔の関係者……じゃないとは言い切れないが、限りなく関係性が希薄な人物だ」

 安心できるような、できないような。

 「先に行ってろ。もしかしたらナイショ☆の話かもしれないからな。キミ達にも関係があったら後で教えてやるから。……先に展望台に行って二人きりでいちゃついてろ」

 いたずらっぽく言った後、最後の邪悪な笑みに変化していく様子は撮影しておきたいぐらいに見事なものだった。

 「あのですね、室ちょ――」

 「はい! 先に行ってます! 迅速じんそくに! 可及的速やかに!」

 抗議しようとした僕の台詞は大声で笠酒寄にさえぎられてしまって、そのまま僕はコートの袖を引っ張られながら展望台に向かう羽目になってしまった。

 いやいや、袖破れるからやめてくれ。っていうか、お前ちょっと人狼モード入ってないか? 生地がイヤな感じにきしんでいるんだけど。

 そういう風に、茶化すことも出来けど、僕には出来なかった。

 だって、笠酒寄はとても真剣な表情をしていたのだから。



 

 展望台。

 街が一望できる。

 言ってしまえばそれだけの場所だ。夜景というほどに立派なものでもないし、ロケーションとしては今一つだろう。

 しかし、クリスマスイブの夜ともなると、そして、隣には彼女がいるとなると意味合いが違ってくる。

 人生初めてぐらいにはロマンチックな状態なんじゃなかろうか? 

 やばい、ちょっと脈拍早くなってる。落ち着け僕。この程度で取り乱すような性格じゃないはずだろ? もっとクールでニヒルな感じだったはずだ。

 いや、室長に関わってからはちょっとキャラ変わってきてしまっているか? もしかして、これがアイデンティティクライシスとかいうやつだろうか? となると、早急に手を打たないとならないだろう。現代社会において、自分という存在が揺らいでしまうという事態は非常にまずい。なぜって? それは――。

 「空木君」

 「は、はい」

 テンパってぐるぐると変な方向に思考がぶっとびそうになってしまっていた僕の意識は笠酒寄の静かな呼びかけによって戻ってくる。助かった。

 背中を見せていた笠酒寄はくるりと振り返る。

 ふわりと広がった厚手のスカートが、花のように僕には感じられた。

 「今日は何の日か知ってる?」

 唐突だった。っていうか今更訊くのか、それ。

 だけど答えないわけにはいかないだろう。だって、笠酒寄の手がほんの少しだけ震えているのを見てしまったのだから。

 女子がここまで勇気を振り絞っているのだから、ここは男を見せるとこじゃないか。

 「知ってる知ってる。クリスマス・イブ、日本中の浮かれカップルが今日ばかりはいつも以上に羽目を外して大ハッスルする日だろ?」

 おばあちゃんごめんなさい。貴方の孫はヘタレでした。

 心の中で、すでに他界しているおばあちゃんに謝ってしまっているあたり、僕もかなりの悪手を打ってしまったことぐらいは理解している。問題は笠酒寄がどういう反応をするかだ。

 怒りの余りに、人狼パンチが飛んできてもおかしくない。

 むしろ飛んできてくれ。今のは怒られてしまったほうが気も楽だ。

 しかし、そんな僕の願いも空しく、笠酒寄は怒るどころか思い詰めた表情で距離を詰めてきた。いや、間合い的な意味じゃなく。

 目と鼻の先に、笠酒寄の顔が来る。

 なり損ない吸血鬼の視力は夜でもしっかりと見えている。

 だから、僕には笠酒寄の表情を読み間違えることはない。

 「……いつもヴィクトリアさんが一緒だったし、今はわがまま言っても良いよね?」

 いっつもわがままいってるじゃねえか、とは口が裂けてもいえなかった。いや、そもそもそんなことを言うつもりもなかったのだけど。

 ほんの少しだけ体重を預けるように笠酒寄は僕に寄り添ってきた。

 何枚も着ている服を貫通して体温が伝わるはずもない。でも、僕には確かに笠酒寄のぬくもりを実感する。

 ……こ、これは抱きしめる場面なのか⁉ そういうシチュエーションか⁉ 恋愛経験なんて小学校以来だぞ! 片思いだったけど!

 やれ! という指示と、やるな! という指示が同時に脳内から発せられる。どっちだよ! 僕の脳みそしっかりしろ! 

