第十三怪 ポルターガイスト


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 僕、空木コダマの首筋に少女が噛みついている。

 ただ噛みついているのではなく、そこから流れ出る血液を吸われている。

 いや、血液だけじゃない。

 “なにか”が僕の中から引きずり出されてしまっているのがわかる。

 それなのに、僕は抵抗することが出来ない。

 このまま血を吸われ続ければ確実に死が待っているのは直感的に分かる。

 だが、僕の体には力が入らない。なされるがままだ。

 そして、段々と、僕の意識は遠くなっていく……

 

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 ぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎり。

 歪んだ金属がこすれ合うような極めて不愉快な音で僕は目を覚ます。

 悪趣味な目覚まし時計は、妹の小唄こうたが買ってきた物だ。

 極めて衝撃に強い、というか、思いっきり叩かないとこの音を止めてくれないので、僕は迷うことなく不快な音波の発生源に対して平手を打ち下ろす。

 最悪な目覚めだ。

 少なくとも一週間以内にはこの目覚まし時計には機能停止してもらわないといけないだろう。

 さて、最初にやることは決まっている。部屋の確認だ。

 ぼんやりしたままの眼球から送ってくる情報を、これまた豆腐と大差ないほどに処理能力が落ちてしまっている脳みそが処理してくれる。

 芸術的と称してもいいようなバランスで積み上げられた本。

 順番がしっちゃかめっちゃかになっているゲームソフト。

 クッションが見当たらないと思ったら、全て本棚の中に詰め込まれていた。

 そして、ついでのように衣装ケースは逆さまになっている。

 ふむ。

 昨夜、僕はやっとの事でめちゃくちゃにされてしまった部屋の片付けを終えて就寝したと

いうのに、その努力は無に帰してしまったらしい。

 こみ上げてくる怒りが、徐々に脳みその活動を活発化させてくれる。

 だが、犯人捜しをする前に確認しておくことがある。

 大分伸びてしまっている髪の毛を軽くまとめて、僕は散乱している物品を踏まないように気をつけて、窓に近づく。

 鍵は閉まっていた。

 その上に、窓の端に貼っていたガムテープもそのまま残っていた。

 このガムテープは僕が寝る前に貼り付けたものだ。

 つまりは、犯人は窓からは侵入していないと考えていいだろう。

 確認を一つ済ませると、もう一つのほうを確認しに行く。

 残りの出入り口、というか、普通はこっちから出入りするはずの、ドアだ。

 昨日、無理矢理僕が取り付けたチェーンロックはしっかりとかかっていた。

 まあ、このぐらいは想定内だ。

 本命は上下に貼り付けているガムテープだ。

 一度剥がしてしまったら絶対に跡が残ってしまうような、いやに粘着力が強力なのを使用したので、剥がしたら絶対に分かる。

 だが、そのガムテープは貼り付けた時とまったく変わらない状態を示していた。

 しばらく、僕はフリーズする。

 この事実が示していることは、僕が寝ている間、この部屋に侵入した人間がいないという事実だった。

 だが現実として、僕の部屋はしっちゃかめっちゃかにされてしまっており、その片付けに僕が骨を折ることは確定してしまっている。

 部屋の中は前衛芸術の展示場みたいになってしまっているが、誰も僕の部屋には入っていない。僕以外には。

 二つの事実が食い違ってしまっている。

 どういうことだ?

 この一週間ほど、僕はこの部屋荒らしを受けていた。

 第一容疑者である小唄は容疑を否認したために、僕は確実に侵入者がいることを証明するためにこのガムテープ戦術を実行したのだった。

 だが、それは空振りに終わった。

 いや、空振りじゃあない。

 奇妙なことに、僕の部屋には誰も侵入していないというのに部屋が荒らされてしまっている、という事実が存在していた。

 頭がショートしそうだ。

 これはもう、僕が夢遊病的に自分の部屋に対して、大胆すぎる模様替えを実行したという可能性を考えないといけなくなってくる。

 だがそんなことが出来るのか?

 例え夢遊病的に僕が行動していたとしても、この惨状は難しいんじゃないだろうか?

 この本の積み上げ方はかなり危ういバランスを取っている。これを無意識でやっているっていうのは考えづらい。

 そのうえに、衣装ケースのほうはきちんと中身も詰まっているので、それなりの重量だ。

 これを持ち上げるだけでも僕では無理そうだ。

 つまり、犯人は僕でもない。

 この犯行は誰にも不可能という結論に僕は至るわけだ。

 ……わけがわからない。

 だれか説明してくれ。

 説明してくれるのなら多少の苦痛ぐらいは耐えてみせる構えだ。

 悶々もんもんと僕が悩んでいると、階段を登ってくる音が聞こえた。

 「おにい―。起きたんなら朝ご飯食べてよ。小唄ちゃんはお腹が減ったんだけど、お兄が来ないとご飯が始まらないんだよー」

 無遠慮にドアをぶっ叩きながら妹の小唄が呑気のんきなことを言ってくる。

 「やかましい! 僕は今、非常に難解な問題に直面しているんだ!」と、怒鳴りつけたやりたかったのだが、それを言ってしまうと、僕が中二病をこじらせてしまっているようにしか思えないだろうと考え、とりあえずは生返事を返しておいた。

