8:スキンケアは丑三時前

「使えないな」

「悪かったですね。まだ巫女としては新米なんです」

「この町は他と比べて神様も多いけど、悪霊とかも寄ってくるんだぜ?俺はいいよ、これでも神様だから。お前はただ見えるだけで何も出来ないんだから、気ぃ張っておかないと、気付いたら魑魅魍魎の仲間入りだ」


 私は眉間に皺を寄せる。

 言われていることは腹立たしいが、確かに一理ある。


 渡り巫女が仕事中に、怪異に巻き込まれて死ぬことは、頻度は低いが有り得ないことではない。

 まして新入りなのに、呪いの神の元に派遣されてしまった私は、相当に危険度が高いとも言える。心配されても無理はない。


 ……あれ?


「心配してくれてるんですか、もしかして」


 心に浮かんだことをそのまま口にすると、クロは面倒くさそうに鼻を鳴らした。


「そんなんじゃない。この町での姉様の沽券に関わるからだよ。巫女を殺した神社なんて、汚名以外の何モンでもないし」

「シスコン」

「しすこん?」

「で、これからどうしますか。金魚を殺した犯人を探してこいとでも言いますか」

「金魚が殺された原因はわかったよ」


 クロがのんびりと言うので、私は虚を突かれて目を丸くした。


「わかったんですか?」

「あの女学生のせいだね」

「でも、幡野さんは殺してないって……」

「殺してはいないけど、原因ではある。お前が見た黒いの、正体はわからないけど彼女に憑りついている怨霊だ」


 憑りついた怨霊が金魚を殺した?


 普通は憑りついた相手を殺すのではないだろうか。

 それがどうして金魚を殺すことになる?


 混乱している私を余所に、クロは何故か笑顔を作る。


「というわけで、ミドリ。丑三つ時に出かけるぞ」

「え、出かけるって?」

「彼女を呪いに行くんだよ」


 もう、意味が分からない。


「なんでですか。彼女に憑りついてる怨霊が原因なんでしょう?だったら怨霊を祓えばいいじゃないですか」

「俺に出来るのは呪いだけ。彼女を呪って、金魚が殺されないようにする」


 まさか呪い殺してしまうつもりなのだろうか。

 寄生先がいなくなれば、怨霊も消えるだろうが、そんなことを見過ごせるわけがない。


「駄目です!絶対ダメ!」

「神様に頼んだことってのはな、覆せないの。俺も人間の願いを叶えなきゃいけない。ダメって言うのは勝手だけど、俺はそれを聞く義務はなーい」


 飄々と言いながら社に戻ろうとするクロを、私は再度引き留める。

 今度は着物の裾を引っ張ったので、「にゃん」という悲鳴が聞こえた。


「なんだよ、まだ何かあんのか」

「丑三つ時って何時ですか」

「今時の若い巫女はそんなことも知らねぇのかよ!二時だよ二時!」

「二時!お肌に悪いじゃないですか、そんな時間まで起きてたら」

「知るか!」


 今度こそ社に戻ってしまったクロに、私は憤りを交えて「もうっ」とその場で足を踏み鳴らした。


 なお古代神事における足踏みは、神を呼ぶ儀式ともされるが、この場合は単にイラついただけである。


 兎に角、二時。二時である。フェイスパックして、仮眠を取ろう。

 私はそう決めて、家に戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る