 完全に、僕は行き詰まっていた。どうしたらいいのか全くわからない。

 こんなことなら小唄こうたあたりにでも女子の喜びそうな対応でも聞いてればよかった。いや、あいつじゃ参考にならない。くそ。

 「……ねぇ、抱きしめて」

 笠酒寄は僕よりも身長が低いので、自然と下から響くはずなのだけど、まるで耳元でささやかれたかのようだった。

 甘い、誘惑のようなその指示に従って僕の両腕はゆっくりと笠酒寄の背に回る。

 ふわり、と抱きしめた分だけ笠酒寄から押し出されてしまった香りが広がる。

 うわ、超良い匂い。女子って体臭から違う!

 もはや僕の理性は小学生レベルまで退行している。そんな状態で本能に逆らえるだろうか、いや、ない。

 笠酒寄が顔を上げて、潤んだ瞳が僕を見る。

 黙って、笠酒寄はその目を閉じた。

 かすかにまつげが震えているのが見て取れる。

 数秒、僕の中ですさまじい葛藤かっとうがあったことは割愛する。述べてもしょうがないことであるし、そもそも形として成り立たないような感情の奔流ほんりゅうともいえるようなモノだったからだ。

 覚悟を決めて僕は笠酒寄の顔に自身の顔を近づける。

 あと、数センチ。

 絹を裂くような女性の悲鳴が響いたのはそのときだった。


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 音として表現するなら『キャアアアアア!』とでも言うべき様な典型的な悲鳴だった。

 非常事態であることをこの上なくわかりやすく伝えてくれる。そう、こうやって甘々あまあまな雰囲気に浸っている場合じゃないことを教えてくれるぐらいには。

 「……笠酒寄、ゴメン」

 「……ううん、空木君が謝ることじゃないよ」

 とは言っても、その顔は晴れない。当然だろうけど。

 名残なごり惜しそうに笠酒寄は僕から離れる。

 最後まで指先が僕の服を掴んでいたのは、きっと彼女なりに後ろ髪を引かれる思いがあったのだろう。

 さて、恋人同士の蜜月みつげつは終了の時間のようだ。

 緊急事態ならば、救助が必要になってくる。そして、僕も笠酒寄も人外の領域。助けになる可能性は高いだろう。

 助けられるだけの命は救いたい。

 その点は僕も笠酒寄も一緒だった。

 「どっちからだ?」

 「あっち!」

 普段から人狼の影響によって、笠酒寄の聴力は強化されている。もちろん、位置関係の把握にもその能力は存分に発揮される。

 指を差すのとほとんど同時に僕達は走り出していた。

 なり損ないの吸血鬼と人狼。夜にふさわしい化け物同士。なんだか、ちょっとした怪奇談みたいじゃないか。

 そんな風に僕は被虐的に考えた。



 

 悲鳴の発生源にはすぐにたどり着いた。

 まあ、これだけ濃密に血のにおいがあふれていたらすぐにわかるだろうけど。

 女性が一人、そして、地面に倒れている多分男性が一人。

 血を流しているのは男性の方だ。

 「……た、たすけ、助けて……」

 まるで口の動かし方を何かに阻害そがいされているかのようにへたり込んでしまっている女性はそう繰り返している。

 見たところ外傷はないようだから、僕は男性のほうに駆け寄る。即座に笠酒寄は女性の側に行ってくれたから大丈夫だろう。

 仰向けに倒れている男性は、僕よりも年上だろうけど、まだ若い。

 だけど、その体には袈裟懸けさがけに大きな切り傷が走っていた。着ているコートごと切り裂かれてしまっているようで、茶色っぽいコートがどんどん真っ赤に染まっていく。

 ……まずい。僕は怪我の処置なんて出来ないぞ。

 ここまで傷口が大きいとなってしまうと、止血もそう簡単にはいかない。

 そう躊躇ちゅうちょしている間にも、どんどんと男性のコートは流れ出る血液を吸って変色していっていた。

 圧迫止血だけでもしないと!

 「コダマ、キミじゃ無理だ。私が処置するからキミ達は犯人を追え」

 冷静な、いや、冷徹な声が響く。

 白衣をひるがえしながら、僕の隣を室長が音もなく通り抜ける。

 男性の横にしゃがみ込むと、そのまま傷口に手を当てる。

 ぼう、という淡い光と共に、みちみちという肉が動く音がした。

 「し、室長⁉ どこから⁉」

 「あんなデカい悲鳴が上がったら嫌でもわかる。それよりも、この場は私が処理するからキミは犯人を追え。まだ遠くには行ってないはずだ」

 確かに、あれだけ響く声を室長が聞き逃すはずがない。

 いやいや、そうじゃなくて!