 


 朝食を終えて、僕は部屋に戻る。

 とにかく、今はこの状態をどうにかしないといけないだろう。

 本やらゲームソフトはともかく、衣装ケースは一度中身を取り出さないといけなかったので苦労したが、なんとかいつもの状態には戻す事が出来た。

 しかし、だ。

 このまま今日も就寝してしまったら、同じ事の繰り返しになる可能性は大だ。

 一週間、僕の部屋をしっちゃかめっちゃかにし続けていた犯人が、急に善意に目覚めて犯行を止めてくれる保証なんてものはどこにもない。

 小唄は犯行を否認している以上、親に相談しても結果は見えている。

 反抗期の高校生のちょっとした奇行、ぐらいにとらえられてしまって、生暖かい視線を受けるのがオチだ。

 そんなのは困る。

 ……やはり僕が自分で解決するしかないようだ。遺憾なことながら。

 一旦、外にでよう。このまま部屋にこもって考えていても、良い知恵が浮かんでくる可能性はない。

 それよりも、ホームセンターにでも行って防犯グッズでも物色している方がどれだけかは建設的だろう。

 そうと決まったら行動は早い。

 外出用の服に着替えて、僕はホームセンターに向かったのだった。



 ……暑い。

 夏休みなので暑いのは当然なのだろうが、自転車をこいでいるだけで汗がめたらやったら噴き出してくるのは参った。

 このままだと、目的地に到着する前に脱水症状でダウンしてしまう。

 そういうわけで、僕は一旦水分補給のためにコンビニを探し始めた。

 とは言っても、そうそうコンビニがひしめいているような都会ではないので、探すのにも一苦労してしまう。

 そんな風にオアシスを求める砂漠の旅人のような気分になっている僕の目に、一枚の貼り紙が目に入った。

 なぜその貼り紙に目を奪われてしまったのかは分からない。

 いや、本当は分かってはいたのだが、心の底では認めたくなかった。

 なんと言っても、書いてある文言もんごんが問題だったのだ。


 『怪奇・怪談・怪事件、怪人・怪物・怪現象、怪なることの専門。百怪対策室』


 いやもう、電波でしかないだろこんなの。

 普通の人ならば目にもめないどころか、意識の端にすらのぼらないような珍妙な貼り紙だった。

 だが、今の僕にとってはなんともかれる言葉だ。

 僕が遭遇しているのは間違いなく怪現象だろう。警察に持ち込んでも一笑に付されてしまうような一件だ。

 だが、怪現象、いや、『怪なること』を専門としているような人物なら真剣に話を聞いてくれるのではないだろうか?

 そんなことを考えてしまうぐらいには僕の脳みそは遭遇している現象の理不尽さと、夏の熱気にやられてしまっていたのだ。

 自転車から降りて、貼り紙を引っぺがす。

 引っぺがす必要は無かったのかもしれないが、書いてある住所がなんともわかりづらい場所だったので、一応は確認のために持っておきたかったのだ。。

 そして、僕はなにかに突き動かされるかのように百怪対策室に向かったのだった。

 コンビニを探していたはずなのに、不思議と暑さは忘れてしまっていた。



 自転車で走ること二十分ほど。

 何の変哲も無いアパートの前に僕は到着していた。……名前以外は。

 『ハイツまねくね』

 いやいやいやいや、おかしいだろ。 

 なんだその曲がりくねってそうな名前。入居希望者が明らかに減るんじゃないのか?

 いいのか、オーナー?

 ……僕の気にすることでもないか。

 目指す場所はここの二〇一号室のようだ。

 なんとも安っぽい感じの階段を上る。

 見た目相応の音を立てる階段は、なんとも不安感をあおってくれる。

 だまされているんじゃないだろうか、僕は。

 なんとも怪しい貼り紙を手に、安っぽい階段を上り、そのまま妙な宗教団体の一室に案内されてしまうんじゃないかという不安もある。

 が、そうなったしまったら逃げれば良いだけの話だ。

 逃げ足には自信があるし、僕から搾り取れるものなんてたかがしれている。

 高校一年生の運動能力をなめないで欲しい。

 そんなことを考えていると、目的の二〇一号室の前に到着していた。

 そう、到着したのだが、問題が一つあった。

 ドアの前に貼ってあるプレートである。

 『百怪対策室びゃくかいたいさくしつ

 むかつくぐらいに流麗な書体で書いてはあるものの、怪しさ大爆発だった。

 逃げ出すなら今しかないと思う。

 だが、なぜか僕の指は迷うことなくインターホンを押してしまっていた。

 キン、コーン。

 よくある呼び出しのチャイムが鳴り、数秒してからザッ、というノイズが聞こえる。

 「誰だ?」

 やけに可愛らしい女の子の声だが、えらく無作法な口調の声が聞こえてきた。

 まあ、受付の子かなにかだろう。礼儀作法がなってないのは減点だが、そんなことでいちいち目くじらを立てるような器の小さい人間ではないので、ここはちゃんと礼儀正しくいこう。

