11:呪詛神は呪う

「自分を可愛がってくれた人間が、他の動物を可愛がっているのが気にいらないんだろ。結構そういう霊はいるけど、あれだけ集まるってのは変だな」

「狐のいたずらのせいですか?」

「多分。姉様に言いつけてやろうっと」


 少し笑ってから、クロは木の陰から出る。

 私が追いかけようとすると、手で制止された。


「あまり近くにいないほうがいい。低俗霊とはいえ、あれだけ集まると厄介だしな」

「お気をつけて」

「誰に言ってんだよ」


 クロが彼女を呪うのを止めに来たつもりが、気付けば木陰で縮こまっている自分が情けない。

 でも、視えるだけで何も出来ない私が、あの怨霊相手に手も足も出ないこともわかっている。


 クロの足手まといになるぐらいなら、此処で大人しく待っていたほうが、神社キーパーとして合格点だろう。


 そう考えていた時に、クロの声が闇を裂いた。


「朽花神社の主が命じる!忌まわしき有象無象、我が声が届けば動きを止めよ!」


 凛とした声に、池を掻きまわしていた手が、その言葉通り動きを止めた。

 だが、腕全体が小さく震えているところを見ると、「止められた」という表現のほうが正しいかもしれない。


 クロの放った言葉が、怨霊たちの動きを止めたのだ。

 言霊、いや、この場合は呪詛かもしれない。


「花咲神社の代行として、「幡野怜奈」の願いを聞き入れた。友達を殺した犯人は、この通り見つけてやったから感謝しろ」


 感謝しろって言っても、幡野さんは明らかに意識がないから無駄だと思う。


「お前自身が怨霊の依り代となり、金魚を殺した。その怨霊はお前にべったり張り付いて離れない。放っておけば今後も金魚は死に続ける」


 聞いていないのにも関わらず、饒舌に語るクロ。

 腕は相変わらず、無駄な抵抗を続けている。


「だから俺がお前を呪って、終止符を打ってやろう」


 終止符。

 その言葉に私は思わず冷や汗を垂らした。


 確かに幡野さんを呪い殺してしまえば、これ以上金魚が死ぬことはない。

 でも、やっぱりそんなの間違っている。


 クロは静かに幡野さんに近づき、蠢く黒い靄を振り払うようにしながら、彼女の首を掴んだ。

 意識のない彼女は、なされるがままになっている。


「我が呪いを受けて、静かに眠れ」


 その言葉をクロが口にした瞬間、黒い靄が弾け飛んだ。

 風船でも割れたかのように四方に散らばり、粉々になって消え去ってしまった。


 後に残されたのはクロと、そしてその足元に倒れた幡野さんだけだった。

 私の位置からでは、あたりが暗いのもあって、彼女が生きているか死んでいるかもわからない。


 でも、黒い靄が晴れたということは、そういうことなんだろうか?


「呪い完了っと」


 クロは悪戯っぽい笑みを浮かべて言うと、あっさり踵を返して私のところに戻ってきた。


「帰るぞ」

「は、幡野さんは……」


 殺したんですか、と聞こうとして言葉に詰まる。

 それに対して肯定されたら、私はどうしていいかわからなかった。


 だが、クロは私が問うよりも先に、思わぬ言葉を口にした。


「朝になれば起きるよ。呪いが結構大きいから定着するのに時間かかるかもな」

「へ?生きてるんですか?」

「は?殺してくれなんて言ってねぇだろ、彼女は」


 昨日から今までのことを思い出す。

 確かにそんなことは頼んでない。幡野さんは「見つけてほしい」と言っただけだ。


「え、じゃあ何の呪いなんですか?怨霊が一瞬で消えましたけど」

「んー……そうだな。元々の原因は、彼女が動物に愛情を注ぎすぎたことだ。だから死んだ動物の怨霊までも引きつけちまった」

「まさか、彼女から動物への愛を奪ったとか?」

「それでもよかったけど、俺は猫が好きな奴に手荒なことはしたくない。要するに、彼女が死んだ動物の霊に好かれなきゃ事は収まる。俺は彼女にこういう呪いをかけた」


 クロは口角を吊り上げて言葉を続けた。


「彼女を愛する霊が近づいたら、彼女が死んでしまう呪い」

「……はい?」

「案の定、あの怨霊たちは一瞬で逃げて行ったな。大好きな彼女が死んじゃうのは、いくら怨霊でも耐えがたいんだろ」


 つまり先ほど私が見たのは、彼女を殺さまいとして逃げて行く霊だったらしい。


「というか呪いって聞いてすぐに殺すって連想するとか、人間は怖いよなぁ。そんな人を殺して然るべき恨みなんて滅多にねぇよ」


 何故か逆に怖がられた。

 全くもって釈然としないけど、とりあえず最悪の想像は回避出来たので、私は安心して溜息をついた。


 どこかで狐の鳴き声のようなものが聞こえたが、その時の私は兎に角早く寝たくて仕方なかった。

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