 「犯人って、これの殺人未遂犯をですか?」

 「当たり前だ。それ以外になにがある。キミは未解決事件の犯人でも探すつもりか?」

 ぐ。行っていることはまっとうなんだろうけど、なんとなく納得しがたい。

 「それは警察の仕事じゃないんですか?」

 「本来ならな。が、多分妖刀が関わってる。さっき連絡を受けた。モノは大した妖刀じゃないからキミなら楽勝だ。とっととふん縛ってこい」

 さらっと、とんでもないことをのたまう辺り、室長は僕を過大評価しているような気がする。

 「いま、妖刀って……」

 「つべこべ言わずにさっさと行け。犠牲者がこれ以上増える前にな」

 「!」

 その言葉はずるいじゃないか。

 だけど、僕は全力疾走で血のにおいが続いている方に走り出していた。

 僕は、罪のない人が犠牲になるのは嫌なんだ。

 「室長、後は頼みます」

 「ああ、とっととぶちのめして連れてこい。事情説明はそこからだ」

 いっつもそうですけどね!

 反論したいときには、すでに室長達とは大分離れてしまっていたので、僕はその言葉を呑み込んだ。




 走る。

 僕は走る。夜の山を。

 すでに雑木林の中に入ってしまっているので、あちこちひっかけてしまっているけど、そんなことはお構いなしに走る。

 多少の傷はすぐに治ってしまうし、服なんてつくろうか買い換えてしまえばいいだけの話だ。

 そんなことよりも、『妖刀』なんて危なっかしいものを放置しておくほうが問題になってくる。

 一〇分も走らないうちに少し開けた場所に出た。

 なんだ……ここ?