 「えっと、こんにちは。空木コダマと申します。この百怪対策室の貼り紙を見て、依頼したいことがありましてうかがいました」

 数秒、沈黙があった。

 「……貼り紙を見たのか?」

 「え? ああ、はい」

 声の感じからして、インターホンの向こうの女子は僕よりも年下に感じられるのだが、なぜか僕の方が年下みたいな感じになってしまっていた。

 「……いいだろう。入れ。鍵はかかっていないからそのまま開ければいい。一番手前の右側の部屋に入ってこい」

 それだけ告げると、ブツリと音声は途切れてしまった。

 本当にサービス業なのだろうか?

 客対応として完全に間違っている気がするのだが、謎の侵入者をどうにかして欲しい僕としては、中に入るしかなかった。

 


 「……は?」

 百怪対策室の中に入ってから、僕の第一声はそんな間の抜けたものだった。

 当然だろう。

 なにせ中には、楽に人が十人ぐらいは横に並べるぐらいの広い廊下が広がっていたのだ。

 ありえない。ハイツまねくねはいいとこ1DKぐらいのアパートだった。

 部屋の中にこんな空間があるなんていうことはありえない。

 なんだこれは?

 僕はどこに迷い込んでしまったんだ?

 不思議の国の大冒険を始めるにしてはちょっと雰囲気がなっていないんじゃないだろうか?

 というか、僕はそんなものを始めるつもりもないが。

 いけない。考えが脇に逸れてしまっている。

 この異常な空間で、一体どういう行動をとるのが正解なのか、なんてことは凡人の僕には考えも及ばないことなのだが、とりあえずは逃げることにした。

 振り返った瞬間、ドアが閉まった。

 慌ててノブを捻るが、うんともすんとも言ってくれない。

 閉じ込められた。

 なんてことだろう。まさか自室への侵入者の解決を相談しに来て、僕自身が閉じ込められることになってしまうとは。

 こういうのは何というのだろうか?

 うまい例えやら、ことわざなんかは出てこないが、ありそうだ。

 退くことが出来なくなってしまった僕は、言われたとおりに行動するしかないだろう。

 ……悲しきゲーム世代のさがというやつか。

 一番手前の右側の扉、だったな。

 正直、だだっ広い廊下にいくつもドアが並んでいるので、言われていなかったら片っ端から開ける羽目になってしまっていただろう。

 それはそれで、僕以外にとっては面白いことになりそうだが、僕は基本的には平穏が欲しいタイプだ。

 ゆえに、血沸き肉おどる冒険よりも安寧あんねいの日々を選ぶ。

 洋風の内装に似合わずに、ちゃんとスリッパが並べてあったので、靴を脱いで履き替える。

 ……いざという時に逃げ出しづらくなってしまったような気もするが、ここまで来たら腹をくくるしかない。

 ぺたぺたと安っぽいスリッパの音を鳴らしながら、僕は一番手前の右側のドアの前に立つ。 

 何の変哲もない普通のドアに見えるが、中が地獄のような光景になっていたとしても対応しないといけないのだろう。

 ……何だか大事おおごとになってきてしまっていないか?

 くそ、なんでこうなるんだ! 

 意を決して僕はドアノブをひねり、ドアを押し開けた。

 「遅かったな。どうせ初体験の時のビギナーみたいにもじもじしていたんだろう?」

 僕を迎えてくれたのは、初対面で放つにしては強烈過ぎる一言だった。

 

  3


 「おいおい、何をそんなところに突っ立っているんだ? 木偶でく人形じゃないんだからとっとと座れ」

 さらっと僕のことをけなしてくれたのはロングの金髪少女だ。中学生ぐらいの。

 いや、ただの金髪ならその辺にいくらでもいるだろうが、この少女は生まれ持っての金髪だろう。染めたものではなさそうだった。

 それだけならいい。それだけならば、まだ受け入れられる範疇はんちゅうだった。

 だが、その少女の姿はあまりにも奇妙だった。

 スカイブルーのジャージ。これまではいい。見た目中学生ぐらいなのだから、部屋着がジャージなのはいいだろう。

 だが、その上にぶかぶかの白衣を羽織はおり、あまつさえ、ぶっとい葉巻をくわえているというのは一体どういうことなのだろうか?

 ファッションセンスがおかしいとか、白衣でタバコ吸ってんじゃねえとか、未成年が喫煙するな、とかの突っ込みどころが押し寄せてきて、僕は何を言っていいのか分からなくなっていた。

 そしてとどめにさっきからのぞんざいな口調である。

 まあ、女子の言葉遣いが丁寧で柔らかい、なんていう幻想を持っているわけではないが、それでも、まるで態度の悪い中年のおっさんのような口調は何だろうか?

