狂い桜には今年も蛇神様が寄り添っている

1.雨季の桜

「桜の狂い咲きって見たことあるか?」


 梅雨の気配が迫ってきた六月、クロがそんなことを言った。

 私は掃除の手を休めて、神社の社の上を見上げる。


 黒い髪を束ねて、和服に身を包んだ少年が優雅に寝そべっているが、その姿は限られた人間にしか見られない。

 クロはこの「花咲神社」の代理神であり、渡り巫女である私が仕えている神様でもある。


「ないです」

「この町に、狂い咲きが見れる場所があるんだ」

「ふーん」

「なんだよ、反応薄いな。ミドリって花とか興味ねぇの?」


 私の名前は美鳥(ミトリ)れんこだが、クロはそれをわざと間違えて呼んでいる。

 もう慣れちゃったけど。なんで本名呼ばないのかも知っているから、悪い気はしないし。


「だってそういう狂い咲きって、ちょっとしょぼいじゃないですか。ニュースで散々取り上げられているの見ても、満開とは程遠いし」


 花咲神社は心願成就で有名であるが、此処の本来の神様は旅行に出てしまっている。代理として此処にいるクロは、願い事の神様ではなくて、呪いの神様だった。


 本人曰く、願い事も呪いも同じものだというが、ちょっと違うと思う。

 因みにクロの神社は別にあるそうだ。私は未だにそこに行ったことはないけど、呪いの神社らしく、良い感じに朽ち果てているのだろう。


「そこらの狂い咲きと一緒にすんなよ。何しろこっちは神社の桜なんだからよ」

「神社?稲荷神社とかにあるんですか?」

「狐のところには油揚げでもぶら下げておけばいいんだ。蛇神のところだよ」

「確か山の上にあるんでしたっけ?」

「うん。最近挨拶に行ってないから、桜見るついでに行こうと思ってさ。お前、餡子とか作れる?」

「アンコ、ですか?」


 餡子って、あの小豆を煮るやつ?

 実家で神事の度に手伝わされていたから作れないことはないけど、なんで?


「餡子が大好物なんだよ、そこの蛇神。酒飲みながら餡子食うらしいけど、変だよな?」

「私、お酒飲まないからわからないです」

「なんで?」

「法律で決まってるんです!」


 神様に法律など無縁だろうけど、私には大事なことだ。

 そりゃ確かに見た目は派手だし、非行をしているんじゃないかと疑われたことも二度三度じゃないけど、これはあくまでファッションだ。

 大体、高校生が酒と煙草とかダサすぎるし。オッサンじゃない。


「あっそ。明日行くから準備しとけよ」

「明日?」

「日曜日だろ」

「えー、朝から餡子煮るの面倒くさいです。起きれない。死んじゃう」

「死なねぇだろ。どっかで買ってきてもいいけど?」


 うーん。

 神様にあげるのなら、流石にそれは失礼な気がする。

 こういうところは、私は割と巫女っぽいと思う。褒めて。誰か褒めて。


「いいですよ、やりますけど……。餡子だけでいいんですか?」

「おはぎとか好きらしいけど、流石にお前ひとりでそこまで出来ねぇだろ。餡子だけでいいよ」

「お酒は?」

「お神酒が沢山あるから、いいの見繕って持ってく。あ、行くのは夕方だからな。何も朝作らなくていい。それと化粧落とすなよ」


 ん?


「私も行くんですか?」

「え、行かねぇの?綺麗だぜ、そこの桜」

「お花見なら、もっと色々用意したいです。お酒飲めないし。にゃんこ火のご飯もあるし」

「烏帽子だって。あいつはそのあたりで勝手に飯食ってるから大丈夫だよ」

「え!連れて行かないんですか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る