4.桜が咲く理由

 出来上がったものをタッパーに詰め込み、お神酒とは別にペットボトルに入れたお茶も用意する。

 夕暮れの町は、雨が降り出しそうな天気のせいか、静まり返っていた。

 行き交う人は、大荷物の私を不思議そうに見るけど、声を掛けてくることは無い。


「お神酒持ってくださいよ。重い」

「まだ人目があるから。山に入ったらどっちも持ってやるから我慢しろよ」


 傍を歩くクロは、面倒そうにそう言った。

 でも持ってくれるらしいので、頑張って腕に力を入れる。


「雨降りそうですね」

「そうだな。小雨程度だったら桜がもっと綺麗だぞ」


 雨に濡れる桜というのは確かに風流だ。

 ……風流とかあまり理解していないけど、まぁ和風で綺麗なものを風流と言っておけば間違いない気がする。


 花咲神社は町の中心にあり、弦巻神社は南の端。

 元々そんなに大きな町でもないので、二十分ほどで山まで辿り着いた。

 宣言通り、クロが荷物を持ってくれたが、既に私は疲労困憊だった。


「歩いたり走ったりは得意なんですけど、重い荷物を運ぶのは苦手です」

「自転車で来ればよかったんじゃねぇの?」

「駄目です。中身が崩れちゃう」

「そういえば、色々作ってたな。餡子だけでいいって言ったのに」

「だってお花見ですもん。色々持っていきたいじゃないですか」


 石段を昇っている最中に、雨が降ってきた。

 傘をさすほどでもないし、山の木々が殆どの雨を遮ってくれる。


「そういえば、なんで此処の桜は狂い咲きするんですか?」

「んー?」

「山の上だけ特殊な条件があるとか?それとも元々そういう種類?」


 昨日のクロの口ぶりだと、桜は毎年同じ時期に狂い咲くようだった。

 それって狂い咲きって言うのだろうか、そもそも。

 ある意味規則正しく咲いているとも言える。


 そう考えていると、前方を歩くクロが呟いた。


「俺が呪ったから」


 雨の山道にその言葉が溶け込む。

 私はその意味がわからなかった。


「呪った?呪って、狂い咲くようにしたんですか?」

「そうだよ」

「どうして?」


 クロが足を止めて振り返る。


「桜の木が殺してくれと泣いたから」


 雨の水気でも帯びたかのように、その言葉は薄気味悪い湿度を持っていた。

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