 要素があちこちに散らばってしまっていて、全く目の前の少女がどういう人物なのかが想像できない。

 第一印象は“なんだこいつ?”だ。

 そんな風に最悪の印象を抱いている僕を少女は呆れた目つきで見る

 「なんだ、動かないっていうことは、自分は木偶人形だと認めるのか?」

 ぴきり、とこめかみのあたりに力が入るのが分かった。

 中学生ぐらいの女子にここまで言われて平気なほど、僕もにぶい人間ではない。

 無言で、ドタドタと足音を(実際にはスリッパのせいでペタペタになってしまっていたが)立てて、僕は向かい合って並べられているソファの、机を挟んで少女の反対側に座る。

 流石に、腹を立てていても見知らぬ少女の隣に座れるほど、僕は図々しい人間ではなかった。

 「さて、貼り紙を見たんなら、あるんだろう? 奇妙な話が。私に解決して欲しい奇妙なコトが」

 咥えていた葉巻を細長い灰皿に置いて、口の端をつり上げながら少女はそう言った。

 まるで獲物を見つけた猫のように。

 ぞくり、と僕の背筋に薄ら寒いものが走るが、なんとか我慢する。

 いや、その前に……

 「え? あの……きみが解決するの?」

 「そりゃそうだ。この百怪対策室には私しかいない。他の誰が解決するというんだ?」

 明らかに小馬鹿にした口調で少女は僕に逆に問いかけてくる。

 なんだろう、むかつく。

 「君、中学生ぐらいだろ? それなのに、どうやって解決するっていうんだ? 僕の遭遇している事件はちょっとやそっとじゃどうにもならないんだよ」

 目の前の少女はここの住人か何かで、たまたまやってきただけの僕をからかっているという可能性が否定できない以上は信用できない。

 どうにも、最近の変な侵入者のせいで疑い深くなってしまっているが、誰だってこんな怪しい場所のオーナーがこんな年端もいかない少女だとは信じないだろう。

 だが、少女は鼻を鳴らしてから、完全に僕をなめきった視線を送ってくるだけだった。

 「その目はなんだい?」

 あくまで言葉は優しいが、はっきり言ってかなりあやうい感じになっているのがわかる。 

 年下の女子にバカにされるのには慣れているのだが、それでも気になってしまうお年頃なのだ。

 「ふん、見た目なんていう、なんの指針にもならないモノを頼りにしてしまっている時点で、キミはまだまだだということが分かってしまったからな。人生の先達としてはちょっと笑いたくなってしまってもしょうがないだろう?」

 足を組んで、かすかに顎を上げて僕の方を見るそのあおい瞳は、確かにどこか達観した老人のような色を帯びていた。

 内心、僕は動揺していた。

 中二病を拗らせてしまっているだけのように見えた女子が、突然、人生という名の幾重いくえにも亘る年輪を重ねてきた老人のような目をしたのだ。

 じっとりと嫌な感じの汗がにじむ。

 「おいおい、そんなに警戒するな。私はキミの『怪』を解決してやろうというんだぞ? とっても親切な年上のお姉さんなんだ。もっと信頼してくれ」

 それは無理というものだ。

 会ったばかりの人間を信頼するというのは難しい。

 その上に、この百怪対策室という怪しい場所にいる年齢不明の見た目は少女。

 警戒するなというほうが無理だ。

 そんな風に思っているのが伝わってしまったのか、少女は肩をすくめてから葉巻を咥えて、何回かふかす。

 ぼう、と広がった煙が部屋に立ちこめる。

 不思議と、煙たいという感情よりも、蜂蜜のような香りに陶酔(とうすい)しそうになる。

 再び葉巻を灰皿に置くと、少女は何かを確かめるように僕を見てきた。

 じろじろと無遠慮ぶえんりょな視線が注がれるが、抗議できない。黙って視線を受け続けることしか出来なかった。

 「ふむ……まあいいか。さて、自己紹介がまだだったな。私はヴィクトリア・L・ラングナー。この百怪対策室の室長兼魔術師だ」

 ……は?

 なんか聞き捨てならない単語が登場したような気がするのだが気のせいだろうか?

 「キミが見た貼り紙には誘導の魔術が使用してあったからな。多分、キミは貼り紙を見て、そのままこの百怪対策室に来たんじゃないのか?」

 その通りだ。

 なぜかあの貼り紙を見た瞬間に、僕は目的地のホームセンターよりも、喉の渇きを癒やすためのコンビニよりも優先してここにやってきた。

 そう、魔法にかけられてしまったかのように。

 「もうキミには普通じゃないことが起こっているんだ。そういう人間は普段は気づけないようなモノに気づきやすくなってしまっている。だから貼り紙を見つけることが出来たんだがな」

 この少女は一体何者なのだろうか? 