 多分、元々は何かしらの建造物か何かがあったのだろう。そこかしこに建材らしきモノが

散らばっている。

 だけど、大本はなくなってしまっていた。 

 その代わりのように、テントが張ってあった。

 嫌な予感しかいない。

 見た感じ、まともなキャンパーではないだろうし。そもそもここはキャンプ場じゃない。

 そして、点々と血痕が残っているのはもはや言い逃れができないだろう。

 血の跡はテントの中に向かっていた。

 近づく気になんてなれない。ゆえに選択肢は一つだ。

 ふわり、と後ろでまとめている僕の髪が浮く。

 念動力サイコキネシス。僕の能力。

 視線が通っていないと無力であるという弱点はあるのだけど、テントなんぞに特別な仕掛けがしてあるなんて事も無く、無事にテントはぶっ飛んだ。

 暴風に吹かれたように吹っ飛んだテントと一緒に、中に入っていたであろう細々こまごまとした道具も散ってくが、その中には刀も、人間も無かった。

 外れた⁉

 「死ねぇぇぇえい!」

 真上から怨嗟えんさを含んだ絶叫が響く。

 着地を考えずに前方に跳んだおかげでなんとか躱せたのだけど、僕を狙ったであろう刀身は深々と地面に切り込んでいた。

 慌てて迎撃体勢を取る。単に室長に習った構え方をしただけなんだけど。

 そして、僕は刀を持った人物と対峙する。

 地面に食い込んでしまった刀を易々と抜いて、鋭い眼光を僕に向けているのは、中年の男だった。

 無精髭が目立つし、その格好も綺麗とは言い難い。

 なにより、そのありえないほどに血走った眼はあきらかに正気を失っていることを示唆しさしていた。

 男が刀をかつぐようにする。

 「キィェェェェェエエエ!」

 まるで怪鳥のような叫びと共に男が僕に向かってくる。

 一瞬、能力を発動して良いのかどうか迷った。

 その一瞬で、すでに間合いの中に入られてしまう。

 白刃が閃く。

 空気ごと切り裂くような鋭い斬撃だったのだけど、それはあくまで人間相手の話だ。

 なり損ないとはいえ吸血鬼。そして、なんやかんやの修羅場をくぐってきた僕を捉えるほどじゃない。

 バックステップで躱す。

 「シュ!」

 振り下ろした状態のがら空きの頭に手加減したジャブを打ち込む。

 散々練習させられたので、これぐらいは出来る。全力で打ち込んでしまったら頭が取れかねないし。

 僕のジャブは見事に男の顎を捉えた。

 ぐらりと上体が傾く。

 室長に聞いたのだが、パンチで気絶するときは衝撃で気絶するんじゃなくて、脳みそが揺れて、それによって起こる脳震盪しんとうによって気絶してしまうらしい。

 それを起こすには、なるべく脳みそを内包している頭蓋骨(厳密には違うんだけど)の中でも一番距離がある場所、つまりは顎を打ち抜くのが効果的とか何とか。

 もろに食らってしまったので、男は脳震盪を起こして僕の一ラウンドKO勝ちといったところだ。

 そこで、気を緩めてしまったのがいけなかった。僕のダメな所だ。散々つけ込まれていたのに、未だにこの癖は治ってなかったらしい。

 「キョァァアァァァァァァアアアア!」

 再びの絶叫と共に、刀が振るわれる。

 ぎりぎり反応が間に合って、僕は再びバックステップで……躱しきれなかった。

 ざっくりと左の前腕を切り裂かれる。

 なんで……なんでコイツ動けるんだよ⁉

 反射的に切り裂かれた箇所を押さえてしまうけど、僕には尋常じゃない治癒能力が備わっているのだからこの程度ならすぐ治ってしまう。

 痛みをぐっとこらえて僕は再び構える。

 男は、完全に白目をいていた。

 だらんと弛緩した顔の筋肉にはどこにも力が入っておらず、意識があるようには見えない。

 それでも、その肉体はしっかりと刀を握りしめているし、その構えには殺気が満ち満ちていた。

 どうなってんだよコイツ! 

 くそ、あの『妖刀』とやらの能力なのか? だとしたら説明しなかった室長には後で厳重に抗議しないといけない。

 気絶しても動けるような刀って何だよ。反則じゃねえか。

 「…………い」

 「え?」

 ぬらぬらした光沢を放つ舌をぶら下げていた口が、かすかに動いて何かを呟いた。

 何だ? 意識があるのか? それとも妖刀の力なのか?

 なんとも水っぽい音と共に舌が口内にしまわれる。相変わらず白目のままだけど。

 「…………い、ね……ま……い、ねたまし、い」

 ぼそぼそとか細かった呟きが、段々とはっきりしてくる。

 「ねたましい、ねたましい、妬ましい、妬ましい! 妬ましいぃぃぃい!」

 口だけはやけにはっきりとした意思表示をしてくれるもんだ。

 生憎と僕はこの男を知らないので妬ましがられてしまう覚えはないんだけど。となると、これは完全に妖刀の支配とか、能力とかそういうもんだろう。無差別に嫉妬心でもあおっているのか、それとも元々あった感情の矛先を無差別にしているだけなのかしらないけど。

 「妬ましい、妬ましい。持ってる奴らが妬ましい。裕福な奴らが妬ましい。豊かな奴らが妬ましい。ほがらかな奴らが妬ましい。愛される奴らが妬ましい。……リア充が妬ましい!」

 ……妖刀のくせにずいぶん俗っぽいな。

 どっちにしろ、これでなんとなくこの妖刀の性質はつかめてきた。

 持ち主を支配するようなタイプのマジックアイテムみたいなものだろう。たぶん。

 なら、やることは簡単だ。

 再び刀を担ぐ男、の足に視線を合わせる。

 「妬ましいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃい!」

 「うっさい」

 ばきん。

 太い木の枝が折れるような音と共に、男の足が直角に折れ曲がる。

 ついでにもう一本。

 ばきん。

 ついでに両腕も折っておこう。暴れられても困る。

 ばきんばきん。

 ……我ながらなんとも残虐な行為だとは思うのだけど、しょうがない。

 「ギャアアアアアアア! ……ぁ」

 両腕を折られて刀を保持できなくなってしまった男は、手から刀が離れると同時に動かなくなった。

 うん、妖刀の影響はやっぱり持ってないとダメなのか。

 さて、これからどうしたものだろうか?

