5:転校生は忙しい
転校そのものはスムーズだった。
私は今の化粧や髪型を、出来ることなら継続したかった。幸いにして猫柳高等学校は、私の学力でも十分に通える上に、校則が緩いというオマケつき。
前の学校は各指の爪の長さまで決まっているようなところだったから、こういうところは有り難い。
適度に都心にも近いから、私の格好に驚くような生徒もいなかった。
それに制服はセーラー服だ。ちょっと古風に黒セーラーに白いスカーフというのも気に入った。今日はまだスカートの丈は標準のままだが、近いうちに膝上丈に改造しよう。
「れんこちゃんって地下アイドルにいそうだよね」
昼休み、隣の席の子がそう言った。周りも同意するように頷いている。
地下アイドルという言葉が褒め言葉かどうかは兎に角として、興味を持ってもらえるのは嬉しい。
転校生への通過儀礼である、休み時間の質問タイムは一定の盛り上がりを終えて、今は少し落ち着いていた。
「目指してたりするの?」
「そういうのは目指してないけど、メイクとかは真似するよ」
「やっぱりー。メイクは何使ってるの?」
女子高生らしいトークで弾む中、私は周囲をさりげなく見回した。
朝礼の時に転校の挨拶をしたのだが、偶然にも同じクラスに昨日の女子生徒がいるのを発見した。
正直、なんで同じクラスなんだろうと運命を呪った。
違うクラスだったら、クロに言い訳もできるけど、同じクラスじゃそれも出来ない。
「どうしたの?誰か探してるの?」
私の視線に気付いたのか、隣の子が首を傾げる。
長い黒髪にウェーブをかけているのが非常によく似合う。化粧も私のとは違う大人っぽいものだったが、顔は童顔なので少し不思議な印象を与える子だった。
「そういうわけじゃないけど」
私はそう言って言葉を濁す。
だって、転校して早々に「あの子誰?」とか聞けるわけがない。よほど目立つのなら兎に角として、彼女はこれといった特徴もない。
それを気になるなんて言ったら、胡散臭い目で見られること必至だ。
でも隣の子は、私の視線の先を見ると、察してくれたようだった。
「幡野さんが気になるの?」
「え、いや……。昨日見かけたの、引っ越しの途中で」
我ながら良い言い訳。
嘘ではない。まだあの時は、住居となる家には入っていなかったのだから。
「あの子ね、飼育委員なんだよ。動物が大好きで、家でも犬とか猫飼ってるの。その散歩してたかもね」
「飼育委員?高校でも飼育委員ってあるの?」
私が今まで行ったことがある高校には、学校で育てている動物はいなかった。
小学生、中学生なら当たり前だと思えるが、高校生で飼育委員というのは珍しい気がする。
「飼育委員って言ってもね、飼育してるのは金魚」
「金魚?」
「この町は昔から金魚が名産なんだよ。だからこの町で育った子は、小学生の時に必ず金魚の世話をさせられるの」
町の名前は猫柳なのに。
でも別に名前に動物の名前が入っているからといって、それに従う必要はないか。そんなことを言ったら、龍の字が付く市町村が困ってしまう。
「じゃあ幡野さんは金魚の世話をしているの?」
「うん。でも最近、金魚が殺されちゃうことがあってね。犬とか猫の仕業だろうって言ってるんだけど」
「金魚って池とかで飼ってるの?」
「柵はあるけどねー。興味あるなら見に行って来れば?幡野さんも放課後に餌あげてるから、沢山見れるかもよ。でも幡野さん、金魚が殺されちゃって悲しんでるから、あまり長居はしないほうがいいかも」
「行ってみようかな。ありがとう。えーっと……」
まだ名前を聞いていなかったことに気付いて言葉を詰まらせる。
隣の子は寛容に微笑んで、名札を見せてくれた。
「星城ユリカ。よろしくね」
「セイジョウ……珍しい名前だね」
「そうかな?ユリでいいよー」
放課後、ユリカに教えられた場所に向かうと、そこは体育館とプールの間に作られた小さな池だった。
日当たりはあまり良いとも思えないが、池は綺麗に掃除してあって、周りには陶器製の水車小屋とか、橋とかが飾られている。
柵は一部分が開閉できるように作られていて、今はそれが開いていた。
池の畔に座り込んでいるのは、私が探している「幡野怜奈」その人だった。
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