 自分で名乗っているように魔術師? そんなバカな。

 この現代社会に魔術師なんていう非科学的な存在があってたまるか。

 生憎と、僕は夢に生きてるタイプの人間ではなく、かなりの現実主義者なんだ。

 第一、魔術師なんてものが存在していたとして、それがなんで日本の地方都市で部屋を借りているんだ? もっとこう、怪しい洋館とかに住んでいろよ。

 「言いたいことは沢山有るんだろうが、さっさと仕事の話に入ろう。私はキミに起こっている『怪』をどうにかしてやる。それだけだ、シンプルだろう? だから話せ。キミに起こっているコトを」

 有無を言わせないような迫力があった。

 仕方が無い。僕には解決できそうにないのだからこの人に託してみるのも手か。

 別に僕はラングナーさんの迫力に負けた訳ではない。

 それだけは言っておく。

 

 4


 気付かれることなく、密室であったはずの僕の部屋に侵入してきた謎の人物。

 その所業をラングナーさんにつらつらと述べてみたものの、自分で話していてどうにも作り話臭いと思ってしまう。

 特に密室とかいう点が。

 ミステリー小説じゃないんだから、密室トリックとかではないだろう。

 というか、問題は大胆過ぎる部屋の模様替えを敢行かんこうされている間に、僕がぐっすりと熟睡してしまっている点だとは思うのだが。

 だが、僕の話を聞いているラングナーさんは笑うでもなく、あざけるでもなく、ごく平静な調子で、時々合いの手を入れながら聞いてくれた。

 「……なるほどな。事情は分かったし、大体の見当はついた」

 おおよそ話し終わった時点で、ラングナーさんはそう言った。

 「え、犯人が分かったんですか⁉」

 僕には全く見当もつかない。

 というか、今の僕の話だけで犯人なんて絞り込めるのか?

 そもそも話に登場したのは僕だけだ。小唄のことさえも言っていない。

 なのになんで、見当がついた、なんてことが言えるのだろうか?

 「当然だ。まあ、キミみたいな普通の生活をいとなんできた人間には想像できないだろうがな」

 いちいち偉そうだ。

 「……分かっているんなら、僕にも教えてくれませんか? その……僕の部屋を毎晩毎晩荒らしまくってくれているヤツのことを」

 「ふーむ。まあ、教えてやってもいいが、信じられないと思うぞ?」

 にやにやといやらしい感じの笑みを浮かべてラングナーさんはもったいぶる。

 「そうだな、説明してやってもいいんだが、まずは実物を見た方が早いか」

 ひゅん、とラングナーさんの指が空中に何かを描く。

 「りて、れ」

 今までのいい加減な調子とは全く違う、おごそかなラングナーさんの声に従うかのように、空中に何かの模様が広がる。

 かすかに発光するその模様は、一気に部屋全体に広がり、段々と部屋そのものを変化させていった。

 「な⁉ なんですか、これ……」

 まるで映画のCGのような光景に唖然あぜんとしてしまう。

 「なに、すぐに分かるから黙ってみていろ」

 そう言われてしまうと、何が起こっているのか分からない僕は黙っているしかない。

 部屋の変化が段々と激しくなってく。

 やがて、それはとても見覚えのある光景になった。

 っていうか僕の部屋だ。

 「今、キミを媒体にして、十数時間前のキミの周りの景色を再現している。使用している魔術の解説は後でしてやるから待ってろ。犯人が誰か分かる」

 しれっととんでもないことをされているような気がする。

 魔術の媒体って何だよ。僕は実験動物じゃない。

 そもそも、それって大丈夫なのか? 魂とか代償になってしまったりしないのだろうか?

 くそ、言いたいことは山ほど在るが、今は黙っていよう。

 ほんの数十秒前までは広々としていた部屋は、今一つ快適性に欠ける僕の部屋に変貌へんぼうしていた。

 座っているソファだけが僕の部屋にはないはずのものだ。

 そして、床には目を閉じた僕が寝ていた。

 いつも布団の僕が寝ているのはおかしいことじゃない。

 だが、部屋の中はきっちりと整理整頓されていた。

 これは昨日僕が片付けた状態みたいだ。

 つまりは、これから犯人がやってきてこの部屋を荒らすのだろう。

 ごくり、と僕の喉が鳴る。

 ドアのチェーンロックはしっかりとかかっているし、窓も閉まっている。

 この状態でどうやって侵入したのだろうか?

 待つこと数分。そのときはやってきた。

 ドアの方を注視していた僕はなにか平たいものが置かれるような音で振り返る。

 机の上に、本が乗っていた。

 ……さっき見たときには確実に本棚に全部収まっていたはずだ。

 僕は、寝ている僕(とは言っても、十数時間前の僕だが)を見るが、ぐっすりと眠っているようで、起きているような様子はない。

 ばさり、とまた音がする。

 一瞬、僕が目を離した隙に、更に本が積まれていた。

 今度は数冊いっぺんにだ。

 なんだ、これは?

 ぐるりと部屋の中を見渡してみても、僕とラングナーさん以外の人間は見当たらない。

 誰が一体やっているんだ?