 両手両足を折られてしまった男と、持ってしまったらヤバそうな妖刀。

 二つの荷物を抱え込むことになってしまった僕は思案した。


 3


 「遅かったなコダマ……ん? また油断したな」

 「あーはいはいおっしゃるとおりですよ。僕はまたまた油断していらん手傷を負いましたよ。でも大丈夫ですよ、ほらこのとお……り。あれ?」

 テントの中にあった荷物からロープを見つけて、それで男と妖刀を別々に縛り上げてから室長の下に戻ってからの第一声だ。

 室長の処置は間に合ったらしく、刀傷を負っていた男性も、へたりこんでしまっていた女性も木に背を預けて安らかに眠っているようだった。

 そして僕は男と妖刀を引きずって室長のいる場所まで戻ってきて、軽口交じりに切り裂かれてしまった左の前腕を掲げたのだった。

 なり損ない吸血鬼の治癒能力ならば、すでに完治しているぐらいの傷だったはず、だ。

 でも、未だに僕の前腕からは血がしたたっていた。

 やけにいつまでも痛みが引かないと思ったらこういうことか。いやいや、冷静に分析している場合じゃないだろ。

 「し、室長⁉ これって⁉」

 「……まったく、妖刀相手に傷を負うっていうことの重大さがわかってなかったみたいだな、キミは」

 そんなもん知ってるはずがないだろに。

 呆れた様子で室長は手に淡い光を纏わせると僕の傷口に当ててくる。

 すさまじいかゆみが襲ってくる。

 多少は慣れてしまってる感覚だ。

 傷が急速に塞がるときの感覚。本来ならば、吸血鬼の再生能力によってこれが起こるのだけど、今回は室長の魔術によって引き起こされる。

 みるみるうちに傷口は塞がってしまって、残ったのは切り裂かれて血に染まった僕の服だけだった。パンク過ぎるファッションになってしまうのでこの服とはこれでおさらばとなるだろう。短い付き合いだったけど、ありがとう。

 「……ありがとうございます。これって魔術ですか?」

 「ん? ああそうだな。初歩の回復魔術なんだが、緊急事態以外は使わないほうがいい」

 「何でですか?」

 「急速な細胞分裂によって使いすぎると寿命が縮む」

 もっと安全が保証されているようなタイプの魔術で治療して欲しかった。

 「大丈夫? 空木君」

 心配そうに笠酒寄が傷のあった場所を指でなぞる。

 とはいっても、すでに元通りになってしまっているのだから、感じるのはくすぐったさだけだったのだけど。

 さて、なら本題に行こう。

 「で、室長。『妖刀』とか物騒な単語が出てきた割には非常にぞんざいな説明で僕は追跡するはめになってしまったんですけど、どう言い訳してくれるんですか?」

 多少メンチを切る感じでいく。下手にでても効果は薄いことはわかっているのだから、『僕は怒っているぞ』という意思表示が大事だ。

 だが、室長はそんな僕を完全に無視して引きずってきた妖刀を拾った。

 厳重にロープで縛ってあるので、抜くこともままならない。

 っていうか、抜いたら多分妖刀に支配されてしまうのだろうし。

 「なるほどな。確かにこれは妖刀だな。うん間違いない」

 いやいやいやいや、もしかして確信が無い状態で追わせたのか? だとしたら抗議案件が増えてしまうぞ。

 「室ちょ――」

 「黙ってろコダマ。ちょっと集中しないといけない」

 真剣な声音に圧されて僕は反射的に口をつぐむ。

 室長の体が、薄い緑色に包まれていた。

 そして、迷うことなく妖刀を縛っているロープを引きちぎりながら鯉口を切る。

 そのまま、しゅらりと冷たい音を立てながら引き抜いた。

 「!」

 思わず能力を発動しかける。

 室長が妖刀に支配されてしまった場合、僕と笠酒寄だけで制圧できる自信は無いし、そもそもが刀を持っている室長というだけで危険度が……あまり上昇しない気もする。元々が高すぎるし。

