2.小豆を買いに町へ行こう

 烏帽子というのはクロの使役魔の鬼火であり、私はにゃんこ火と名付けて可愛がっていた。

 だってクロと違って素直で可愛いし。


「お前、どんだけ烏帽子のこと気に入ってるんだよ……」

「仲間はずれじゃかわいそうです。ねー、にゃんこ火」


 名前を呼ぶと、鳥居の上から青白い火の玉が下りて来た。


「おい、お前の名前は烏帽子だからな。にゃんこ火って呼ばれて下りてくるな」


 クロに窘められたにゃんこ火が、困ったようにうろうろする。


「いいじゃないですか。可愛いし」

「烏帽子は俺が姉様から貰ったんだ。お前のじゃない」


 姉様、というのが花咲神社の真の主だが、私はまだ会ったことがない。

 そもそも私が此処に派遣されたのも、その神様が留守の間、弟であるクロを世話する人が欲しいとのことで依頼してきたのがきっかけだった。

 過保護な姉神とシスコンの弟神という関係みたいだけど、契約が切れる前に会ってみたいな、とは思う。


「にゃんこ火も行きたいでしょ、お花見」


 そう尋ねると、火の勢いが少しだけ強くなった。

 行きたい、という意思表示だろう。


「じゃあ決まり。クロ、後で買い物行ってきますね」

「ったく、どっちが主だかわかんねぇな」


 文句を言いながらもクロは駄目とは言わなかった。

 境内の掃除を済ませてから、私は巫女装束から私服に着替えて町へ出た。

 引っ越してからまだ一ヶ月足らずだが、猫柳町は過ごしやすい場所である。

 大きなショッピングモールなどはないが、駅前の商店街が栄えていて、日常生活で必要なものはなんでも手に入る。

 それに神社が多いことから、神前に供えるものも個人商店で取り扱っている他、問屋から取り寄せるのも容易になっていた。


 商店街に入っている小さな店に顔を出すと、人懐こい笑みを浮かべたおばちゃんが出迎えてくれた。


「いらっしゃい」

「小豆ありますか?」

「あるよ。何かつくるのかい?」

「餡子を作るんです。沢山」

「餡子だって?」


 おばちゃんは私の頭の先から爪先までを見て、それから感心したような声を出した。


「今時の子にしては珍しいね」

「そうですか?沢山作りたいので、えーっと、一キロ分下さい」

「ちょっと待ってね。今朝届いたのがまだ段ボールに入ってるから、折角だから新しいの出してあげるよ」


 おばちゃんはレジカウンターの中に入ると、そこにしゃがみ込んだ。

 何かを漁る音が聞こえる。


「餡子が好きなの?」

「えぇ、まぁ」

「だったら弦巻神社の祭事の前は、良い小豆が沢山入るから、覚えておくといいよ」

「弦巻神社?」

「山の上にある、蛇神を祀っている神社だよ」


 まさしくそこに行くつもりです。とは言わない。

 何のためにって聞かれたら困るし。


「餡子が大好きな神様だから、祭事の時には皆が牡丹餅を作ってご奉納に行くのさ。お祭りが終わるころに皆でそれを頂くんだ」

「へぇ。胃もたれしそう」

「毎年、腹を壊す奴が出るんだよ。蛇神様の真似して一口で飲み込もうとしたりね」


 おばちゃんは快活に笑いながら、小豆と砂糖の袋を手に取って立ち上がる。


「お砂糖もいるだろう?」

「はい。……あ、そうだ。これも下さい」


 近くの棚にあったものを取ってレジに置くと、おばちゃんは「あいよっ」と威勢のいい言葉で応じた。

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