 ばさり。

 また視線を離している隙に本が積まれてしまった。

 こうなったら、確実に目視するしかない。

 本棚を注視する。

 そして、僕は信じられないものを見た。

 誰も手を触れていないのに、本棚から本が引きずり出され、空中を移動していったのだ。

 そして、積まれていた本の上に落ちる。

 ばさり。

 積み方が多少乱暴ゆえに、音がした。

 ……なんだよ、これ。性質たちの悪い冗談だろ?

 僕が寝ている間にこんなことが起こっていただなんて、信じられない。

 僕が絶句していると、次々に本棚から本が飛び出し、机の上に積まれていく。

 高く、そして、危ういバランスをギリギリで保って。

 そうして、今日の朝に僕が確認したときの状態になると、今度は開いた本棚にクッションが飛んでいく。

 見えない手で押し込まれているかのようにぎゅうぎゅうと。

 これもまた、朝見た状態になってしまった。

 最後に、衣装ケースが、浮く。

 重量のある衣装ケースがふわりと浮き、そのまま上下逆さまになってから、ゆっくりと着地した。

 これで、朝目覚めたときの僕の部屋が完成したわけだ。

 目覚まし時計を見ると、時間は夜の三時を指していた。

 パチン、という指が鳴る音と共に、再現されていた僕の部屋がかき消える。

 元の百怪対策室に戻ったが、僕の頭は大混乱だ。

 侵入者はいなかった。

 ただ、ひとりでに僕の部屋の物品が動いていただけ。

 そんなことを信じられるだろうか?

 「は……はは……」

 独りでに乾いた笑いが出た。

 力なく僕はソファに座り直す。

 「ま、予想通りだったな。ポルターガイスト現象だ」

 ポルターガイスト?

 聞いたことがある。とは言ってもうろ覚えだが。

 家の中の物品が独りでに飛び回るような怪現象だったはずだ。

 たしかに、僕の部屋で起こっていたことはポルターガイスト現象といってもさしつかえがないだろう。

 だが、そういうものだったか?

 もっとこう、なんていうか騒々しいものをイメージしていたのに、起こっていたのは僕の部屋だけの小規模なものだった。

 騒々しい霊ポルターガイストの名前に反するような現象だ。

 とはいえ、何が起こっているのかは分かったのだ。

 あとは、この現象をラングナーさんが解決できるかどうかにかかっている。

 「さて、それじゃあ今回の『怪』の種明しといこうか」

 まるで僕の心境を見透かしたかのようにラングナーさんはそう言って、葉巻に手を伸ばした。 

 ゆっくりと何度か吹かすと、満足そうに再び灰皿に葉巻を置く。

 「ポルタ―ガイスト現象。原因はいろいろあるんだが、今回のは明らかだな。犯人はキミ自身だ」

 そうして、とんでもないことを言い放った。

 

 5


 「……なんですと?」

 今日だけでかなり驚いたつもりだったのだが、まだまだ驚けることは残っていたらしい。

 ラングナーさんの、僕が犯人であるという発言はそれだけの力を持っていた。

 「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 僕は被害者ですよ? 毎晩毎晩僕の部屋を荒らしている犯人とかがいるはずでしょう」

 あんまりな回答になんとか立ち直った僕は思わずラングナーさんに食って掛かる。

 そんな僕の様子を見てもラングナーさんは全く慌てるそぶりも見せない。

 「言い方が悪かったな。犯人はキミなんだがキミの意識していない部分というかなんとかいうか、だな」

 やけにもったいぶった言い方だ。

 そんなものでけむに巻かれてしまうほど、馬鹿な人間ではないので僕は当然問い詰める。

 「意味が分かりません。僕であって、僕でない。そんな存在があるとは思えないんですけど。僕はこの世界に一人なんですからね」

 「その辺はどうかな。まあ、キミが言いたいこともわかる。しかし事実だ。まあ、実践してみる方が早いか。どれ」

 ぱぁん!