 「そう警戒するんじゃない。魔抗カウンター・マジックを掛けてあるから安心しろ。そもそも私には精神支配系の能力は効きづらいから念のためだがな」

 そういうことは先に言っておいて欲しい。

 しかし、それなら多分大丈夫だろう。

 僕とか笠酒寄ならわからなくなってくるのかもしれないけど。とりあえずは安心して良いと思う。

 現状に不安はあるけど、今はそう割り切ってしまうしかない。仕方が無い。今は事情を説明してもらおう。

 そう考えて、今は室長が抜き放った妖刀を眺めてみる。

 月光を反射して輝く刀身は、まるで揺らめく炎のような乱れ刃だった。

 僕は刀剣の価値なんてものは全くわからない。でも、美しいと思ってしまった。

 内包されている危険性も込みで、とても……綺麗だと感じてしまった。

 「いわゆる、現代刀というヤツだな。明治の廃刀令以降の一振りだ。薄く、軽い造りが特徴で、あまり剛性は優れていない」

 「え、そうなんですか? 日本刀って、すっごい切れ味と強度を持ってる武器、みたいに紹介されることが多いですけど」

 ゲームとかに登場するときには、かなり強い武器であることが多いと思う。日本人だからなのかもしれないけど。

 「そりゃ古刀の、しかも名工が打ったような刀の話だ。現存している古刀は製法が失われてしまっているからな」

 そんな風に解説しながら室長は刀を鞘にしまう。なにがしたかったんだ?

 「さて、コダマ。この刀、一体どんな刀なんだと思う?」

 突然の質問だった。

 だけど、ある程度は推測が付いている。

 「たぶん、精神を支配してしまうような効力を持っているんじゃないでしょうか。憎しみ、というか嫉妬心をとても強く後押ししながら」

 所持している人物が何度も言っていた『妬ましい』という単語。そこから推測した。

 「正解のようで外れ。及第点にはあと一歩といったところだ。試験じゃなくてよかったな」

 さいですか。まあ、室長が出題者だったとしたら合格点をもらえるのはごくわずかだとゆうことはわかる。

 「なら、正解はなんですか?」

 「これはな、持たざる者のための刀なんだ」

 意味不明だ。

 どうやら僕のその思考は伝わったようで、室長もコホンと咳払いを一つした。

 「コダマ、持たざる者が持つ者に対して抱く感情というのはなんだ?」

 は? 禅問答か? 唐突すぎてなんとも答えがたいんだけど。

 「はい! 憧れだと思います! アイドルとか憧れます! あんな風になりたい!」

 うっさい笠酒寄。お前は話題に脇からエルボードロップしてくるんじゃない。

 が、笠酒寄の意見は一理ある。

 なにかしらに優れているのならば、その優秀さに対して憧れるという論理展開は理解できる。僕も運動神経が優れている方じゃないから(運動能力と運動神経は別だ)、颯爽さっそうとピッチを駆け抜けるサッカー選手なんかは素直に賞賛したくなってしまう。

 「はぁ~やれやれ。コダマも笠酒寄クンも持つ者だということだな。この感情がわからないとは」

 小馬鹿にした調子で言いながら、室長は肩をすくめる。

 『こんな問題もわからないなんて、脳みその研鑽が足りないな。もっとしわを深めていかないとツルツルになってしまうぞ』とでも良いたげな顔つきだ。……すごくむかつく。

 「嫉妬するんだよ」

 いい加減に僕もしびれを切らして室長を問い詰めようとする寸前、室長は言い放った。

 嫉妬。うらやましいと思って、妬むこと。

 いや、待てよ。なら、あの時『妬ましい』と叫んでいたのは……。

 「ふふん、わかったようだな。そう、この妖刀『リア充殺し』は嫉妬心を増幅するんだ。そして、元々の嫉妬心が大きければ大きいほどに増幅力も強まる。増幅されてしまった嫉妬心が理性の制御点を越えてしまったらどうなるか……わかるな?」

 わかる。直接対峙した僕にはわかる。

 “あれ”は僕を妬んでいたんだ。うらやんでいたんだ。斬り殺したいほどに。

 そして、その想いは意識がぶっ飛んだぐらいじゃ消えなかった。いや、途切れなかった。

 彼を支配していたのは、増幅された彼自身の嫉妬心だったのだ。

 なるほど。支配はしていない。嫉妬を増幅しただけなのだから。

 しかして、疑問が二つ残る。

 「室長、その……なんというか、名前なんですけど……」

 「ああ、『リア充殺し』か?」

 「……ええ」

 なんだそのネットに汚染されきったような変な名前。

 もっとこう、妖刀なんだから禍々まがまがしい名前付いてろよ。

 「まだ仮名だったからな。統魔としても半信半疑で調査を行おうとしていた段階だった」

 また嫌な名前が出た。

 統魔。統一魔術研究機関の略称。世界中の魔術と魔術師を管理する団体。出来てないけど。

 絡んできてろくなことになったためしがない。

 「調査ってなんですか?」

 「うん。申し出があってね。自分が打った刀がどうしても妖刀に思えて仕方が無い。どうにかしてくれないか? とね」

 笠酒寄の質問に室長は答えてくれるのだが、まったくワケがわからない。

 なんで表向きには公表されていないはずの統魔にコンタクトを取れているのか、とか。自分が打った刀が妖刀にしか思えない、とか。もはやギャグで言っているんじゃないのかと疑ってしまう。

