3.餡子作りは蒸すのが大事

 鍋に小豆と水を入れて、下準備。

 翌朝見てみると、小豆は水を吸って膨らんでいた。


 餡子の作り方は色々あるけど、私の実家では前日に餡子を水に浸しておく。本当はこの工程は無くてもいいらしいけど、これをしないと落ち着かない。


「あっずき、あずき、あずきのにゃんこー」


 鍋を火にかけ、焦げないように様子を見る。

 沸騰したら火を止めて、鍋に蓋をして蒸らす。この蒸らしが餡子の味を左右するといっても過言ではない。


「あずき、あずきー、あずきのすずめー」

「何、変な歌うたってんだよ」

「ひやぁっ!」


 急に後ろから声を掛けられたので、驚いて飛び上がる。

 振り返ると、台所の出入り口のところに、クロが呆れ顔で立っていた。


「勝手に入らないで下さいよ!」

「俺の神社で何しようと俺の自由だろ?」

「貴方の神社じゃないでしょ」

「確かに。まぁ細かいことはいいじゃん。いつ出来るんだ?」

「今作り始めたばかりだから、あと二時間はかかりますよ」


 クロは「へぇ」とだけ言って、その場に腰を下ろした。

 私の作業を見張っているのだろうか。蛇神に献上する餡子だから、不味く出来たら困るとか?


「心配しなくても、美味しく作りますよ」

「ちげぇよ。暇なんだよ。近所の猫たちも遊びに来ないし」

「じゃあいつもみたいに寝てればいいじゃないですか」

「そういう気分でもねぇの」


 見られてると落ち着かないんだけどなぁ。

 煮汁を捨ててから再び水を入れて火にかける。小豆が煮える音が静かな台所に響いた。


「弦巻神社のお祭りっていつなんですか?」

「知らん。冬だった気がする」

「餡子を奉納するらしいですね」

「うん。各神社からも奉納するから、覚えておけよ」

「えー、今日持っていくからそれじゃダメですか?」

「ダメ。もし持って行かないと……」

「姉様の沽券に関わる」


 先回りして言えば、クロが言葉を飲み込むのがわかった。


「本当にお姉さまが大好きなんですねー。他に兄弟いないんですか?」

「いないと思う。俺と姉様、結構年が離れてるから、その間に一人ぐらいいるかもしれないけど」

「どういうお姉さまなんですか?」

「姉様は強くて優しい。あの高飛車な狐だって、姉様の前じゃ仔犬みたいだし、他の神様からも一目置かれてるんだ。それに姉様は美人だから、求婚の申し込みも沢山あるし」


 嬉々として話す様は、なんだか可愛らしい。

 何かに似ていると思ったら、あれだ。「うちのママはすごいんだぞー」って自慢する幼稚園児。


「じゃあ早く戻ってくるといいですね」


 何気なく言ったら、クロは少し口ごもった。

 なんだろう?私変なこと言ったかな?


「クロ?」

「姉様戻ってきたら、お前……」

「あ!」


 いけない。水が減ってきちゃった。

 水を鍋に足して、更に煮込んでいく。この工程、地味だけど割と好きだったりする。


「あれ、さっき何か言いました?」

「なんでもねぇよ」

「出来上がったら味見してくれます?あ、でも猫舌か」

「うん。だから冷ましてからにしてくれ」


 じゃあ温かい出来立ては私が食べよう。

 温かい餡子に黄粉をかけて頬張るのを想像し、唾液腺が刺激された。


 それに、と視線を向けた先は食事をするためのテーブル。

 その上に乗った、さっき一緒に買って来たものが目に入る。早く使いたいと思いながらも、餡子づくりに焦りは禁物なので、私は必死に耐え忍んだ。

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