 僕の目の前で猫だましが炸裂する。

 ラングナーさんのほうに身を乗り出すようになっていた僕は、その猫だましで一瞬だけ意識に空白ができる。

 次の瞬間にはラングナーさんが消えていた。

 「なっ⁉」

 「動くんじゃないぞ。ずれたら困る」

 後ろからラングナーさんの声が聞こえると同時に、僕の肩と耳のあたりを抑えられる。

 何がなんだかわからないうちに、次に僕が感じたのは痛みだった。

 首筋の痛み。

 そして、ラングナーさんのものだろう頭が僕の首筋にある、ということを知覚する。

 首に噛みつかれた、ということだけがなんとか理解できた。

 皮膚を破られ、血液が流れだすのが分かる。

 痛みはそれほどでもないが、それでも首は急所だということぐらいは知ってるし、そこに穴が開いてしまったら出血量が洒落にならないということもわかる。

 だが、なぜか僕は抵抗できなかった。

 体に力が入らない。

 確実に命の危機に瀕しているというのに、僕の肉体はまるで抵抗することを拒否するように動いてくれなかった。

 その間にもどんどん僕の血液は流れ出ていく

 いや、ラングナーさんに吸われている。

 同時に、なんとも形容しがたい感覚なのだが、僕の中から“なにか”が引きずり出されているのも感じる。

 エネルギーのような何かだ。

 血液と一緒にそれが一緒にラングナーさんに吸われていくうちに、だんだんと僕の意識は遠くなっていく。

 白く、視界が染まっていく。

 そして、僕の意識は途切れた。



 目覚めた瞬間、自分がどこにいるのかが分からなかった。

 慌てて周囲を見渡して、百怪対策室であることを知る。

 気を失う前の最後の記憶を辿ってみると、僕は確実に失血死する勢いで血を吸われていたはずだ。

 腕時計で時間を確認すると、百怪対策室に入ってから三時間は経過していた。

 優に二時間は気絶していたことになる。

 そっと首筋に手を当ててみるが、そこには傷も何もなかった。

 「ん、起きたのか。かなり久しぶりだったから加減を間違えたのかと思ったが、大丈夫だったみたいだな」

 ソファではなく、パソコンデスクのほうにいたラングナーさんがそんな風に声をかけてくる。

 流石に葉巻は咥えていなかったが、ジャージに白衣なのは変わっていなかった。

 パソコンデスクを離れて、ラングナーさんは僕のほうに歩いてくる。

 気絶するほどに血を吸う、という奇行に走ったラングナーさんを僕は警戒してしまう。

 「おいおい、そんなに構えるんじゃない。キミの『怪』を解決するにはこうするのが一番だったんだからな」

 弁解する、というよりもさとすように言いながら、ラングナーさんは再び僕の向かいのソファに座る。

 「……一体、何が起こったんですか? 僕はあなたに血を吸われたんだと思うんですけど、その傷は無くなっているし、でも確実に記憶には残ってる……」

 「そりゃそうだ。キミの血は吸った。傷が無くなっているのは回復能力のおかげだな。感謝してくれてもいいぞ」

 なに言ってんだ? 人間の傷がそんなに簡単に治るはずがない。

 からかっているのだろうか?

 しかも、僕に起こった『怪』、ということはポルターガイストのことだろう。

 それを解決するのと、僕の血を吸うのがどういう関係にあるのだろうか?

 しかも感謝してもいいぞ、とか傲岸不遜ごうがんふそんにもほどがあるだろう。

 こっちはいきなり死にかけたんだ。もっと文句を言ってもいいはずだ。

 「いや、傷害罪で訴える勢いなんですけど」

 「傷がないのに傷害罪は無理だな。それに、法律っていうものは人間を裁くために存在しているんだからな。キミはもう厳密には人間とは言えないから適用できない」

 ?

 「さて、今回の『怪』の真相を教えてやろう。キミは超能力者で、その能力が寝ている間に暴走してしまっていたが故に今回の『怪』は起こった。寝ている間っていうのは無意識のたがが外れやすくなっているからな。そのためにキミが無意識的に抑え込んでしまっていた能力が発動してしまったんだろう。よくあることだ」

 ??

 「無意識的に能力を使ってしまうことを制御するのは不可能だ。キミがもっと能力自体に慣れてくればできるようになるのかもしれないが、それにはそもそも能力を使えるようにならないといけない。現時点ではそれは難しい。だから、私がキミの能力を多少奪って、その上で君自身の存在も強化した。今なら能力もある程度は制御できるはずだ」

???

 「結論を言おう。キミは今、中途半端に吸血鬼で超能力者だ」

 「すみません、そういうの間に合ってます」

 言うが早いかラングナーさんの手が伸びて、僕の手の甲をひっかく。

 「ってぇ!」

 思わず手を引っ込めるが、ラングナーさんはちょいちょい、とひっかいた僕の手の甲を指ささす。

 訳がわからないままに手の甲を見ると、出来ていた引っかき傷が見る見るうちに治っていった。

 にじんでいた血も、すぐに蒸発してしまう。

 それこそ、化け物のように。

 「ぁ……あぁ……?」

 「吸血鬼、というか吸血種としての能力は低い方だが、人間の範疇(はんちゅう)には収まらない。身体能力、再生能力、そして、感覚の強化。まるで漫画のヒーローか悪役だな」

 くつくつと愉快そうにラングナーさんは笑う。

 ちっともおかしくなんかない。

 「……戻してください」

 「ん? 何か言ったか?」

 「戻してくださいって言ったんだよ!」

 声を荒げて僕は目の前の少女をにらみつける。

 承諾もなしに人間を辞めさせられる? なんだそれは。不条理にもほどがあるだろう!

