6:飼育委員は金魚を愛す

「こんにちは」


 声をかけると、彼女は驚いたように顔をあげた。


 昨日と違って泣いていないので、顔の造形がはっきり見える。

 特徴のない子だと思っていたけど、よく見たら口元に黒子があった。


「……転校生の」

「美鳥れんこでーす。ねぇ、飼育委員なの?」

「そう、だけど」


 警戒気味に答えられて、ちょっとこちらとしても申し訳ない気分になる。でも許してほしい。こっちは神様の依頼で来ているのだから。


「可愛い金魚だね。何匹いるの?」

「……三十尾ぐらい」


 池の中を悠々と泳ぐ金魚は、いずれも元気がいい。

 お祭りの縁日で見るような、弱った金魚とは格が違う。


「飼育委員って他にもいるの?」

「希望制なの。金魚の世話、無理矢理押し付けられてもやらない人が多いから。私の他には一年生に二人、二年生に一人の合計四人だけ」

「柵があるのは、悪戯されないため?」


 柵がまだ新しいのを見て、私は問いかける。

 相手は困ったような顔をして少し悩んだ後、歯切れ悪く答えた。


「金魚が、最近よく殺されるの。それで」

「猫とか犬の仕業?」

「違うと思う。金魚の死体はいつも池の中に浮いているから。猫や犬はあまり池の中に入らないし」

「それって病気で死んじゃったとかじゃないの?」

「病気で、八つ裂きにはならないもの」


 八つ裂き?


 あまり普段聞かない言葉だ。時代劇とかで偶に聞くぐらいで、こんな場所で耳にするとは思わなかった。


「裂くってナイフとかで?」

「ちょっと違うかも。引きちぎったような感じ」


 私が興味を持ったせいか、相手も気を許してくれたようだった。

 友達としては多分ノリが合わないけど、私はこういうタイプは嫌いじゃない。


「私が世話をした翌日に死んでいることが多くて、それで変な目で見られてる。私はそんなことしないのに」

「他の人の時は死なないの?」

「そう。でも金魚を一番世話しているのは私だから。こんなに可愛い金魚を殺したりするわけない」


 その時、彼女の周りに何かが膨れ上がった。


 それは一瞬のことだったし、油断していた私には、黒い靄のようにしか見えなかった。

 だが私以外の人には、靄にすら見えなかっただろう。


 渡り巫女として協会に登録される人間は、霊感のあることを第一条件とされる。それも生半可なものでは駄目だ。少なくとも神様が見えて、話が出来るようでなければ意味がない。


 私はそれに見合う能力を持っていたけれど、場数が足りないせいで突然のことには反応が遅れる。

 それに見えたところで、何かが出来るわけじゃない。

 あぁ、何かいるな。とわかるだけだ。


 今のが何か確かめようとしたけれど、既にそれは跡形もなく消え失せていた。


「金魚は家でも育てていたりするの?」

「小さい頃から、沢山。賞を獲ったこともあるけど、金魚はどんな金魚でも可愛いの」


 その言葉に嘘偽りはないように思えた。

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