 「調査を依頼してきたのは刀鍛冶なんだ。けっこう刀鍛冶っていうのは妖刀を創り出してしまうことが多くてな。腕の良い刀鍛冶なら生涯に二、三本は打ってしまうもんだ」

 うわー、聞きたくなかったなぁ。日本にどれだけの数の妖刀があるのか想像もしたくない。

 「そんな顔をするな。殆どの妖刀は多少感情に『揺らぎ』をもたらすぐらいだ。刀を持ってしまうと何かを斬りたくなるとか言うだろ? あれは妖刀に心が揺らされているんだ」

 はあ。

 「で、だ。この刀を打った刀鍛冶はその辺の事情を知っていたから、統魔にコンタクトを取る方法を知っていた。だがまあ、統魔としてもそうそう妖刀を打てるもんじゃないし、あんまり乗り気じゃなかった。……空き巣に入られてしまって、刀が盗み出されてしまうまではな」

 え?

 「盗人がこの辺りに潜んでいるのはわかっているんだが、表立って統魔の人間が動いてしまうと色々と面倒でな。というか手続きの問題なんだが。というわけで、ちょうど良く動きやすくって腕もたつ私にお鉢が回ってきたというわけだ」

 ……つまり、こういうことか?

 室長の解放祝いというのはついでで、ここに来たのは妖刀探しということか?

 僕は笠酒寄に目配めくばせをする。

 こくりと笠酒寄は頷いた。

 「さて、とっととこの妖刀を統魔に……なにをする」

 がしっと、中学生ぐらいの身長の室長を二人がかりで横から捕まえる。とは言っても、笠酒寄も小柄だけど。

 「いやいや、今日は室長の解放祝いなんでしょ? もっと祝いましょうよ」

 「ヴィクトリアさんも夜景を見に行きましょう。とっても綺麗ですよ。その後にわたしと空木君にクリスマスプレゼント」

 祝ってやろうじゃないか。僕も笠酒寄も。仕事なんか後でいい。そういう心持ちで僕達は室長が逃げられないように捕まえたのだ。

 人狼となり損ない吸血鬼。間合いを取った状態での鬼ごっこならばともかく、この状態からなら流石の室長も難儀するだろう。

 そういう魂胆だ。

 「……はぁ~、やれやれ。キミ達もまだまだ子供だな。仕方ない、統魔へのクリスマスプレゼントは後回しにしよう」

 まるで子供のわがままに付き合う父親のようなことをいいながら、室長は僕と笠酒寄に連行されるように展望台に向かうことになった。

 ちなみに、襲われた男女はすぐに眼を覚ましたらしく、戻って来た時にはすでにいなかったし、妖刀を盗んでしまった空き巣はまだしっかりとのびていた。

 結局、その後も僕達は時間が許す限り遊び歩き、そのまま帰宅したのだった。


 4


 百怪対策室内応接室。

 すでに日付は二十五日になってしまっていた。

 暖房が効いてはいるが、それでも多少の肌寒さを覚える空気の中、ヴィクトリアは今回の依頼人へと電話をしていた。

 「……ああ、すでにモノは届けてある。本物の妖刀だったから安心しろ。犯人も一緒だからとっとと記憶処理をしておけ」

 けだるげな調子でヴィクトリアは言う。

 通話先の相手も、ごく簡単に報告を返す。

 「……ふん。このぐらいじゃあ貸しにもならんな」

 相手は肯定もせず、否定もしなかった。

 ただ、ヴィクトリアの働きに対して感謝の念を伝えただけだった。

 「そんなに恐縮するんじゃない。私とお前の仲だろうが。……で、妖刀を創り出した刀鍛冶だが、……本当に村正に連なる血脈の一人だったのか?」

 しばしの沈黙の後に、通話相手は肯定した。

 「なるほどな。今回の一件で観察指定は逃れられない、か。また無闇に村正を量産されても敵わないからな。わかった。私の方でも妖刀の話がないかどうかは注意しておくことにしよう。お前も気をつけろ、八久郎やくろう

  それで通話は終わった。

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