 僕は平凡に生きて、それなりに楽しく人生が送れればいいのだ。

 こんな人間以上の存在になっても、何も面白くなんかない。

 「ふう……わかってないな。元々君は超能力者だ。平凡な人間なんかじゃない。制御できない爆弾を抱えているのがどれだけ危険なのかぐらいはわかるだろう? 今はキミの部屋だけに限定して能力を行使していたようだが、それが拡大した時にどういうことになるのかぐらいは子供でも予想できるぞ」

 やれやれとでも言いたげな様子でラングナーさんは肩をすくめる。

 だが、そんなものは火に油を注ぐだけだった。

 「冗談じゃない! そもそも、僕が超能力者だっていう証拠自体がないじゃないですか! さっきの映像だって、貴方が作ったものかもしれない!」

 もっともな反論だと思ったのだが、ラングナーさんは少しも慌てることもなくポケットから何かを取り出した。

 机の上に置かれたそれは、タバコの箱だった。

 「百聞は一見にかず。やってみたらいい。頭に来てるんだろ? 手を使わずにこのタバコの箱を吹っ飛ばしてみろ」

 その言い方が更に僕の神経を逆なでするが、逆にやってやろうじゃないか、という心境にもなる。

 タバコの箱を睨みつける。

 手を使わずに、吹っ飛ばす? なるほど、たしかにそんなことができるのならば僕は超能力者なんだろう。

 思いっきり、見えない手でタバコの箱を潰すイメージ。

 僕のイメージした握りこぶしがタバコの箱を叩き潰すと、くしゃり、と音を立ててあっけなくタバコの箱は潰れてしまった。

 「!」

 あまりに予想外の事態に僕は凍り付く。

 「ほうほう。初めて意識下で発動したにしては上出来だな。これなら制御にそこまで苦労はしないのかもしれないな」

 脳みそがフリーズしている僕とは違って、ラングナーさんは平静だった。

 「で、どうする? 再び制御できない超能力者に戻るか? コダマ」


 6


 今まで生きてきて、自分が特別だと思ったことはない。

 勉強でも運動でも一番になったことはなかったし、芸術的な分野の才能もそれほどでもなかった。

 そんな僕が、いきなり自分が超能力者なんてことを受け止めきれるだろうか?

 その上に、吸血鬼にもなってしまった。

 「はは……は……」

 乾いた笑いしかでない。

 僕は、どうなってしまうんだ?

 こんな凶悪な力を持って、今までのように生活できるのだろうか? 

 ふとした弾みで、人を殺せる力じゃないか。

 怒りで我を忘れてしまったら、僕は間違いなくとんでもなく危険な存在になってしまう。

 そんな存在は人間社会において、許されるはずがない。

 いや、そもそも人間じゃなくなってしまったのだから、人間の法が適用できないか。

 なんとも、不条理だ。

 「こら、コダマ。トリップしてるんじゃない。どうせ力を持て余してしまうことばっかり考えているんだろうが、キミが制御できるようになってしまえばいいだけの話だ」

 ラングナーさんが何か言っているが、その制御がどうやったらいいのかがわからないんだ。

 暴走しない危険性なんてものは誰も保証できない。

 「まったく、暗い顔をしてるんじゃない。いいか? 私がキミに制御の仕方を教えてやるし、暴走する前に止めてやる。だから安心しろ」

 ……なんて言った? 

 今、ラングナーさんはなんて言ったんだ?

 「聞こえなかったのか? 私がキミの能力の手綱を握ってやると言ったんだ。このヴィクトリア・L・ラングナー直々じきじきに指導してもらえるだなんて、キミはずいぶんと幸運らしいな」

 ふんぞり返って、葉巻を咥えながら言ってはいるものの、その言葉は僕にとってはある種の福音ふくいんだった。

 「本当に、僕に制御の仕方を教えてくれるんですか?」

 「ああ本当だ。ただし、多少の代償は払ってもらうがな」

 「何ですか。その代償っていうのは?」

 超能力者を抱え込むリスクなんてものは考えてこともないが、それが普通のモノではないことぐらいは想像できる。

 一体、僕はどんな代償を払わせられるのだろうか?

 「そうだな。私の助手をやってくれ。バイト感覚で構わない。色々と私一人では手が回らないことも多くてな。ちょうど人が欲しかったんだ」

 「え、そんなことでいいんですか? もっとこう莫大なお金とか、貴重な物品とかじゃないんですか?」

 「キミがカネやらモノやら持っているのか? ただの高校生が?」

 う。確かに。

 成人もしていない子供が払える金額やら、差し出せるモノなんてたかが知れてる。

 そういうことならば、この奇妙な百怪対策室で助手として働くというのは、それなりに妥当なところなのだろう。

 決断する時だ。

 「わかりましたラングナーさん。ここで僕を働かせてください。そして、僕に能力の制御の仕方を教えてください」

 まっすぐ僕の視線を受け止めて、ラングナーさんは満足そうに笑った。

 「いいだろう。契約成立だな。一応、労働契約書やらなんやらは私が用意しておくからキミはハンコ持ってこい」

 「はい。よろしくお願いします」

 「あ、そうそう。これだけは言っておくぞ」

 「?」

 「私のことはラングナーさんではなく、室長と呼べ」

 こうして、僕がは百怪対策室の助手として働くことになった。

 ラングナーさん、いや、室長の助手として。

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