12:「ミドリ」の理由(終)

「でもあの呪いって危ないんじゃないですか?」


 翌朝、眠い目を擦りながら掃除をしていた私は、あることに気が付いてそう言った。

 クロは社の上で寝転がりながら「何が?」と問い返す。


「もし動物霊の中に、「殺したいほど愛してる!」みたいなのがいたらどうするんですか?」

「動物霊はそんな複雑なこと考えねぇよ。まぁ、いないとは言い切れないけど、他の連中が止めるだろ。あの霊たちは、生きている幡野怜奈に可愛がられてたんだ。だから死んだ彼女に興味はない」

「そういうもんなんですか」


 再び掃除に戻る。


 正直眠すぎて、あまり身が入らない。

 朝は適当に済ませて、学校が終わってからやり直そうか。


「あ、そうだ。にゃんこ火は?」

「だから烏帽子だって。お前、あれが気に入ったのか?」

「ご飯とか食べないんですか?カリカリとかあげたいです」

「食べるけど、今はいないぞ。昼間は猫の姿してるからな」

「うーん、それだと見つけるの大変かも」

「いや小さいサバトラ柄だから、見つけやすいと思う」


 サバトラ柄?昨日見たような気がする。

 

 思い出そうとしていると、誰かが石段を昇ってきた。

 屋根にいるクロが先にその姿を見て、「うげぇ」と妙な声を出す。


 一体どうしたんだろう、と思って視線を石段に向ける。軽やかな足取りで現れたのは、長い髪をなびかせた一人の女子高生だった。


「あ、れんこちゃん」

「ユリ」


 クラスメイトの星城ユリカだった。

 制服姿で、風呂敷に包んだ重箱を抱えている。


「やっぱり花咲神社に来た渡り巫女って、れんこちゃんだったんだ。タイミングぴったりだったし、まさかとは思ってたんだけど」

「渡り巫女のこと知ってるの?」

「だって……」


 ユリカが何か言いかけた時に、クロが屋根から飛び降りて走ってきた。

 私の前に立つと、威嚇するようにユリカを睨み付ける。


「星城ユリカ!お前は来るなって言ってるだろ!」

「そう言われましても、我が主が挨拶に伺うようにと言うものですから」


 あれ?


「お前が来ると狐くさくなるんだよ!あの野郎、また妙ないたずらしただろ!」

「そのお詫びも兼ねて、お稲荷さんをお持ちしました。寂しそうにしている霊を慰めたつもりらしいのですけど」

「あの狐の言い訳は聞きあきた!姉様がいないからって調子乗ってんじゃねぇ!」


 ユリカが普通にクロと話してる。

 しかも狐にお稲荷さんって、もしかして。


「ユリカって稲荷神社の人間?」

「うん、うちは神主の一族。お狐様に、新しい巫女に挨拶してくるように言われたんだ」

「あ、そうなんだー。私も実家は神社なんだ。奇遇だね」

「ミドリ!そいつと馴れ馴れしく喋るな!」


 怒り狂っているクロが叫ぶように言う。

 どうしたものかと困っている私に、ユリカが声を掛けた。


「ミドリって?」

「苗字をずっと間違えて呼ばれてる」

「……ふーん」


 ユリカは面白そうに目を細めた。


「ねぇ、れんこちゃん。いいこと教えてあげるね」

「何?」

「クロ様はね、まだ若いカミサマだから人の名前呼んだだけで呪っちゃうことがあるんだって」

「おい、狐の腰巾着!余計なこと言うな!」


 何故か焦っているクロに構わず、ユリカは続ける。

 結構肝が据わっているタイプらしい。


「だからね、気に入った人の名前はわざと呼ばないようにしてるんだよ」

「……へ」


 私がクロを見ると、クロはつい今しがた叫んでいたのが嘘のように黙り込んでいた。

 朝日のせいなのか、顔が赤いような気がする。


 寝不足の頭で、今言われた意味を考えながら、私は尋ねた。


「クロは私が気に入ったんですか?」

「……違う、違う、違うー!」


 まるで駄々をこねるように大声を出したクロは、逃げるように社の中に入ってしまった。

 ご丁寧に中から閂までかけて。


「図星だね」

「クロー、ちょっと今の話を詳しく」


 社の中に声を掛けると、クロが思い切り動揺しながら叫び返す。


「ちげぇよ、嫌がらせにわざと間違えてるんだよ!気に入ってなんかいない!」

「わざとなんですか。じゃあ私の名前言えますよね?」

「う……っ。いや、わざとじゃない。覚えてないだけ!」

「え、もう一度自己紹介しますか?」

「しなくていい!」


 きっと真っ赤になっているだろうクロを思い浮かべながら、私は悪戯っぽい口調で話しかける。


「ミドリっていうのはクロなりの愛情表現ですか?」

「もういいから、学校に行け!あと狐の腰巾着!お前は後々呪う!」


 何だか妙な神様のところに来てしまったけど、暫くは本当の神社の主に戻ってもらわなくてもいいかもしれない。


「私はクロのこと、気に入ってますよー」


 トドメとばかりにそう言うと、中で弱り切った猫の鳴き声がした。



END

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